第44話 vsアーミィ(秘密の実験)
もう一人のアーミィ……。
アーミィ一人では、やりたいことの全てをできるわけではない。
一つのことをしていれば、二つ目のことはできない……当たり前の話だ。
しかし、当たり前のことを、『だから無理だ』と決めつけて諦めるのは早計だ……、
不可能を可能にするプレゼンツが、この手にあれば、利用しない手はない。
アーミィはなにを求めていた?
役割分担だ……、
妹に固執する兄の相手をするための『アーミィ』――、
プレゼンツを作り続ける『アーミィ』――、
そして、愛しのハニーを相手にする『アーミィ』のような、自身の分身を作りたかったのだ。
自分自身を増やす不可能を『可能』にするには、過程を捻ることで解決できる……。
正面から素直にアーミィを増やそうとするから、当たり前の不可能の壁にぶち当たる……、そうではなく、ようするに、アーミィが二人、三人いればいいだけの話であり――、
一からアーミィを作る必要はない。
アーミィに寄せることで、近似したそれを『アーミィ』とすれば、結果的にアーミィがもう一人、生まれたことになるのではないか……。
こうなると、なにを持っているからアーミィとして認められたのか? ――だ。
見た目はプレゼンツを使えば変えられる……、
プレゼンツでなくとも、特殊メイクの技術を使えば、アーミィに似せることは可能だ。
細胞は無理でも、容姿なら変えられる……。
アーミィをアーミィと判断しているのは、細胞以外で言えば――容姿でなければ、記憶だ。
記憶を入れ替えてしまえば。
たとえば他人の記憶に上書きするように、アーミィの記憶を乗せ、容姿を整えてしまえば、外から見ればそれは『アーミィ』である。
そして、アーミィと同じ行動をし、持っている技術を使うことができれば、別人の体を使ったアーミィの分身を作ることができる……――これが新しい『アーミィ』……。
ベースを埋めて、アーミィに寄せた複製体だ。
オリジナルにできない部分を補うための『コピー』であるため、オリジナルに勝るも劣らない才能が必須というわけではない。
どこかネジが外れていたっていい……、完璧に複製するとまでは言わない……そこまで期待すると時間がかかり過ぎる。
だから妥協だ。
安全を度外視したアーミィの製作……否、実験である。
「怖いのは最初だけじゃ……協力してほしいんじゃよ、フィクシーちゃん」
彼女が持っているのは見た目は普通のヘッドホンであるが……、これが本来の用途で使われるヘッドホンには、とてもじゃないが思えなかった……。
ヘッドホンの形だが、耳だけを覆う形ではない……、頭全体を挟むような……隙間が多いからこそ分かりにくいが、太い針金で作られた骨組みの集合体は、形を見ればヘルメットである。
耳よりも頭部全体を対象にしたもので――。
それがアーミィの手によって、フィクシーの頭にはめ込まれた。
「な――なに、これ……っっ」
「あー、無理無理。無理じゃよ、フィクシーちゃん。
自力で脱げないようにセットしてあるんじゃから」
「せんちょ……これ、なんなの……っ」
「わしの記憶をフィクシーちゃんの中にぶち込んでしまおうと思っての。わしは周りから天才と呼ばれているみたいじゃからなあ……、天才の頭脳を持ったフィクシーちゃんが誕生するってことじゃ。
元々のフィクシーちゃんの人格も少しいじってはしまうが、大きな変化はないじゃろう。不安がらなくても良いぞ。フィクシーちゃんの担当は、兄上の保護欲を満たすためだけの『わし』じゃからな。だからまあ、天才の頭脳はいらないかもしれんが――」
しかし、ないとなると、それはアーミィではない。
兄・クランプの欲を満たすためには、やはりアーミィの記憶を持った『人形』でなければならない――となると、容姿を整えただけでは、アーミィの見た目をしたフィクシーである。
