地元のアンジェリカ/二人の新米『サンタクロース』
渡貫とゐち
第一部 翼王の信念/「少女の願いは?」
第1話 トナカイのジオ=パーティ
「ふっ、ふっ、ばはっ……っ、うぇ。
――くそ、重たい荷物を抱えさせたまま、長い螺旋階段を上らせるなよ……!」
目的は十階、である。
エレベーターがないのは普通だ……、敷地の狭さに合わず、住みたいと望む人の声が多く、結果、部屋を積み重ねるという判断に至ったのだ。
おかげで狭い敷地の上空を利用することで住人を増やすことができた……、エレベーターの設備はないので、配達員は階段で上らなければいけないのが難点だったが。
ちなみに、遅れたら数十分は説教される頑固ジジイのお宅だった……。
たとえ中身を破損させてでも(ダメだけど)、間に合わせることが優先である。
階段を上っている最中に帽子が脱げたが、拾っている暇はない……それに大きな荷物を抱えていて屈むこともできないので、見て見ぬ振りをするしかなかった。
見るべきは足下ではなく、前である。
白髪混じりの黒髪を揺らして走る配達員の男の名は、ジオ=パーティ……。
こう見えても二十九歳である。
ところどころに見える白髪はストレスの証明だ。原因は……、無茶ぶりばかりの上司のせいだ、と予想はついている……というか思い当たる節はそこしかない。
仕事量がえげつないのだ。
彼一人に集中させるような、鬼畜のスケジュールである。
「まあ、文句を言いながらも全部をこなしてしまう俺も悪いんだけどな……」
失敗しないから、どんどんと仕事が積み重なってしまう。もう無理です、という弱音が認められないのであれば、実際に失敗をして仕事に穴を空けるしかない……。
あの傍若無人の暴君に理解させるには、そういう力づくの手段しかないのだが……。
仕事が積み重なる、ということは、『できる』と信じられているということだ。
信頼……、君ならできる、と言われているわけで――彼もまあ、確かに悪い気はしなかった。
それに。
大前提として、あの上司には大きな恩がある。
まだ全てを返済できていない以上、文句を言って仕事を放り投げることはできない。
ぶつくさと言う文句は、気を引き締めるための確認だ、儀式だ。エンジンをかけている、とも言う――本当に嫌で逃げ出したいわけではなく、弱音を吐くことで気持ちを軽くしているだけなのだ。自覚しているからこそ、彼は力強く一歩、階段を踏んで上がった。
「お届け物でーす、鳥より高く、早くお届け、『デリバリー・エンジェル』でーす」
天使の両翼のロゴが左胸に描かれている。
最近、頭角を現してきた配達会社だと認知されているだろう……、業界の古株ではないので、まだまだ信頼と信用を大多数から得られているわけではないが。
「……遅ぇよ」
扉を乱暴に開けて出てきた男が、荷物を奪い取っていった。
通常、呼び鈴を鳴らした後に、扉の前へ荷物を置いておくのが一般的なのだが、よほど急いでいたのか、確認もしないままに扉を開けていた。
……俺が武器を構えて待っていたらどうするんだ、と他人事ながら心配するジオである。
サインも必要ないので、仕事を終えて立ち去ろうとしたジオだったが……――ん?
今の男は誰だ? このお宅は、指定された時間内に荷物を届けても文句を言う頭がおかしいジジイの家だぞ? あんな若い男、いたか……?
