第24話 戦闘機
数週間後、ルイーゼとヴァネッサは裕斗に大工房まで招待された。
「ユウトの奴、ようやく連絡をよこしてきたか。……顔を合わせるのは久々だな」
「そうね、この頃部屋に寝に戻ることもなかったものね。……何?もしかして会えるのが嬉しいの?」
ヴァネッサのからかうような一言に、ルイーゼは頬を赤く染める。
「ち、違う!断じてそういうのではない!」
「はいはい、分かったわよ」
ルイーゼを適当になだめながらヴァネッサは「意外とかわいいとこあるのね」とボソッと呟いた。
「……何か言ったか?」
「……いいえ?なにも」
ヴァネッサはルイーゼから目をそらしながら大工房に続くドアをコンコン、と叩く。少ししてガチャリ、とドアが開いた。
「よ"、よ"ぐぎだね"二人ども"」
二人を出迎えたのはやつれた顔をした裕斗だった。
「あ、あんたどうしたのよ、顔真っ青よ」
「戦闘機の開発が思いのほか難航してね。トライ&エラーを繰り返したから、アイデア出しや物資の運搬も手伝ってた僕もこの通りのありさまさ」
「それで、できたのか?セントウキとやらは」
裕斗はフッ、と笑って親指を立てる。
「バッチリできたよ。まずは見てみて」
ササッ、と裕斗は二人を工房の中へと招き入れ、中に飾られていた戦闘機をみせた。
「これがセントウキ……」
「本当にできてたのね……」
ルイーゼとヴァネッサは実物を見て驚きの声を漏らす。
「おっ、なんだ。来てたのか」
声ともに端で作業をしていたアルバートとハンナが近づいてくる。アルバートはキョロキョロと周りを見回した。
「ん?あいつはまだ来てねえのか?」
「はい。そうみたいです」
「?誰か来るのか?」
ルイーゼは首を傾げる。
「ああ、うん。戦闘機の乗り手を任せた人がまだ来てなくてね」
「乗り手?誰なのだそれは」
「見れば分かるよ。二人とも知ってる人だから」
と、そこで大工房の扉が開き、一人の男が入ってきた。
「お~い、いるか?」
入ってきた男はオルトランデ騎士団団長の一人、マルセル・エンバルクだ。
「マルセル団長?なぜここに……」
驚くルイーゼにユウトが答えた。
「ああ、僕が呼んだんだよ」
「ユウトが?」
「うん。実はマルセルさんにはこの戦闘機の搭乗者を任せてるんだ」
裕斗の言葉にマルセルは頷き、戦闘機の操縦指南書と書かれた本を見せる。
「ああ。まったく、苦労したんだぜ。団長としての仕事を果たしながら操作方法を覚えるのは。……で、これが完成したセントウキか」
「はい、そうです。…さっそくですが、性能テストのため乗ってもらっていいですか?」
「おう、いいぜ。セントウキとやらの実力、この目で確かめてやろうじゃねえか」
***
壁外の森の上を、戦闘機が空を切った。戦闘機は運転具合を試すように旋回、カーブをしながら進む。
「へ!こりゃあいい!」
口をニヤつかせながら、搭乗者たるマルセル・エンバルクは操縦桿を握る。先程までその性能を疑っていた彼だったが、その疑念はとっくに消えている。
マルセルはマニュアルどうりに操作し、スラスターの出力を強めた。
「ん?」
グングンと進む戦闘機だったが、進行方向の先にある丸い物を見て眉をひそめた。目を細めてよく見て見ると、進行方向に空に浮かぶ的があった。
「おい坊主、進行方向に何かあったが、なんだあれは」
マルセルは通信魔導具を使って裕斗に話しかける。
『見ての通り的です。所々に浮いていますので、戦闘機に搭載されている武器を使って攻撃してください』
――なるほどね。性能テストってのは乗り心地だけじゃないんだな
「了解。殲滅してやるぜ!」
戦闘機についた銃口が動き、的をロックオンする。マルセルが操縦桿のトリガーを押すと、銃口から弾が発射され、的を撃ちぬいた。その威力に、マルセルは息を飲む。
「すっげえ威力だ。魔導騎士の装甲は無理かもしれんが、
ヒュー、とマルセルは銃弾の威力に感嘆の声を上げる。
「よし、このまま全部ぶっ壊してやるぜ」
その後、マルセルは的を壊し続け、あっという間に残り一つになった。
