初めての外食(裏)

 こういうの好き?私は大好き()


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 瑠璃華さんと一緒に、焼き鳥を食べに行かないかと誘われて、お母さんが一時期よく行っていた外食というものがどのようなものなのか気になったわたしは、二つ返事で行くと言いました。


 日程は一週間後の金曜日。既に決めていた献立は、一日分減って野菜などの扱いが変わってしまうため、一から組み直しです。


 こういう時に、お兄さんがかつてやっていたという、同じものを大量に作って冷凍して使い回すという方法は、融通が効くのでしょうが、毎日別のものを栄養バランス考えて作るとなると、とても難しくなります。不足分の食材を適宜買い足せるのであればまだまともに回せるのでしょうが、今のわたしのようにまとめ買いしていると、どうしても難しいものがあります。


 メニュー決めを最優先で済ませて、その後はいつも通りの生活をしているうちに自然と一週間は過ぎます。


 晩御飯の支度をする必要が無いので、いつもよりものんびり過ごして、マフラーを編み進めたりしながら連絡を待ちます。駅で合流した方がいいんじゃないかとも思いますが、甘えたい気持ちと、何かあった時の連絡手段がなくなってしまうことを理由に迎えに来てもらうことになりました。


 正直なところ、そろそろ一人で外出も出来そうですが、心配してもらえるのはとっても心地がいいです。



 いつもと同じ頃に入った帰宅通知で、いつでもお出かけできるように身支度をします。外は寒いけど室内に入ると暖かいからと、ちゃんと脱げる防寒着を選ぼうとして、あまり良さそうなものがないことに気がつきます。



 今度買わないと、でもお金足りるかな、なんて独り言を言っているうちに、お兄さんが帰ってきたのでお出迎えします。


「それなら、今日は僕のやつで凌ごうか。だいぶぶかぶかになっちゃうけど、寒いよりはいいでしょ」


 わたしの相談を聞いて、お兄さんが出してくれたのはひとつのコートです。着てみるとたしかにぶかぶかで、手なんて指先まですっぽり隠れてしまいますし、裾も足首まであります。歩いている時に汚さないよう、気を付けなければいけません。



「こんばんはすみれちゃん!突然でごめんね、空けてくれてありがとう!」



 お兄さんのコートでぬくぬくしながら玄関を出ると、見るからに楽しそうにしている瑠璃華さんに、謝りながらお礼を言われたので、あんまり気にしていないこととこちらこそありがとうございますを言います。


「あとこれ、前話してたヘアケアセット。使い方とかはまたメッセージで送るから、そっちで確認してほしいかな」


 そう言いながら渡されたのは、とてもかわいらしいラッピングが施された包みです。まさかここまでしたものを貰えるとは思っていなかったため、驚きながらお礼を言って、持ち歩いて汚さないように部屋の中に置いてきます。



 玄関に戻ると、お兄さんと瑠璃華さんが待っているので、鍵を閉めたら出発です。いつもと同じように、お兄さんの裾を握って歩きます。



「ところですみれちゃん、先輩の服を掴むんじゃなくて、私と手を繋いでもいいんですよー?」


 少しすると、会話をしながらわたしの手をちらちら見ていた瑠璃華さんがそんなことを言います。すべすべの手はとても魅力的ですが、今は寒いので冷っこいのは少し抵抗があります。


 それに、どうせなら一番最初に手を繋ぐのは、お兄さんがいいです。今みたいに連れていってもらうのではなく、一緒にお出かけする時に、必要もないのに繋ぎたいです。


 でもそんなことをお兄さんの前で言う訳にもいかないので、濁しながらお断りをします。お兄さんの服の方が安心できる、というのは、少し瑠璃華さんに失礼だったかもしれませんが、先輩だけずるい!と明るく八つ当たりしているのを見るに、それほど気にしてはいないのでしょう。


 一度、お兄さんではなく瑠璃華さんの服を掴んでみるというのも考えてはみましたが、考えただけでも違和感が拭えませんでした。それはそれでありなのだとは思いますが、安心感という意味では全然足りません。


 視界の半分にもなる大きな背中を見ながら、やっぱりこれだなと一人得心し、さっきまでよりもちょっと手に力を込めます。何かあった?と振り返るお兄さんに、なんでもないと伝えます。少し笑いが漏れて、なんでふたりで笑いあってるのと瑠璃華さんに突っつかれます。



