第61話 蟲毒 6


 野生動物において、戦闘とは突如始まるモノである。

 過去に草むらを掻き分けたその先で猪と遭遇したり、木から飛び降りた瞬間に鹿と見つめ合った事だってあった。

 彼らは地元のヤンキーのように「何見てんだゴラァ!」みたいなお上品に挨拶などしてくれない。

 目の前の相手を敵だと認識した瞬間、逃げるか襲い掛かってくるのだ。

 それは蛇だって同じこと。

 敵と認識すれば襲ってくれるし、何より俊敏な上しぶといのが厄介だ。

 だからこその、先手必勝。

 見つけた瞬間襲い掛かり、自身が負傷する前に息の根を止める。

 それが必勝パターンなのである。

 だというのに……今回はあろうことか、急所を外してしまった。

 最初に投げつけた杭で終わらせるはずが、首元に刺さってしまった上に半分も刺さらず止まってしまったのである。

 思わず追加で蹴りを入れて貫通させたが、どうやらこの大物はこれくらいじゃくたばってくれないらしい。


 「なかなか根性があるじゃねぇか……」


 認めよう、コイツは俺が見てきた中でも一番の大物だ。

 何たって体が20メートルくらいある蛇だ、ギネス記録に載る事間違いなし。

 今まで地元で何度も蛇を相手にしてきたが、これ程までの相手は見た事がない。

 思わず手に汗を握ってしまうのも無理はないだろう。

 とはいえ蛇は蛇。

 いくら図体が大きかろうと、奴らの行動は大して変わらない筈だ。

 先ほど尻尾で引っ叩かれたが、あんなもの牽制に過ぎない。

 少し頭が良かろうが、相手の動きさえ読めればこっちのもんだ。


 「オラ、どうしたよ。ビビッてねぇでかかってこい」


 ちなみに俺が相手にした事がある蛇は、最大でコイツの10分の1くらいのサイズだろう。

 確か小学生の頃だったが、何とかなった記憶が残っている。

 そいつを倒した時、友達から「蛇って鰻と同じ味がするらしいぜ!」と聞いた俺は火を起し、獲物を丸焼きにしようとした。

 結局駆け付けた親に「腹壊すから止めな!」と引っ叩かれ、味見することは出来なかったが、その時の影響でスネークイーターの異名を授かった。

 食ってないけどイーターなのだ。

 そんな俺も大人という上位互換に進化した。

 なら、あの時の蛇より10倍デカかろうが負ける理由はない。

 全くもって謎理論だが、目の前の大蛇に臆することなく立ち向かえるのだから、結果的にはよかったのかもしれない。

 こんな時こそポジティブ思考を保たないと、狩りは出来ないのだ。


 「はっ! 見掛け倒しか、コッチからいくぜぇぇ!」


 いつまで経っても動かない蛇に対し、こちらから踏み込んだ。

 本来なら首を掴んで無力化したい所だが、このサイズでは無理だろう。

 ならば狙うは頭! どんな生物も頭を潰されれば動かなくなる!