『あ、それで最後です』
「おう。狙い撃つぜぇ!」
マルセルは最後の的に照準を合わせ、弾を発射した。
しかし、その銃弾の一撃を的は弾いた。
「なに!?」
マルセルは驚きに目を見開く。
「おい坊主!最後の的なんか硬くないか!?」
『その的は魔導騎士の装甲と同じ硬さです。破壊するにはもう一つの武装を使ってください』
「お、おう!これだな!」
マルセルは武器の設定を銃弾から他の武装に切り替え、再び的に標準を当てる。
「いっけええええ!」
雄叫びとともに、マルセルはトリガーを押した。すると戦闘機の翼下に備え付けられたミサイルが発射され、的に着弾。
ドゴオオン!と音を立てて爆発し、的を粉々に打ち砕いた。それを見届け、マルセルがフゥ…と息をつくと、通信魔導具から裕斗の声が聞こえてきた。
『これで性能テストは終了ですね。……マルセルさん、どうでした?期待通りの性能だったでしょうか?』
裕斗の声は、少し不安げだった。そんな彼を安心させるように、マルセルはニヤッと笑って答える。
「おう。ばっちりだったぜ」
***
「いやあ~爽快だったぜ。不謹慎かもしれんが、早く魔導騎士と戦ってみたいぜ」
戦闘機から降りたマルセルは冗談交じりにそう呟く。
「満足できたようで何よりです。テストに付き合ってくれたお礼に、マルセル隊長の隊に優先的に戦闘機を手配しますね」
「おお!そりゃいいな!」
喜ぶマルセルとは対象的に、ドワーフのアルバートは困ったようにため息をついた。
「勝手に決めるなよ。……ま、実力者の多いマルセル隊に優先的に戦力を強化させるのは理にかなってるがな」
と、そこでルイーゼは思い出したように聞いてきた。
「……そういえば、ユウトはセントウキの他にも魔導騎士の改造もすると言っていたな。あれはどうなったのだ?」
「ああ、あれね。まだ構想段階だけど、こんな感じにするつもりだよ」
裕斗はポケットに入れていた紙を広げ、ルイーゼに手渡す。ヴァネッサも興味があるのか、横から覗いた。
「“ランスロット”には背中に、“トリスタン”は脚部にスラスターをつけて飛行能力を獲得させるつもりだよ」
「その、スラスターとはなんなのだ?」
「スラスターっていうのは戦闘機やミサイルにもついてた飛行のための推進器のことさ。これを使えば、短時間だけだけど魔導騎士で飛行を行うことができるよ」
「短時間だけなのか?」
「うん。残念だけど、スラスターを使うのにも魔力を使うからね。魔導騎士は戦闘機にくらべて重いし、翼による揚力も得られないから、長時間の飛行は魔力切れを引き起こしてしまうんだ」
「そうなのか……」
「まあ、こいつは別だがな」
アルバートが裕斗を指差して言った言葉に、ルイーゼは振り返った。
「え?」
「こいつは無制限の魔力を持ってるからな。永続的に飛行の分の魔力くらいまかなえると思うからな。……あ、でもあんまし悲観することはないぞ。短時間なら飛行できるし、移動を早くできるから今よりも便利になると思うからな」
「いや、それだけで十分です。そもそも足場のない場所での狙撃は難しいため、長時間飛行できたとしても私は戦闘時に使いこなせないと思いますから」
ルイーゼは苦笑しながら首を横に振るう。
と、そこで裕斗たちに話しかけてくる新たな人物が現れた。
「おや、随分と面白い話をしているね」
「!」
振り返ると、そこには騎士団団長、ユリウス・ヴァーグナーの姿があった。
「だ、団長……?どうしてここに」
「やあ、ユウト君。もうここの生活には慣れてきたみただね」
ユリウスは柔和な笑みを浮かべ、裕斗に気さくに挨拶をする。
「ええ、まあ。……てそうじゃなくてどうしたんですか?団長がこんなところで」
「いやなに、騎士団の間で少し噂になっていてね、ユウト君達が面白いものを作ったと。それで暇を作ってどんなものかと見に来たんだ。……で、これかい?君たちが作ったのは」
ユリウスは興味深めに戦闘機を見る。
「ええ、はい。戦闘機って言います」