息子か孫か知らないが……たとえ老害と呼ばれる年配の男にも、息子くらいいるだろう。……あんなのでも結婚できたのか、と落ち込むか希望を見出すかは、想像した当人の自由である。
ただ、老害は最初から老害だったわけではなく、時間を経てなっていくものなので、結婚した当時の男は世間に埋没するような普遍的な好青年だった、とも言えた。
……恋愛弱者に希望はなかった……。
ともかく。
ようは毎日のように荷物を届けているお宅に知らない若い男がいた、というだけの話だ。
息子か孫かのどちらかだろう……、遊びにきていたか、老い先短い父親(祖父)の様子を見にきていたところだった、と、それだけのことのはず……。
一介の配達員が、まさか部屋の中に入っていくわけにもいかないし……、呼び鈴を鳴らしても返事がないから、鍵をぶっ壊して中に入った、とはわけが違うのだ。
中に人がいるし……そう言えば、若い男はいたが頑固ジジイはいなかったな……、と思い出す。部屋の奥にいるだけだったのだろうけど……、いつもの大きな独り言の一つもなかったのは不思議だ。
部屋に二人いれば、独り言は言わないものか?
もしくは言えない状態だった……?
「……ま、俺には関係ねえか」
配達はまだ終わっていない。今の時間帯を指定している配達先はまだいくつもあって――こんなところでゆったりしている場合ではないのだ。
このお宅が特に時間に厳しいから急いでいたのであり、だからってじゃあ、他の配達先を、予定時刻よりも大幅に遅れていいわけではない。
怒らないから寛大、ではないのだから。
当然、限度を越えれば怒るのだ。普段怒らない人ほど、怒りの地雷を踏み抜いてしまえば、頑固ジジイよりも熱く怒る……寛大な人を怒らせてはならない。
「さて、次の場所は、」
と、確認のために携帯端末を開いたところだった。そこでちょうど着信である。……名前は……、確認したら「うわ」と声が出た。
配達中なのに電話をしてくるということは、つまり、そういうことだろう……。既に配達済みの場所からクレームでもあったか? それとも指定時間の変更でも……、
『あ、やっと出た。
ワンコールで出ろっつったじゃん――深呼吸して身構えてたんじゃないのー』
「端末を取り出すのに手間取っただけです……それで、なんですか?
まさか『暇だから雑談に付き合ってほしい』……わけじゃないんでしょ? クレームですか、配達時間の変更ですか、それとも――」
『それとも――、うん、それそれ。考えている通りのことだよ』
「…………」
やっぱり、という溜息がジオから漏れた。
電話先の上司はジオの重たい足のことなど考えもせず、
『というわけで、デリバリー・エンジェルは一旦休止だ、ここから先は「願掛け結社」として行動してもらう。――ジオ特攻隊長には突撃してほしいところがあるのよねー』
「特攻しろってことですか」
『お、勘が鋭いね』
「特攻隊長って言ったじゃん……」
『今どこにいるの? 今から言う住所に特攻してほしいんだけど……』
指示された住所は――ここである。というか、真後ろだ。
鍵がかかっている扉の先。
『へえっ、超ラッキーな偶然じゃん!』
「狙い澄ましただろ。ちょうど真後ろなんだからさっさといけってことでしょどうせ」
『分かってるならごねないで仕事して』
声のトーンが少し下がり、上司の冷たい声にジオも気を引き締めた。
「……ごねるつもりはないです。だってそれは命令でしょ? 命令であれば俺は従います。無理だ、とは言いません。結果的に無理だった、という場合はありますけど……」
『ジオ副隊長が無理だった時なんてないじゃん』
特攻隊長じゃなくなったのか? さり気なく副隊長に降格してるし……。
『なんとしてでもやり遂げてくれるじゃん……だから信頼してるんだよ、ジオくん』
と、声のトーンが上がった。
それだけでジオのやる気が上がったのだ……さすが、上司は彼の扱い方を分かっている。
「へいへい。で、仕事の内容は? 願掛け結社としてなら――荒っぽい方法で?」
『うん。その部屋に「翼王族」の女の子が捕まってる。あと彼女を保護したおじいちゃんもね。
ご近所迷惑のことは度外視していいから――「人攫い」どもを抹殺してくれる?』
「了解」
デリバリー・エンジェルの制服を脱ぎ捨て、枝のような角が生えた帽子を被り直す。
ここから先は配達員ではない。
『願掛け結社サンタクロース』の――トナカイとしての活動だ。
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