 生物が頭を失えば動かなくのは至極当然の事だが、ボスの弱点を見つけたネトゲプレイヤーの如く一直線に駆け出した。


 「ぜぁっ!」


 掛け声と共に杭を突き出すが、平然と回避してみせる大蛇。

 やはりデカいだけあって、人との戦闘経験もあるのだろう。

 なかなかどうして、苦戦させてくれそうじゃないか。

 パニック映画に出てきそうな程大きな蛇に対し、中年男性が杭一本で立ち向かうというこの状況はちょっと自分でもよくわからないが。

 ただ出会ってしまった、それだけの理由で二匹の獣が争っている現場に過ぎない。

 ある意味”弱肉強食”という言葉が一番似合うのだろう。

 田舎に来たのは久しぶりだが、やはり森が近いとこういう事が頻繁に起きてしまうものだ。


 「甘い甘い! そんなもんで俺が食えると思うな鰻野郎!」


 得意げに叫ぶが間違ってはいけない、目の前に居るのは鰻ではないのだ。

 こちらの挑発が頭に来たのか、鰻さんは獲物を捕食しようと何度も頭を突き出しながら大きな口を開く。

 喰らい付くだけではなく、時にアコーディオン運動と呼ばれる飛び掛かる行為も攻防に混ぜるが、一向にこちらを捕まえられない蛇。

 焦れるて来ているのか、徐々に行動が単調になって来ているので、お返しとばかりに杭でブスブスと突き返してやる。

 スネークイーターの異名は伊達ではないのだ。


 「昔の二メートルくらいの蛇の方がまだ利口だったかもな、お前駄目だわ。デカいだけでどうしようもない馬鹿だ」


 此方が言葉を発すれば随分と反応してくる様なので、とにかく煽り続けた。

 怒らせれば怒らせる程、相手は単調になる。

 冷静にフェイントやら、飛び掛かった後まで考える野生の獣の方がずっと厄介だった。

 だというのに、こいつはどうだ?

 先ほどからとても分かりやすい行動ばかり取ってくる上に、ただただ噛みつく事しか考えていない様だ。

 もはや飛びかかる前の頭の向きと、首の曲がり具合で大体突っ込んでくる位置が予想出来る程に単調。

 体がデカい分避けるのには苦労はするが、同じサイズのマングースが居れば多分瞬殺されるだろうと予想できるくらいには弱い気がする。

 それくらい、コイツは戦闘慣れしていない様子が見受けられた。

 多分今まで飼われてデカくなり、自由になった後はその巨大な体で好き放題やってきたのだろう。

 なら、今が年貢の納め時という奴だ。

 などといらん事を考えながらも回避しているが、蛇に慣れていなければ絶対に相手にしたら不味いサイズなのだ。

 この光景を見た生徒たちには、絶対真似しないように後で言い聞かせておかないと。


 「まぁ、弱くてもデカければ記録にはなるし。良いんだけどさ」


 此方目掛けて突っ込んできた蛇に対して、避けるついでに返し刀……と言っていいのか分からないが、杭の切っ先を軽く立てた。

 その切っ先が捉えたのは、今までやけに睨んでくれていた片方の眼球。

 しかも頭を戻す蛇の動作に合わせて突き刺された杭の先は、見事のソレを抉り取った。

 獣の悲鳴が轟き、痛みを訴えているのが分かるが……蛇ってこんな鳴き声あげたっけか?