 そうしながら15分ほど歩いたでしょうか。マンションが目立つようになり、そこかしこに多層階の建物やカラフルな看板が現れます。


 駅が近くなってきたかららしいです。慣れた様子で歩く二人とは違って、横断歩道や信号など、初めての経験に内心ドキドキでしたが、何とかついて行って目的地の居酒屋に着きます。


 入店して直ぐに、店員さんに声をかけられますが、そこは全てお兄さんが対応してくれて、テーブルの席に案内されます。


 4人がけの席で、奥に促されて座ります。偶然かもしれませんが、上座の席です。そんなことはさておき、正面の席には瑠璃華さんが、隣の席にはお兄さんが座ります。


 ここから好きなのを選んで注文していいよと言われたメニュー表を見ると、名前を見ただけでは何が出てくるのか想像できないものまで、たくさんの品名が並んでいます。


 どれも気になりますし、まだ全部確認すらできていません。本当に何を頼んでもいいのかもう一度確認して、他のものも気になる中で一つだけ選んで注文してもらいます。まだわたしには、大きな声で店員さんを呼ぶことは難しいです。


 少し待っていると、飲み物がまとめて届けられます。お兄さんと瑠璃華さんの分には、お通しと言ってお新香まで付いてきました。わたしの分は無いのかと聞いてみたところ、アルコールにしか付いてこないとの事です。


 ちょっとずるいと思いましたが、届いたオレンジジュースを飲んだらそんなことはどうでも良くなりました。昔は好きでよく飲んでいたジュースですが、お母さんに嫌われてからは水しか飲んでなかったので懐かしいです。りんごジュースと迷いましたが、この酸っぱいビタミンCが健康にいいのだと、お母さんに教えてもらったのでこっちです。野菜ジュースなんてものもあるらしいので、これが飲み終わったらそっちにもチャレンジします。


 ちびちびオレンジジュースを楽しんでいるうちに、瑠璃華さんが頼んだ焼き鳥がいくつも届きました。どれを食べたいのか聞かれて、どれがどんな味なのか分からないからちょっとずつ味見させてもらうことにします。


 お兄さんが取り分けてくれたお肉の、名前と味の特徴をしっかり覚えるために真剣に食べます。


 比較的あっさりした鶏ムネに、思わずご飯が食べたくなるような豚バラ肉のネギマ。焼き鳥と言っているのに豚肉ってどうなのでしょう?あとは、コリコリした食感が特徴的なハツ。


 どれも美味しくて、味わいながら食べていると二方向から視線を感じます。顔を上げて見てみると、お兄さんと瑠璃華さんが二人ともわたしのことをじっと見ていました。



 よく見ると全然食べていないので、本当は食べちゃいけなかったのかもと不安になりつつ聞いてみると、なんでもないと返されてしまいます。ただ、2人とも思い出したように食べ始めたので、良かったです。



 そうしているうちに届いた白湯クッパで口の中をリセットしつつ、頼んだら直ぐに、こんなに美味しい料理が出てくることに驚きます。わたしなんかは元々決めていたものを作るのが精一杯ですし、どこかで簡略化されているとしてもすごいシステムです。


 お腹がすいたタイミングで入って、その時の気分で食べたいものを直ぐに用意してもらえるなんて、お母さんが何度も行きたくなるのも当然ですね。


 しかしそう考えると、お兄さんだってもっとこういうところに来たいのでは無いでしょうか?わたしみたいにわがままを言うことも無く、好きなタイミングで来て好きなものを食べれるなんて、来たくなるのが自然です。それを邪魔する形になっているのだから、わたしはもしかしたら、内心で疎まれていたのかもしれません。




「そういえば、お兄さんはいつも早く帰ってきていますが、本当はこんなふうに会社の方とご飯を食べたりしたかったりしますか?」



 頼んだ分を食べ終わって、結構お腹が脹れたタイミングで、そう聞いてみます。普段ならわたしに気を使ってくれるかもしれませんが、今のお兄さんはお酒を飲んでいます。お酒を飲むと、人は本音を話しやすくなるというのは本でも読んでいますし、お母さんもそうでした。



「いやー、すみれちゃん。先輩ってば、前まではそこそこ付き合いがあったんですけど、ある日突然ぱったりと来なくなっちゃったんすよ」



 だから今なら、普段は言ってくれない不安や不満を言ってくれるんじゃないかと思って聞いてみると、回答は予想外の方向から来ます。


 やっぱり、元々は来ていたようです。瑠璃華さんの言い方からはわたしのせいでこういう店に来れなくなってしまったということしかわかりませんが、以前まで来ていたのに突然来なくなるのは、また問題があります。


