第23話
「じゃあ私はもう消えるから。服を脱ぐのはその後にして頂戴。本当は寮の部屋に戻ってからの方がいいと思うけど、屋外プレイも気持ちいいものね。せいぜい人目に気を付けなさい」
一瞬で熱が引いた。洋子は跳ね上がると刈谷のブラウスの背中を掴んだ。
「先生違います、今のなしですっ!」
必死過ぎて意味不明の弁解を繰り出す洋子に、刈谷は生温かい眼差しを注ぐ。
「安心していいわよ。見なかったことにするから。それに下級生に手を出したとかならともかく、あんた達が好きでやってる分にはもしばれたって謹慎処分ぐらいで済むわよ。敬愛と寛容がうちの校訓なんだから」
「だからそういうんじゃありませんってば! そうだ、先生は空の言ってること理解できました?」
苦し紛れに露骨に話題を切り替える。刈谷は簡単に筋の通った解釈をしてみせた。
「逢田さんのお兄さんが博士号を持ってるってことじゃないの。だけど和藤さんは当然逢田さんのお兄さんではない」
「あ、そうです。わたしのお兄ちゃんは、えっと確か、工学博士です」
それは自称博士とはだいぶ差があるだろう。昨夜も寝言で「お兄ちゃん」とか呟いていたのを洋子は思い出した。
「自慢のお兄ちゃんって感じ? きっとずいぶん仲もいいんでしょうね」
「普通だと思うよ。週に二、三回、一緒にお風呂入ったり寝たりするぐらいで」
「それ全然普通じゃないから。むしろ犯罪だから」
もし空の兄に会う機会があったらきっちりと性根を叩きのめし、いや存念を質しておく必要があるようだ。
「だけど今月に入ってからすごく忙しくなっちゃったみたいで、顔もあんまり見てないぐらいなの」
ぴんと来るものがあった。
「空さ、最近よく眠れないみたいなこと言ってたけど、それってお兄さんが忙しくなってからじゃないの?」
「そういえばそうかも。ここ二週間ぐらいだし」
つまりそういうことなのだ。些か複雑な気分で洋子は納得した。空は重度のブラコンで、兄に会えない寂しさから不眠症気味となり、そして兄に会いたいという気持ちが現実のワトソンと夢の中の兄を取り違えさせたのだ。
「先生、やっぱりゆうべの怪人はワトソンだったと思います」
推理の結果を告げる。刈谷の反応はさっきに輪をかけて薄かった。
「……で?」
後に言葉を続けようともしない。もし洋子がまた同じ話を繰り返すだけだったら今度は完全に無視しそうだ。それでも引くわけにはいかない。
「すぐに逮捕とか懲戒免職は無理でも、取調べ、いえ事情を訊くぐらいはするべきだと思います。だってあたしは見たんですから。何の対策もされないままなんて不安で落ち着けません」
「ただの妄想よ。それと一応警告しておくけど、もし他の先生とか生徒にそんな話を触れ回ったりしたら、あらぬ噂を立てて職員を中傷する問題行動として取り上げられるわよ。中等科への進学適格も慎重に検討されることになるでしょうね」
「く、卑怯な大人め……」
是が非でも内部進学をしたいというわけではなかったが、できるものならばしたいし、それにもし不許可になったら空と別の学校に離れてしまう。けれど掛かっているのはその空の身の安全なのだ。
ダブルバインドめいた状況に文字通り身動きもならなくなった洋子の手を空が握り締めた。
温もりと一緒に心の声が伝わる。洋子ちゃんのしたいようにしていいんだよ。その結果がどうなってもわたしの気持ちは変わらない。洋子ちゃんのことが好き。洋子ちゃんにならわたしの全てを任せられる。わたしを洋子ちゃんのものにして――。
最後の方はちょっと作り過ぎた。浅く反省する。ともあれ決意は固まった。
「約束します。ちゃんとした証拠もなしに無闇に騒ぎ立てるようなことはしません。ワトソンは犯罪者だから捕まえてください、みたいなことを他の先生方に訴えたりもしません」
「賢明な判断ね」
刈谷の雰囲気が和らいだ。もっとも初めからたいして険悪だったわけではない。単に面倒臭そうだっただけだ。
「だけどそれは刈谷先生に遠慮してとか、自分の内申が大切だからとかじゃありません。空が変な噂の的になったりするのが嫌だからです」
おためごかしでも綺麗事でもない。洋子の大切な人が、つまり、大切な友達という意味だが、その空が洋子の軽はずみな行動のせいで好奇の視線に晒されるなんてあってはならない。
それがきっかけとなって皆が空の素敵さに気付いたりしたら独り占めが難しく、いや空の生活が窮屈なものになってしまうかもしれない。もしそうなったら洋子の嫉妬心が疼く、ではなく良心が咎める。
「でも実際におかしなことが起こっている以上、放っておくこともできません」
刈谷は一応という感じで尋ねた。
「要するに姫木さんはどうしたいわけ?」
「あたしが犯人を捕まえてみせます」
力を込めて宣言する。
「空はあたしが守る!!」
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