兄には見破られるだろう……、天才の頭脳はやはり必須だった。
天才の頭脳を持つことで、フィクシーの人格も歪むのだ……、少なくとも、今のままのフィクシーではいられないだろう……。
「や、だ……!」
頭にはめられたヘッドホン(骨組みだけのヘルメット)を取ろうとするが、固定されてしまったために、どうしても動かない。
もたもたしている間にも、電源コードはアーミィのパソコンに繋がれており、電源が供給されている……、彼女の企み通りに、実験は進んでいってしまっている。
「やだ、やだやだ!! アーミィ、船長の記憶が、入ってくるんでしょ……っ!?」
「そうじゃ。しかし、嫌か? 天才の頭脳を得られると思えば、得じゃろ?」
「いらないよ……! 天才の頭脳なんかよりも……、ジンガーくんへの、この気持ちを、壊されたくない……ッッ!」
記憶が完全に消えるわけではないから、ジンガーへの想いも消えるわけではない……と説明されたとしても、フィクシーは譲れなかっただろう。
変わらなくとも歪むかもしれない……、
それだけでフィクシーからすれば壊されたも同然だった。
変わったフィクシーを見たジンガーの対応が変われば同じこと。天才の頭脳を一つ得るだけでも、全てが歪んで瓦解する……、それは死んでいるのとなにが違う?
いらないものを押し付けられている……、天才の頭脳? 誰もが欲しいと思っているわけじゃない。凡人は、凡人でいることに適応している……、天才の世界など苦痛なのだ。
「余計な、ことをしないで……っ! うちの人生を、壊さないでっっ!!」
「ごめんもう無理じゃ」
慈悲のない言葉だった。
起動に時間がかかっているだけで、既に実験開始のボタンは押されていた……、フィクシーがどれだけ懇願しても、天才の頭脳はフィクシーの中へ刻まれることになる。
もう引き返せない。
中途半端に止めれば、実験の失敗で全てを失う……なら、進んで成功した方が、まだ可能性がある。……天才の頭脳を得ても、なにも変わらないフィクシーに期待するしかない。
「フィクシーちゃんならできる」
「――――!?!?」
声にならない悲鳴だった。
フィクシーの全身が震え、唾液、涙、汗など、あらゆる場所から水分が流れ出ていた……、想像を絶する苦痛が彼女を襲っている……――代償なのだ。
天才の頭脳を抱えるということは、こういうことだ。
彼女の指がヘッドホンを取ろうと頭に伸びる。だが、苦痛に堪えるために頭をがしっと掴んでしまい……それが逆に、ヘッドホンを頭に押し付けることになってしまっている。
苦痛が加速する。
苦痛を和らげる行動が、さらに苦痛を促進させてしまうとは……、狙って設計していたとすれば、悪趣味である。
……アーミィに、そこまでの性格の悪さはなかったが……その光景を見て、「……参考になるな」と呟いているところを見ると、今後の実験は毛色が変わってくるのかもしれない。
過程と結果を吸収し、反省する……そして次に活かす。
褒められた勉強熱心さだが、向かう方向によっては最悪だ。
……なんでもそうである。
努力や熱意は、正しい方向へ向かうからこそ美徳である。
自覚のない悪意は最も質が悪い……。
「がんばるんじゃ、フィクシーちゃん。もう少しで終わ、」
そこで、フィクシーの手が伸びた。
その指が、アーミィの髪に絡まって――
「いぎ、!?」
ぐっ、と引っ張られたアーミィが前のめりになり、ずれた重心を元に戻せないまま、フィクシーの胸の中へ倒れ込む。
実験中とは言え、フィクシーに触れたからと言って不具合が生じることはない。
実験をおこなっているのは頭の中身であり、体ではないのだから。
だけど――、
「いだ、痛いっ、離すん、じゃ――フィクシーッ!!」
触れるならまだしも、その頭部から受ける衝撃は、他所にも影響を及ぼす。
たとえば。
額と額がぶつかれば、実験をおこなってはいないアーミィにも変化が起きる――?
