第5話 マスコミ

「事件の後、マスコミがすごかったから。お母さん、きっとストレスで病気になったんだと思う。死んでほしくなかった」


 事件の報道を見ていたあの日になったチャイムは、マスコミだった。事件の後、連日マスコミがうちの家にやってきたのだ。


 父と母が離婚して四年もたっていたのに。わたしも、父が殺害されたというニュースを見ても他人事だったのに。母も、ニュースを見て『かわいそう』と言っただけなのに。


『今のお気持ちをお聞かせください』


『犯人の心当たりはありますか』


『今でも、宗平さんを愛していますか』


 母がレポーターの気に入る答えをしゃべるまで、延々質問攻めにされた。


「きっとお母さんは病気にならなかったよ。俺の家にもマスコミがすごかった。あんなのにさらされたら、病気にもなるよな」


「藤原くんの家にも来たの?」


 海を見ていた目線を藤原くんの横顔へ向ける。海を見つめるその顔に自嘲気味な笑みが浮かぶ。


「来た来た。俺にもマイク向けやがって。ただでさえ姉貴の不倫騒動でぐれてたのに、家に帰りたくなくて夜遊びしだしたんだった」


 藤原くんにつきまとっていた悪いうわさの真相を知ってしまった。屈託なく笑っていても、どこか世の中を斜めに見ていそうな暗い目つき。わたしも、同じような目つきをしているのだろうか。


 あの日から学校を休みがちになり、あんなに練習していた吹奏楽部も、わたしはやめてしまった。


 その年、全国大会に出場したのは、わたしのかわりにレギュラー入りした三年生の演奏がよかったから。わたしが、演奏していたらきっと全国にはいけなかったと自分に言い聞かせた。


 そうしないと、悔しくてたまらなかった。自分に憤りをぶつけなければ、怒りが暴走し周りの人を攻撃していたかもしれない。一番身近にいた母に、ぶつけていたかもしれない。


 そして、あんな事件さえなかったらふと思った。父と穂香さんが殺されたというのに、わたしは犯人を憎むより、あのふたりが死んだから自分の不幸があると浅はかにも思い込んでいた。


「わたしたち、いっしょだね。わたしも、心の中でぐれてたのかも」


 そう言って体育座りする膝へ頭を預けると、お尻の下の生ぬるい海水がレジャーシートに流れ出す。水着から滴った水がたまって、体温で温められ大きな水たまりになっている。ふと隣を見ると藤原くんのお尻の下にも、水はたまっていた。


「心の中でぐれるって、意味わかんないんだけど」


 と笑いながら藤原くんが左手をシートにつき、体を傾けた。たまった水がこっちへ流れてきて、後ちょっとでわたしの水たまりと引っ付きそう。


「自分ばっかりせめて、卑屈になってたってこと」


「人を責めないで、自分を責めるなんて。なつは心がきれいなんだよ」


 わたしはパシャっと手で水を勢いよくはらった。熱い海水のしぶきがあたりに飛び散る。


「心がきれいな人は、いくら恨んでる人でも消えてほしいとか、殺すかもなんて言わないよ」


 わたしの心の底にたまっていたドロドロとしたものを、おそるおそる太陽の元にさらしたのに、藤原くんはぷはっと、盛大に噴き出し笑い飛ばしたのだ。


「大丈夫、おれも宗平さんのこと本気で殺そうと思ったから」


「えっ――」と短く声をもらすと、藤原くんはわたしを見て意地の悪い笑みを顔にはりつけた。


「あの人さえいなけりゃ、姉貴は女優をやめなくてよかったって。小学生の時思ったんだ。どうやって、殺そうかいろいろ考えてみた」


 楽し気に父の殺し方を指折り数えている藤原くんにわたしが唖然としていると、それに気づいたいのか急に真面目な顔で言い訳を言う。


「毒殺だろうが、刺殺だろうが。とにかく宗平さんがいなくなれば姉貴はまた、女優に戻れるって信じてたんだ。ドラマや映画の中の姉貴は最高にかっこよくて、俺の自慢だったから」


 穂香さんの出ていた映画を見たことがある。普段の上品で穏やかな雰囲気とは百八十度違う、影のあるファムファタルな女の役どころだった。そのイメージが強すぎて、父を誘惑しそうな女だと勝手に思い込んでいた。


「藤原くんは、お姉さんのこと大好きだったんだね」


 そう言いつつ、わたしは藤原くんが穂香さんを思うほど父のことが好きだったろうかと疑問に思った。めったに会わない、あまり思い出もない。現に父は、六年分成長して目の前に現れた娘に気づきもしなかった。最後に会ったわたしの髪が腰まで長く、いまはばっさりと切られていても。


 そんな父を取られて腹をたてても、馬鹿らしいだけなのかもしれない。でも母は心から父を愛していた。母にとって、やはり穂香さんは憎むべき人だったのだろうか。


「いや、この歳で姉貴のこと大好きだなんていわれたら、引くんだけど」


 藤原くんは、下唇を突き出し少しだけむくれて言った。


「あっ、ごめんなさい。からかったんじゃなくて、本当にそう思ったから」


 湘南の海というシチュエーションはすごい。ついつい本音がポロリと口を出てしまった。太陽にさらされ潮風にふかれれば、恥ずかしいことでもなんなく言えてしまう。


 現にいま、わたしと藤原くんは見つめ合っていた。


「さっきも言ったけど、俺が好きなのは――」


 藤原くんのセリフは突然さえぎられた。


「見てー! お城できたよ!」


 波打ち際で遊んでいた唯ちゃんが、わたしたちへ波音に負けないくらい大きな声で呼びかけた。


 わたしは大きく手をふり、唯ちゃんに聞こえるようにお腹に力を入れて声を出す。


「すごいね! でも、お腹すかない? もうすぐお昼だよ」


「お腹まだすかなーい。もうちょっと」


 スマホは使えないから別荘に置いてきた。時間を教えてくれるのは太陽の位置しかない。太陽はちょうど真上に来ていてお昼なのに、唯ちゃんはまだ遊ぶという。


 砂にまみれて、黙々と遊ぶ唯ちゃんの姿を見て思う。わたしたちが、どれだけあのふたりを恨んでいても、唯ちゃんにとっては両親なのだ。


 だから、生きていてほしいと今は思える。もうすぐ起こる災厄を回避できるのなら、それにこしたことはない。そのためには、この六年前の世界にい続けないといけない。この世界とわたしたちをつなげるのは、あの拾った懐中時計だけ。



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