「セントウキ……聞いたことのない名前だ。すまないが、これの設計図を見せてくれないかい?」
「?大丈夫ですけど」
裕斗は持っていた戦闘機の設計図をユリウスに手渡した。ユリウスは「ありがとう」と告げて設計図を受け取り、無言でそれを一瞥した。
「……ユウト君。君はこれを量産する気があるのかな?」
「?ええ、量産を前提で作っています」
「そうか。……すまないが、ユウト君。並びにアルバート君、ハンナ君は今から私の部屋に来てくれないか」
「え?」
「大事な話なんだ。できれば静かなところで話したい」
「は、はあ……」
裕斗は困惑しながらもユリウスの頼みを承諾する。アルバートとハンナも、裕斗とともにユリウスの団長室へと向かった。
***
「さて、それでは話をしようか」
自らの部屋に招いたユリウスは窓から入る光を背にそう言った。
「ユリウスさん、話ってなんだ?もしかして、俺たちの作ったもんにケチ付けようってんじゃないだろうな?」
アルバートは疑り深く聞く。
「いや、そういうんじゃない。むしろ逆だ」
「逆?」
アルバートはユリウスの言葉に眉をひそめる。それは裕斗とハンナも同じだ。
「ああ。君たちの作ったこの魔道具は素晴らしいデキだ。……そこで私は、このセントウキなる魔導兵器をノウゼン帝国に売り、帝国の保有する魔導騎士を一騎、獲得したいと思う」
「魔導騎士を?ヴァネッサの分ですか?」
「いや、彼女の分じゃないさ。私は獲得した魔導騎士を分解、解析し、新しい魔導騎士を量産したいと思っている」
「――は?」
ユリウスの突飛とも言えるその提案に、裕斗はポカンとした。
「ま、魔導騎士の量産?そんなことできるんですか?」
ルイーゼの話によれば、魔導騎士はその製造方法を失い、新たに作り出すことは――ある程度既存の魔導騎士に手を加えることは可能らしいが――出来ないと言っていた。
「普通はできないさ。……けど、アルバート君とハンナ君にならできる」
「え!?」
「……まあ、そうだな」
「中を隅々まで調べれば、たぶん行けると思うね」
アルバートとハンナはさも当然のように頷く。
「ず、随分と自信がありますね」
「彼らは魔道具づくりに長けたエルフ族、ドワーフ族の中でも高い技術力を持つからね。自信があって当たり前さ」
と、そこで裕斗は疑問に思うことがあった。
「で、でもそれならこんな回りくどいことしなくても、帝国に解析用の魔導騎士をくださいって言えばいいんじゃ……」
そういうと、ユリウスは苦笑した。
「そうできたらよかったんだけどね。あいにく、我が国は帝国に対してあまり信用がないから、普通に頼んでも断られてしまうのさ」
「ああ……」
裕斗は納得した。確かに、信用の置けない相手においそれと魔導騎士を渡したくないだろう。
「だから、この情報を売って帝国に恩を売りつつ二人の技術力を証明し、解析用の魔導騎士をもらおうと思っているんだよ」
「なるほど」
「――と、ここで君に質問をしたい」
「え?」
「情報を売るということはユウト君、いや、ユウト君たちの今までの努力の結晶を他人に明け渡すことを意味する。それに、献上品として今あるセントウキを帝国に渡すことになる。……それでも君は、この話に乗るかい?」
「…………」
裕斗は少し迷った。だが、それは本当に少しだけだった。
「アルバートさん、ハンナさん。すみませんが、この話僕が決めていいですか」
裕斗の問いに、二人は笑って返した。
「おう、いいぜ」
「元々あんたが出したアイデアだしね。好きに決めな」
「ありがとうございます」
裕斗は二人に笑って返し、再びユリウスの方を見た。
「はい、その話乗ります。うまくいってこっちの戦力が増えたら、ぼく自身の負担が減りますからね」
「……そうか、感謝するよ」
ユリウスは感謝の言葉を述べた後、ノウゼン帝国に連絡し、謁見があるまで待つよう三人に頼んだ。
そして後日、帝国から一ヶ月後に謁見に来るよう要請が入った。
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