幸せとは

いよいよ明日はティタンとミューズの結婚式だ。


ティタンは興奮と緊張で眠れず、窓を開けて夜空を見上げていた。

少し冷たいくらいの外気が心地よい。




長年住んだこの城を離れ、明日から新たな屋敷と領地に移る。


王太子であるエリックも結婚し、後継ぎが産まれた。

第三王子である弟のリオンも外遊から戻ってきて、王太子であるエリックの補佐として働いている。


ミューズと、そして幾人かの側近を従えて、ここを離れ、領主となり皆の生活を守っていかねばならない。



主として妻や部下、それに領民の為に腕力だけではなく、経営についても学び直し、領地となる地を何度も視察した。


ディエスやエリックにも助言を貰い、上に立つ者としての心構えを教えて貰った。


「ミューズを支え、幸せにする…」

根底の思いはそこだ。


することは多々あったし、順調とはいかない事もあったが、他の者に今の場所を譲るつもりもなかった。


だが、プレッシャーを感じることも少なくない。


信頼してくれている皆には言えないが、弱音を吐きたい時ももちろんある。


自分は皆が信頼してくれるほど立派な人間ではないから、尚更だ。


「俺は本当にやっていけるだろうか?」


ぽつりと今の漠然とした気持ちを言葉にして呟いてみた。

口にしてみただけだが、不安がより具体的に押し寄せる。




その時、ノックの音が聞こえた。

「何だ?」


「ミューズ様がいらっしゃいました」

ルドの声に、ティタンは自らドアへ向かい、開けた。


「キャッ!」

勢い良くドアが開き、ミューズは驚いてしまう。


「すまない…!」

ミューズの名を聞いて気が急いてしまい、焦ってドアを開けてしまった。

驚かせてしまったことを謝罪する。


ルドと、そしてマオもいて、二人が咎めるような目を向ける。

この二人も明日、新居についてくる予定だ。



「何故ミューズがこんな時間に俺の部屋へ?マオも公認なのか?」

あれほど節度を守れと言っていたマオが、こんな夜更けにティタンの部屋へとミューズを送ってくるとは、考えられなかった。


「ミューズ様がティタン様を心配していたからです。そうでなければ送りに来たりしないです」


マオとルドは二人をティタンの部屋に押し込む。


「誰かに見られては面倒です、あとはゆっくり二人で話すですよ」

本当は二人にしたくないですが、とマオはぶつぶつ言っている。


「ティタン様、ミューズ様にしっかりとお心をお伝え下さいね」

ルドの言葉を聞いて、少しだけ動揺した。


「何のことだ?」

「夫婦とは苦楽を共にするものです。一緒にお話しましょう」

ティタンの腕に自身の腕を絡ませ、部屋の奥へと誘う。


「変なことはしないでくださいね」

ルドはそれだけいうとパタンとドアを閉じる。


「…マオ、帰らないのですか?」

廊下で座り込むマオにルドは声を掛けた。


「やはり心配です。ティタン様とて男ですから…」

ルドはポンポンとマオの頭を叩いた。


「明日が結婚式なのですから、ミューズ様を困らせるような事はしないでしょう。ティタン様にとってミューズ様が一番なんですから」





「ティタン様、こちらへ」

ソファに呼ばれ、ミューズの隣に座る。


「何の話を、するんだ?」

こんな夜更けにわざわざ来て、何を話すのか。あまり起きていては明日に支障が出る。




「今思っている心配や不安をお聞かせください」

ミューズはティタンの手に自身の手を重ねる。


「最近のティタン様は元気がありませんでした。何かに悩まれているのではないかと思いまして…もしや結婚することに後悔はしていませんか?」

「それはない!早く君と結婚したいという思いは変わっていない」

思わず身を乗り出してしまう。


「では他に不安な事が?」

ティタンの様子が少しだけ違うことは気づいていた。

式が近づくに連れ、憂いを帯びた表情をすることが増えていたからだ

「…今後、皆を守っていけるかが不安を感じた。それだけだ」

剣の腕なら負けない。

しかし領地経営は別だ。


「明日から新しい土地だ。楽しみもあるが、不安もある。うまく出来ねばどうしようか、皆を守れなかったらなど、考え込んでしまった」

ミューズはティタンから手を離し、真剣な表情で聞いている。


「皆に心配かけないようにと黙っていたが、ミューズが気づいてるなら皆も気づいてるよな。明日からは気持ちを切り替え、弱音など吐かずとも頑張るようにするから」

こんな事を言うつもりはなかったが、促されるままに話してしまった。。

自分が思う以上に悩んでいたのかもしれない。


「弱音を吐いていいのですよ」

ミューズは立ち上がり、ティタンの膝に腰をおろして抱きついた。

横抱きの姿勢でティタンにくっついたのだ。


「ミューズ?」

こんなに密着することなどなかったから、ティタンはどうしたらいいかわからず、行き場のない手があたふたと動いている。


ミューズも、恥ずかしさから真っ赤になる。

それを見られないように、ティタンの胸に顔を埋めた。


「つらい時は私が聞きますから、一人で抱え込まないでください。夫婦になるのですから…」


ティタンの鼓動が聞こえる。

とても早いが、自分の方がもっと早いだろうなとミューズは感じている。


顔どころか全身が熱いのだから。


「こんな些細な事で、君まで煩わせるわけには…」

ミューズの重みと熱を感じ、心地良かった。

薄い夜着から感じられる体温と、ミューズの匂いに別な意味で落ち着かなくなってくる。


「些細な事でもいいのです。ティタン様が悩まれているならば、私もお力になりたいのです」


ミューズは顔を上げてティタンを見た。


「ティタン様だけ頑張らなくていいのです、新しい土地にいっても皆で力を合わせれば、きっと上手く行きます。私も力を尽くしますから」


ミューズの母であるリリュシーヌが亡くなり、ディエスは再婚することなく過ごしていた。


そんな父の助けになるようにと、女主人としての仕事や領地経営についても教わり、父の手助けを少なからずしていた。

ティタンの力になる自信はある。


「ありがとう」


ティタンがミューズを優しく抱き締めた。


「ミューズはいつでも俺を救ってくれるな」

欲しい言葉をくれ、けして突き放したりしない。

どんな時でも味方となってくれて、甘やかしてくれる。


「いえ、私の方が救われたのですから、ティタン様の為に尽くすのは当たり前です」


ティタンが引き止めてくれたお陰で、アドガルムにいる決心がついた。


居るだけで噂に振り回されて疲れてしまうリンドールとは違い、アドガルムではゆったりと過ごせた。


ミューズの噂を知らない者や信じない者が多かったため、心にゆとりを持って過ごすことが出来た。



「こんなに小さいのに、何とも頼もしいな」

ミューズを抱え込み、ベッドに横たえる。

「あ、あのティタン様…」

顔を赤くし、後ずさる。


「何もしない。隣で寝てて欲しいだけだから、頼む」


そう言うとティタンはミューズを後ろから抱き締め、目を閉じる。


「暖かいな…」

「はい」


緊張感よりも安心感が優った。


人の温もりに二人はゆっくりと眠りに落ちていった。


次の日に猛烈にマオに怒られるティタンがいた。







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