Episode5:悪夢の前の静寂

 私の報告からすぐに地下採掘班だけにと止まらず、他の班にまで作業場点検及び、拘束の作業が始まった。その場で抗った者、その場から逃げ出した者は、即座に射殺や斬首など様々な殺され方をされていった。拘束された者も情報を吐かされてから殺されたのだろうか、二週間という時間が経ってからも労働の場へ姿を見せることは無かった。


 それからさらに数日が経った頃、私たちに課せられた労働は更に重くなり、監守の見回りの回数も以前より格段に増加し、もうこの施設には声を上げる人間なんて一人もいなくなっていた。私は以前と変わらぬ態度で作業に取り組んでいた。そんな時、監守数名が私の居る作業場に現れた。よく見ると監守たちは、何かを探すように周りを見渡しながら作業場を歩き回っていた。私はいつも通りの作業点検と思い、視線を自らの作業に戻した。それからも監守たちは作業場を歩き続けていた。その足音は少しづつ、私の場所に近づいてきているようにも感じた。すると――――


「お前だったよな、あの時のゴミ野郎は」


 聞いたことがある低く存在感のある声が後ろから聞こえ、咄嗟に私は振り返った。


「あなたはあの時の監守さん――――」


 顔まで見てその監守があの部屋の机の奥に座っていた監守だと確定した。それは相手にとっても同じことのようだ。


「少しお前に用がある。有無を言わずにこれを付けてついてこい」


 監守の差し出した手には視界を覆うための目隠しがあった。私はさっとそれを目に覆うと、監守は強く私の手を引いていった。視界は暗いが、かなりの距離を歩いているのが分かる。道中では『なんでこいつなんかを?』『あの人が言ってる事なんだから仕方ないだろ』『まあ確かにあの計画には俺、参加したくないわ~』『だってあのイリアルとだもんな~』と他の監守たちが呟くシーンも何度かあった。一体どこで、何をさせられるんだ、という思いが視界が暗闇であることも相まって、どんどん湧き上がってくる。


 それから少し歩いていると、場所の雰囲気がガラリと変わった。重たい緊張感が肩に圧し掛かるような感覚がひたすらに続く。


「ここで止まれ」


 導いていた手がパッと離れ、突然、私は暗闇の中に独り取り残された。私は体を動かさずに周囲の環境に耳を向けてみた。すると遠くから小さいながらに高くて耳に響くような音が微かに聞こえてくる。その音は次第に私の元へと近づいていき、聞こえていたへと変わり、が私の居るであろうと思われる大きさも分からない部屋に入った頃には、おびただしい量の、人の言葉を忘れたに姿を変えた。


 「ここに居る全員の目隠しを外したまえ!」


 聞き覚えもない元気の良い若々しい声が、幾度となく続く悲鳴の中を縫って、私の耳に入った。すると監守と思われる人物が背後から乱雑に私の目隠しを外してくる。目が眩い光で一瞬霞む。視界が晴れ始めると、薄っすらと私の前に立つ、先ほどの若々しい声の人物と思われる、白衣を身にまとったルピナリアの青年の姿と、後ろには6人もの目に目隠しをされながら、手足を拘束された人々が横並びに正座で並ばされていた。私はすぐに気が付いた。それが私の密告により始まった作業場点検の際に拘束された主犯格の人々の一部だということに。彼らの体からは血が流れているだけではなく、鞭や鈍器で殴られたであろう青痣がうかがえた。


 次第に彼らの目隠しの解除も始まり、叫び続ける者も居れば、冷静に状況を理解しようとする者も居た。それを見ていた白衣の青年は口を開いた。


「うるせえな!!!殺すぞ……………。おっとすまなーい!今のは口が悪かったね!」


 青年の怒号と情緒の不安定さにほとんどの者は恐怖し、口を閉ざした。だが、拘束されている内の右端に座らされた男だけは、それからも叫び続けた。


「なんで!!!!!なんで!!!!!俺たちはこんなにしいたげられなきゃいけないんだよ!!!!!!!!おかしいだろ!!!なんで!!!なんで………!!なんで……………?」