ごぉおん! という鐘を鳴らしたような音が響き、その衝撃のおかげか(せいか?)、ヘッドホンから流れていた苦痛の原因が取り除かれた。
たまたま実験終了のタイミングと重なっただけなのかもしれないが……、とにかく実験は終わったのだ。
反対方向に背中から倒れる二人……、アーミィとフィクシーが同時に起き上がり……それから真っ先に異変に気づいたのは、やはりアーミィだった。
「なんじゃ、これは……ッ! わしの頭脳じゃが、足りない!!」
足りない。
天才の頭脳に、穴が空いた、ということだった。
「……、なに、これ……アイデアが、たくさんっっ――」
フィクシーの方は想定通り、アーミィの天才的な頭脳が頭の中に入ったようだった……、だが、アーミィらしさがそこまであるわけではない……。
どちらかと言えばフィクシーの性格に、アーミィの天才性だけが追加されたような……。
中途半端と言えばそうだが、ちぐはぐではないのだ――足して二で割ったような感覚か?
きょとんとするフィクシーとは違い、アーミィは頭の中の変化を受け入れられなかった。というよりは、初めての感覚に、どうしたらいいか分からないと言った様子で――。
心臓の音が激しい。想像するだけでドキドキして……しかも、今すぐにでも会いにいきたいし、すぐにでも行動を起こしたいほどにうずうずしている……。
「なんじゃ、この胸の高鳴りは……、わし、死ぬのか……? 心拍数が、上がって……!?」
なんでも知っていそうなアーミィは、しかし唯一、知らないことがある。
それは異性への恋である。
兄のことは好きだが、それはあくまでも『兄』だからであり、異性の男性という意味ではない――しかし、フィクシーと、互いの記憶を足して二で割った結果になったことで、フィクシーの想い人である『とある少年』へ恋心を抱くようになり――。
それが天才であるアーミィを刺激した。
天才ゆえに耐性がない、異性への強い恋慕。
歪んだのはアーミィの方だった。
でも、もしかしたら……これこそがアーミィが本来、辿るべき道だったのかもしれない――。
「――ジンガーはどこじゃ! この高揚感を、どうしたらいいんじゃ、教えてくれ!」
「待って!」
アーミィを呼び止めるフィクシー……、互いの記憶を足して割っただけで、別にフィクシーの中からジンガーへの恋慕が消えたわけではない。
だからフィクシーからすれば、自分と同等の好意を持つ女の子を見つけたわけであり……、彼女に、ジンガーへアプローチをさせるわけにはいかなかった。
こちとらずっと――ずっとっっ、恋を匂わせてはこなかったのに!
今のアーミィは、真っ先にジンガーに告白をしそうな勢いだった。
「……いかせないよ」
「なんでじゃ! 早くしないと心臓がパンクしそうなんじゃか、」
「するわけない! だってずっと同じだったうちがしていないんだからっっ!!」
あー、なるほど、と以前までのアーミィなら納得していただろうが、天才性が減った彼女は最初こそ納得したものの、しかし理性よりも感情を優先した。
「知らん! わしはいくんじゃ!」
「ダメなの!!」
走り出したアーミィの腰に飛びついたフィクシー……、
二人は倒れ、床の上でじたばたとお互いを剥ぎ合いながら。
喧嘩の仕方を知らない、子猫のようなじゃれ合いが止まったのは、窓の外に見えた翼王族の姿を見つけたからだった。
「……多いな、何人いるんじゃ? ……しかも翼王族の上に乗っているのは……人間?」
「あ、」
フィクシーは、その中で、知っている顔を見つけた。
彼の名はジオ――ジオ=パーティ。
武器を携えた彼、そして翼王族と同じ数の兵士が、飛空艇の周囲を飛んでいる。
人間側の、進軍が始まった。
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