第56話 ありがと!

「もう始まっちゃうね」


「そうみたいだな」


 室内が薄暗くなり、アナウンスが掛かる。


「じゃぁ、手離す?」


「うーん、動くまではこのままで」


「分かったぁ~」


 呑気な奏であったが、隣の俺は心臓がバクバクだ。

 これ、一気に急降下するんだよな。普通に心臓口から出そう。てか今にも飛び出しそう。


「零二くんそんな怖い?」


 横から俺の顔を覗き込む奏。


「怖くないわけがない」


「零二くんって、意外とビビりさん?」


「………これまでのジェットコースターはまだしも、これに関してはビビっても仕方ない」


「そ~?私はこれが一番楽しいと思うんだけどな~」


 それは絶叫乗るとき特有の心臓がヒュンってなるのが好きなドMだけだ。だから奏は夜もMなんだな。


「まー乗ってしまったからには運命に従うよ」


 俺は奏から手を離し、肘置きをこれでもかと強く握る。

 すると、徐々にアトラクションが始まり、座席が上昇していく。


「でもさ、まだ終わりじゃないけど、今日は楽しかったでしょ?」


「そりゃもちろん楽しいよ」


「それならよかった。私も怖かったけど楽しかったよ?」


「楽しんでくれたなら何よりだよ」


「やっぱさ、零二くんと一緒に居ると、どんなことがあっても楽しいんだよ!」


「俺も、お前といると退屈はしないよ」


「それは褒め言葉?」


「すげー褒め言葉」


「なら許す!」


 会話をしていく内も、高度を上げていく座席。


「私さ、ずっと幼馴染ってだけで何も変わらないんだなーって思ってたの」


「なんだいきなり」


「ちょっと顔を合わせて言うのは恥ずかしいから、薄暗い方が話やすいかなーって」


「そ、そうか」


 声のトーンが少しだけ下がり、落ち着いた声色になる奏。


「でもさ、今こうやって恋人としてここに来てるでしょ?」


「まぁそうだな」


「私ね、最高の気分なんだ~。零二くんとただの幼馴染じゃなくて、特別な人として一緒に過ごす事がさ」


「…………そうだな」


 ただの幼馴染から恋人へ。

 こんなラノベみたいな話があるかと思っていたのだが、実際、今真横に居るのは幼馴染の彼女。


 昔となんら変わらない生活、とはいっても同棲生活は始まったものの、ほとんどは変わらない毎日を過ごしてきた。

 こうやって、テーマパークを行ったりもしたり、ご飯を食べてお泊りもして。


 これが、幼馴染という関係から恋人になることで、見える景色が変わった。

 これは奏だけではなく、俺も全く同じ感情だ。

 最高の気分。その言葉が、今の生活にはよく似合っている。


「だから…………」


 言いかけ、奏がこちらを向くと、ちょうどアトラクションは頂上まで登り、窓から見えるライトアップされるパークの景色。

 そこに、運よく火山の噴火する。


「ありがと!零二くん!」


 噴火の光が反射し、奏のじんわりと赤くなりながらはにかむ顔を明るく照らす。

 外の景色よりも、奏が輝いていた。これまでのどの笑顔より可愛く、素敵で儚い。

 だが………感想を言いながら見惚れている間もなく、


「うわぁぁぁ~~~!!!!」


 急降下、急上昇を繰り返すアトラクション。


「きゃ~!これ凄いね零二くん!」


 と、話し掛けてくる奏であったが、


「あぁぁぁぁぁぁ~!!!!!」


 その問いかけに、反応が出来るわけもなく、俺は終わるまで永遠と叫び続けるのであった。

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