第42話 ゼウスの翼

 全世界にいる翼王族へ、力が分配された。

 一律で同じ分量の力が与えられた……わけではない。


 翼を失った者……、人間の支配下に置かれ、反逆の意志を失った者は、やはり分配される力は少なくなる……当然だ。


 どれだけ虐げられ、傷つきながらも、翼王族としての格を保ち続けた者との差を失くすわけにはいかない。


 失った者と持ち続けた者が同じ扱いでは、報われない者が出てくる……だからこそ、分配は偏るのだ。


 譲渡された力の百パーセントを、翼王族、全員で奪い合う……。


 極端な話、九十パーセントを一人が独占することだってあるのだ。


 神は見ている。当時を見ていなくとも遡って見ることもできる……不正はできない。

 これまでの『生き方』が評価され、力が与えられた……、つまり扱える力の度合で、その者がどう生きてきたのかを逆算できてしまうことにもなるが――。

 取り繕っても真実が浮彫になる。

 人間に媚びた翼王族は、ここで証明されることになる。


 だからこそ。


 サリーザへ与えられた力が、全体の大半を占める割合であることが分かるだろう。


 彼女は長いこと、人間に心を開かなかった……正確には開いていたが、その状態こそが、周囲から見れば壁があるように見えていたのだ。

 そのせいでサリーザが人間と打ち解けるまで時間がかかり、神の目は、その状態を『翼王族の格を保った』と判断した。


 実際、翼王族とは気難しい性格であり、簡単に他人に心を開かない種族であることを、人間は誤解していたのだから。

 サリーザの意思がどうあれ、結果的に人間が抱くイメージを、過去のままにしていた功績は大きい……。

 多くの翼王族が翼を失い、心を折ったことを考えれば、サリーザへの力の分配が多くなるのは当然のことだった。


 彼女の性格と現在までの生き方が、『今』を救った。


 大切な友人を救える力が、この手に――この背中に、生えている!




「……飛べる……っ」


 サリーザを襲っていた痛みと倦怠感が消えた。

 垂れ下がっていた翼が元気を取り戻し、左右に広がる。


 ぴんっと端まで力が入っている。羽根の一枚一枚が、まるで中に『芯』でも入っているかのように堅く、鋭く――力を持っている。


「サリーザ……? 頭の、上に……!?」


 輪っか、だ。


 黄金のリングが、彼女の頭の上に出現している。


「ゼウスさまの力を貰うことができた証拠よ……これで、まだ戦える……ッ!」


 サリーザがジンガーを抱えて飛んだ。

 一度の上昇でどれだけの疲労が翼に乗るのか……想像するだけで顔が苦痛に歪むが、嘘みたいに痛みがなかった。

 麻痺しているわけではない……、体が軽い。

 そしてまだまだ、余裕がある……。


 上昇も下降も、縦横無尽に空を飛び回ることができそうだ。

 ジンガーだけでない、もう一人くらい掴んでも、速度を落とさずに飛び回れる気がしている。


 自由。


 なんの枷もなく飛び回れる空の世界こそ――翼王族、本来のフィールドである。


「プレゼンツなんかで再現できるわけないでしょ……これが翼なの。これが翼王族なのよ!」


 飛び回っている懐かしい感覚に、気分がハイになっているせいか、抱えるジンガーのことをぎゅっと抱きしめるサリーザ……。

 まだ彼女は気づいていないようだが、これが自覚したとなると、悲鳴と共に下へ放り投げられそうで、怯えるジンガーである……。


 このまま、とりあえず飛空艇まで戻ってくれればいいけれど――。


「翼の力が戻った……? ようですね」


「そうよ。……でも、あまり焦ってはいないようね……?」


 水を差されたように落ち着きを取り戻したサリーザが、慌てた様子のないキプ=キャッスに違和感を覚える。

 翼王族が本来の翼の能力を取り戻したのだ、仮に焦りもせず、慌てなかったとしても、警戒くらいはするべきだ……。

 なのに彼女はさっきまでと態度を変えず、球種が変わったから、バットの握り方を変えた――変化と言えばその程度だった。


 翼の力が発揮したところで、やるべきことは変わらないとでも言いたげである。


「実際、その通りですからね。あなたが翼の力を取り戻したのか……新しく得たのかは知りませんが、特別、こちらが手段を変えるほどではありません。

 ……常に変化し続ける戦場でどう立ち振る舞うのかは、経験がありますから。

 じたばたと新しいことをするよりも、堅実に経験を生かして『普通のことを着実に成功させる』ことが遠回りに見えて近道ですよ」


 サリーザが空を自由に飛び回っていようとも、キプ=キャッスは新しいことにチャレンジなどしない。できることをベストなタイミングで成功させる……ただこれだけ。


 これだけで、まだ未熟なサリーザを戦闘不能にすることはできると踏んだらしい。


 これも彼女の経験則か。


「あ、あいつ……っ、まだわたしのことをなめて……っっ」


「サリーザ。……いいんだよ、これで」


 ジンガーの視線はキプではなく、彼女が足をつける飛空艇に向けられていた。


 元より、キプに勝利することを目標にしているわけではない。

 倒せるならそれに越したことはないものの、彼女の動きを見た瞬間から、勝利は高望みであると知った。だから早々に諦め、『本来の目的』を着実に達成させることへ集中したのだ。


 キプ=キャッスと同じく。


 できることをベストなタイミングで着実に成功させる……、抱えられたジンガーは、広い視野を狭めないように落ち着くことだけを意識していた。

 おかげで目的を忘れるほどに取り乱すことはなかった。


 ジンガーとサリーザの目的は、飛空艇内に隠れている妹・アーミィの発見と、彼女の頭に拳骨を落とすこと――ではない。


 クランプを囮にして、裏で動いていた二人も、


 二つの囮に隠れて動いていたのは……『彼女』だった。


 誰にも邪魔されない二人きりの空間なら……、話し合いで解決できると思ったのだから。

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