 男の心の底からの叫びに横に並ぶ者たちは口を閉ざしながらも涙を浮かべていた。すると、白衣の青年はその男の前まで行って、座っている彼の視線に合わせるように膝を折って語り掛けた。


「教えてあげよーか!それはねー!キミたちがイリアルという人種に生まれてしまったからだろーなーーーー!!!」


 周りのルピナリアの監守はクスクスと私たちイリアルを囲うように笑っていた。


「あとは彼のようなが居たからだろーね!」


 白衣を着た青年はそう言うと、私の方を指さしてきた。


「彼が居なければ君たちのゴミみたいな計画は成功することは100パーセントなかったにしても、実行することぐらいは可能だったんじゃないかなー?」


 横並びになったイリアルたちの視線が私の元に集まる。それを見て、白衣の青年は笑みを浮かべながら話の続きをし始める。


「彼が僕たちに君たちのゴミみたいな計画を教えてくれたのさ!だからキミたちは今こうして滑稽に捕まっているのさー!」


 それを聞いたイリアルたちは言葉にしなくても伝わるくらいの殺意の目を向けてきた。先ほどまで叫んでいた男は怒りに身を任せたかのように口を開き、拘束具を解こうと暴れ出す。


「何なんだ!!!!お前!!!!お前もイリアスなんじゃないのか?!なのにどうして、俺たちを裏切った!!!!!!お前だってそいつらに酷い扱いされた一人だろ…………?なのに――――――――」


 男の激高を切り裂くように低く重たい音が鳴り響く。音が鳴った瞬間、先ほどまでの部屋に、人の息の音が聞こえるほどの静寂が広がった。あまりに突然のことに、私は深く目を閉じてしまった。そして、次に目を開ける頃には先ほどまで叫んでいた男は壊れた人形のように頭から倒れ、まるで白衣の青年にこうべを垂れるように死んでいた。青年の手には銃が握られ、白衣は返り血で染まっていた。どんどんと溢れ出す血が私の方にまで広がって来る。


「さっき黙れって言ったのに、こいつはよく喋るよなほんとに………」


 溜息を付きながら白衣の青年は私の方に向かってくる。そして私の手に男を殺した銃を握らせてきた。その時の彼の手に、なぜか私は少しの優しさを感じた。


 握らされた銃を眺めていると、白衣の青年は私に問いかけてきた。


「キミ名前は何て言うの?」


「………………ラーカス・フロイトです」


「分かった!それじゃあラーカス、キミにお願い事をしてもいいかなー?」


「はっ……はい………!」


「よし!それじゃあキミに残ったあの5人を殺してもらおうかな!」


 そう言い放った白衣の青年は、面白いおもちゃでも見つけた子供のようにニコニコと笑いながら、先ほど殺された男の仲間たちを指差した。その者たちの中には、先ほど殺された男を見て涙を流す女も居れば、全てを悟って笑っている男、床に頭を叩きつけながら暴れる女と、その景色は悪夢の中と言っても過言では無かった。


 私は一度、手にある銃を強く握り直し、今からする自分の行いを頭の中でイメージする。生まれて初めて武力を握るはずの弱者の手は、震えていなかった。なぜならそれが、ルピナリアの人間からの命令だったから。ルピナリアの人間が決めたことだから。ルピナリアの人間が全て正しいから。私たちイリアルは悪だから――――。






 頭の中の歯止めならとっくの昔にルピナリアこいつらに奪われていた。自分の意志であるはずなのに、自分の意志ではないかのような不思議で奇妙な感覚。そんなことに違和感を感じていても、洗脳というものは簡単に抜け出せるようなものではない。考えれば考えるほど、沼の中に沈んで前が見えなくなる。当時の私にはどうすることもできなかったと言えば、それは言い訳になってしまうだろう。現にこうしてルピナリアに命を懸けて抵抗しようとしていた人々が数多くいたのだから。 だからこそ、私にもルピナリアこいつらに抵抗できる勇気が欲しかった………。


 そして後々、私は知ることになる。この白衣の青年が少女№014の父として悪魔の片鱗を見せることを…………。

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