 シャーって威嚇するくらいだと思っていたのだが、どこか人のような叫び声が木霊している。


 「うるせぇよ」


 その短い台詞だけで、目の前の蛇はビクッと体を震わせ大人しくなった。

 俺が知る限り、自然界の獣は基本静かなのだ。

 傷を負った瞬間か、威嚇くらいなら声を上げる事はあるが。

 命の危機に晒された時、カレらはとても静かになる。

 ジッと痛みに耐え、目の前の相手を見つめ返してくるのだ。

 最後の最後まで生きる事を諦めない、ここからどうすれば逃げられるか、相手を殺せるかを考えているかのように。

 それは野生動物として、美しいとまで言える生存本能。

 だというのに、目の前のコイツはどうだ。

 無駄に動きまわり、傷を負えばひたすら叫び続け、そして今は逃げるべきか襲うべきか迷っている御様子。

 その光景を目にして、自身の心がどんどんと冷めていくの感じた。


 「なんか、昔無駄に喧嘩吹っ掛けてきたヤンキーでも相手してる気分だなぁ……」


 マジでなんだコイツ? 獣としては失格レベルだろ。

 痛みに耐えかねて転げまわったり、呟いた一言でビビッて静かになったり。

 無駄に人間くさいのだ。

 自分と相手の力量差も分からず襲い掛かり、身の危険を感じたら泣きながら懇願し、最後には許しを請うように自ら頭を下げる様な。

 学生の頃なんかによく相手していた、そういう奴らと同じ匂いがするのだ。

 そんな胸糞悪い光景を思い出し、思わず舌打ちが漏れる。

 狩り云々ではなく、まるで弱い者をイジメているみたいだ。


 「先生……怖い顔してますよ」


 そんな呟きが、耳に届いた。


 「草加先生……そういう顔もするんだね、なんか新鮮。でもいつもの方が、私は好きかな……はは」


 少し離れた建物に背を預け、疲れ切った顔をしている二人が呟いた。

 もう一人も困った様に眉を寄せながら、二人と俺を交互に見ている。

 あぁ、こいつはやっちゃったか。

 一度顔を伏せてから、ニカッと笑顔を作って顔を上げた。


 「わりぃわりぃ、速攻討伐してギネスに載るからよ! もちっと待っててくれや」


 いつも通りの気の抜けた表情を意識して作ってから、再び目の前の大蛇と向かい合った。

 というか思いっきり視線外してたんだから襲って来いよ……とも言いたくなったが、敵に塩を送っても仕方あるまい。

 もはや呆れを通り越して無様である。

 未だ怯えるように固まっている蛇に対して、改めて杭を構え直した。

 あまり長引かせる必要もないだろう、部員達も疲れ切っているようだし。

 そう思って力強く一歩を踏み出した所で、急に大蛇が動き出した。


 「え、ちょ!? それ今やる!?」


 今まで向かい合っていたというのに、真後ろに向かって猛スピードで這い出したのだ。

 傍目にもわかる、逃げの一手。

 向かう先にあるのは先ほどの通路……ではなく、別館と思われる黒家達が逃げてきた建物。

 その壁に向かって行ったかと思えば、あろうことか壁を張って上へ上へと逃走し始めた。

 当然向こうとこちらでは体の大きさや、身体能力にも大きな差がある。

 上の階に逃げてしまえば追って来られないと、そう思ったのだろうか。


 「最初何されたかわかってないのかね、アイツは」


 ボソリと呟いてから、もう一度杭を構えた。

 最初の一手と同様、槍投げの選手のような構え。

 グッと右腕に力を入れ、息を吐く。

 そして短い距離で勢いをつけ、全身の筋肉を意識しながら。


 「ふんっ!」


 身体を捻るように、右手のソレを蛇の頭に向かって思いっきりブン投げた。

 放物線さえ描かぬまま一直線に飛び立った杭は、狙った”ソイツ”の頭に吸い込まれるようにして突き刺さる。


 「……やっぱ固ぇな」


 今度こそ頭のてっぺんに刺さったが、今回もまた浅い。

 どう見たって貫通するどころか、今にも抜けそうな様子だ。

 しかしそれでも効果はあったらしく、頭に衝撃を受けて気を失ったのか、ゆっくりと倒れる様に大蛇が壁から剥がれ落ちてくる。


 「や、やった!?」


 フラグとしか思えない台詞が背後から響く、鶴弥の声だった。

 色々話して事情を知った今では、あえてフラグを立てようとしているとしか思えないが。

 盛大な音と振動を上げながら、地面に倒れ込んだ大蛇。

 仰向けに落ちてくれれば杭がもっと突き刺さったかもしれないのに、反転するように体を捻りながら降ってきたソイツはまだピクピクと動いている。

 もはや虫の息と言っていいのかもしれない、痙攣するだけで動こうとしないその姿は実に哀れだ。

 せめて、早く楽にしてやるべきだろう。

 ゆっくりとした足取りで近づき、今にも襲い掛かってきそうな迫力があるソレに対して此方は片足を振り上げた。


 「最後の一撃は……」


 静まり返った空気の中、後ろからゴクリと喉を鳴らす音が聞こえる。

 狩りの鉄則として、獲物はあまり苦しませるべきではない。

 だからこそ半端に突き刺さった杭に対して、容赦なく踵を振り下ろした。


 「せつない……ふんっ!」


 「また随分と懐かしいネタが……」


 鶴弥のツッコミと同時に、ブツンッ! とより深く突き刺さった杭。

 大蛇の頭を貫通する音が、周囲に響き渡ったのであった。

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