第3問 男の子になってました

 目が覚めたら、男の子になってました。

 そんなことある??


「まぁ太陽が西から昇るよりは、あり得ない話でもないかも?」


「シュウさん順応力高すぎません?」


「病気して血液型変わることもあるって聞くくらいですから、この際、X染色体とY染色体が突然変異で入れ替わっても、おかしくないような」


「突如として説得力かもし出してくるのやめて」


 これ病気なの? ホルモンバランスの崩れどころのお話じゃないように思われるよ?

 いくら現実逃避しても、自分の身に起こった事実は揺るぎない。失うと同時に得たモノがあることは、私が一番よくわかっているからだ。


「原因は、わからないんですよね?」


「はい……昨日バイトを終えてからの記憶が、曖昧で……」


「病院、行きますか? 付き添いますよ」


「……ごめんなさい。まだちょっと、気持ちの整理ができてなくて」


「いいんですよ。ももちゃんの気持ちが、大事ですから」


「うぅ……シュウさぁん……!」

 

 だばだばと、感激の洪水が止められない。涙と鼻水で泣き汚い顔をハンカチで拭って、頭をポンポン撫でられる。

 そうだよ、シュウさんは、優しい人なんだよ……終始真顔なだけで。


「そうなると、色々入用ですよね。服とか、僕のお下がりでよければ持ってきますよ。洋服も、ちょっとは持ってるので。まずは気持ちを落ち着けて、どうするかは、それから考えましょっか」


「うっす兄貴……一生ついて行きやす……」


 様子を見に来てくれたのが、シュウさんでよかったと、心の底から思う。

 そうじゃなかったら、今頃心がまっぷたつに折れてるだろうから。


「おいももっ! 無断で学校休みやがって、なにしてんだ!」


 いま最も聞きたくない声が聞こえて、見たくもない顔が突然割って入ってきたのは、ちょうどシュウさんと、玄関先へ出たとき。

 声の主は、まだ糊のきいたブレザーをまとい、一見して優等生な黒髪男子。

 しかしてその実態は、すこぶるお口の悪い幼馴染──


「あ、ユウくん、これにはわけが……」


「──なに言ってるんですか」


 ほぼ無意識だった。言葉を遮られたシュウさんの、呆けたような視線が注がれるのを、1歩踏み出した背中に感じる。


「もも? そんな人、ここにはいません」


「……なんだと?」


 私を映した瞳が、すっと細まる。目の前にいるのが、見ず知らずの男だと気づいたようだった。

 睨み合う沈黙が痛い。でも不思議と、怖くはなかった。


「ももは、いなくなったんだよ」


 ──とぼけんなよ。


「おまえのせいだ」


 ──今更口出ししてくんじゃねぇよ。


「おまえが、あんなことを言わなければ」


 ──そうすれば、ももは。


「こんなことには、ならなかった!」


 ──あぁ、もう。


「もうめちゃくちゃだ! おまえのせいで、なにもかも!」


 ──わかってるよ、ほんとは。

 勝手に好かれた気になってた私が、一番悪いんだって。


「二度と顔見せんな、ばかやろ────ッ!!!」


 わかっちゃいるけど、止められなかった。

 渾身の右ストレートを繰り出すなり、きびすを返して爆走する。

 がむしゃらに駆けて、駆けて、駆けて。通学路でもある河川敷にやってくるまで、あっという間だった。

 皮肉なものだ。長い手足も、高い視界も、私がもう私ではないことを、肯定しているようで。

 薄暗い道端にしゃがみ込む私を追いかけてくる人は、いなかった。


「……大丈夫?」


 この人以外は。

 どこか天然なようで、人をよく見てる彼のことだから、粗方の事情は察しがついただろう。


「シュウさん……私もう、女としてやってける自信が、ないです……」


 声が震える。情けなくて、余計泣けてくる。

 こんな泣き言聞かされて、いい気はしないよね。


「きみがどんなでも、ももちゃんは、ももちゃんでしょ」


 だけど……ね。そう言ってもらえたから。転んだままじゃいられないなって、思えたんだよ。


「……決めました、シュウさん」


 ぐし、と目元を擦り、足底に力を込める。


「私はこれから、大うそつきになります」


 見上げた先。橙と紫のグラデーションを背にした彼は、どんな表情をしていたかな。


「僕はいつでも、きみの味方ですからね」

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