 社会人にはノミュニケーションという言葉があるとも聞きますし、わたしのわがままのせいでお兄さんが困ったことになるのはよくありません。それを言ってみると、そういうのは大丈夫だとはぐらかされてしまいます。


 やっぱり、迷惑になっているのでしょう。夕方に突然、晩御飯が要らないと言われたら辛いとは思いますが、そこでわがままを言って嫌われたりしてしまったら元も子もありません。


 余った分は翌日のわたしのお昼ご飯にしてもいいですし、帰ったらこれまでのわがままを謝って、これからはわたしのことは気にしないで外でご飯を食べて貰えるようにお願いしましょう。



 そうひとりで決意していると、正面からジョッキを置く大きな音が聞こえて、思わずびっくりしてしまいます。



「そうだ、お昼と言えばすみれちゃん、先輩って家ではすみれちゃんが作ったご飯食べてるけど、会社ではカップ麺ばっかり食べてるんですよ!その分家でちゃんと食べるからとか、お手軽で美味しいからとか色々言ってますけど、どう思います?」


 テーブルに置いたビールジョッキから手を離さずに、瑠璃華さんはそんなことを言いました。



「……おにいさん、わたし、お兄さんにはずっと健康でいて欲しいって思ってるんです」


 その内容に、気分が暗くなって、嫌だって気持ちが出てきてしまいます。わたしがそんなことを思う資格なんてないのはわかっているのに、わがままが漏れてしまいます。



「お兄さんの体のことを考えて、栄養バランスも調整していますし、お兄さんが美味しく食べてくれるように、メニューや味付けも調べてます」


 わたしが勝手にやっているだけです。お兄さんが何を食べていても、何を好んでいても、それはお兄さんが決めればいいことで、わたしが口を挟んでいいことではありません。


 なのに、わたしは今親切の押し売りをして、お兄さんに文句を言っています。人伝に聞いた、お兄さんが美味しいと言っていたカップ麺に、自分の存在意義を奪われたように感じて、おかしなことを言っています。



「全部、お兄さんのためです。お兄さんが喜んでくれると思って、頑張っていたんですけど、お兄さんはカップ麺の方が、好きでしたか……?わたし、めいわくでしたか……?」



 そう言ったら、お兄さんがわたしを慰めてくれることをわかっていて、お兄さんがわたしが作ったもの以外においしいって言ったことに嫉妬して、不安になって。


 面倒くさくて、汚い子です。わがままが多いこと後悔したばかりなのに、もっと汚い手口で安心を求めています。こんなことを続けていたら、いつかお兄さんにウザがられて捨てられてしまうってわかっているのに、汚い気持ちが止まりません。



「そんなことはないよ。すみれのご飯はいつも美味しいし、飲み会を断っている理由の半分くらいは、家に帰ってすみれのご飯を食べたいからだ」



 お兄さんが、わたしに気を使って言ってくれているのはわかっているのに、美味しいと褒められて、食べたいと言われて、嬉しくなって満たされてしまいます。

 こんなふうに認められても意味はなくて、満たされても錯覚なのはわかっているのに、わたしが言って欲しい言葉をお兄さんに言わせているだけだとわかっているのに、かけられる言葉が嬉しくて、嬉しく感じてしまう自分が嫌です。



「すみれがお弁当を作ってくれるなら喜んでカップ麺はやめる。お昼ご飯まで作って貰ったら、すみれが大変だと思って遠慮してただけなんだ」


 瑠璃華さんと、ランチに行ったことを知っています。たまに誘われて、外のお店でご飯を食べることも知っています。お弁当なんて作ったら、ただでさえ減らさせてしまった交友の機会が、さらに減ってしまうことも、わかっています。



「……そうなんですか?……なら、月曜日からわたしが作っても、いいですか?」


 ついさっき、機会を減らしてしまったことを謝ろうと決めたばかりです。お兄さんのために、我慢しようと思ったばかりです。なのに、自分で言わせたこの言葉を嬉しく思って、さらにお兄さんを縛ろうとする自分が、気持ち悪いです。


 気持ち悪いのに、嬉しくて笑顔になってしまいます。お兄さんの予定も聞かず、勝手に約束を取り付けてしまいます。



 悪いことをして、汚いことをして、笑っています。




 それが、そんな自分が、この上なく気持ち悪いです。

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