送る言葉
防音の魔法を解き、ディエスとの会話を終わらせたエリックとニコラは、小さくなった令嬢達に近づく。
令嬢の周囲には兵士や魔術師、治癒師が集まっているが、為す術もないようだ。
そんな中で不意に近づいていったエリック達に皆の視線が集まる。
「醜いものだ」
従者然とした姿のエリックが、表情を歪めてそう吐き捨てた。
突然の言葉に周囲も静まり返った。
「行動も振る舞いも考えも容姿も、全て醜い。これがこの国の令嬢の姿なのか?吐き気を催す」
「何だ貴様は!」
不審な人物に兵士が近づいてくる。
しかしどこから来たのか、黒い装束に身を包んだ者達がエリックを守るように立ちはだかる。
顔も肌も見えず、見えているのは目だけ。
エリック付きの護衛騎士であるオスカーが不在のため、代わりの者達を連れてきていたのだ。
「私はアドガルムからの使者だ!」
響く声だが、ニコラは周囲に聞こえるよう風魔法を操り更に拡声の手助けをしていく。
「報告にあった通り、この国は下らぬ噂話に惑わされるものが多いようだな。隣国のものとして残念だ」
エリックは盛大なため息をついた。
「根も葉もない噂で宰相殿のご令嬢も傷つけ、更に貶していくとは…言語道断」
ミューズを庇うように話す。
「ミューズ様はこのところずっと姿を見せない、疚しい事がなければ姿を表すはずだ」
どこかから聞こえた声に、エリックは反論する。
「証拠もないのに、無理矢理犯人に仕立て上げようとした者たちがに何を言う。このような場で出てきて、誰が身の安全の保証ができるというのか。お前が命を賭して守れるというのか?」
文句を言ってきたものの顔を真っ向から、捉える。
「なぁ、カルヴァ子爵令息。そういう事だな?」
「何故、俺の名を?!」
名乗ってもない自分の名を呼ばれ、恐怖した。
「全てわかるさ、今日の参加者は特に知っている、調べてきた。俺は記憶力がいいから全て覚えているぞ」
脅すように言うと、エリックがニィっと笑った。
「少々落ち着いてください」
そっとニコラが口を挟む。
「そうだった。これではレナンにまた意地悪と言われてしまうな。いかん、直さねば」
コホンと咳払いをし、改める。
羽虫はどうでもいい、エリックは本題に目を向けた。
「脱線してしまったが、改めて問おう。リットン侯爵、ウェザー伯爵、エイリール伯爵。その娘達が本当にミューズ嬢に恨まれたと思うか?」
「娘が言うならば信じる。それが親だ!」
リットン侯爵がそういう。
二人の父親も同意した。
「では貴様らも同じか?本当にミューズ嬢が恨んでると思うか?」
今度は令嬢達に問う。
「当たり前よ!そうでなければ、こんな姿になんてならないわ!あの女のせいだわ、本当に性格の悪い女…!」
次々に文句が出てくる。
反省の様子は欠片もない。
「なるほど、よくわかった。正式な抗議をお前らに送る、リンドールの国王を通してな」
国王という言葉を聞いて、周りがまたざわめいた。
「何を言ってる、従者風情が生意気な口を聞くな!」
リットン侯爵はご立腹なようだ。
娘をこんな姿にされたのもそうだが、エリックの蔑むような、馬鹿にするような言葉に怒りを隠しきれないようだ。
エリックの見た目が明らかに下位のものだからかもしれない。
エリックはディエスに目を遣る。
「俺が誰だか、この者たちに伝えてもらってよろしいでしょうか?」
ディエスは苦々しい顔で口を開いた。
「…はい。リットン侯爵、彼は本当に国王に進言出来ますよ。この方はアドガルムの王太子殿下である、エリック様だ。本日はお忍びで参ったのです」
ディエスはそれを示すように膝をつく。
ニコラも黒の集団も、エリックに向かって膝をついた。
「ディエス殿がそのようになさらなくてもいい。俺が正したいのは、そこの頭の足りない者たちだ」
エリックは容赦なく睨みつけた。
「親バカなのはわかった。だが、自分の子どもが何をしたのかをわかってて言ったのか?ミューズ嬢に何をしたのか、そのバカ娘たちから聞いていないのか?」
エリックから冷気が漂う。
「何の話ですか…?」
隣国の王族と聞いて、リットン侯爵は明らかに勢いを失っている。
「非合法の商人より買った呪いの薬を、そこの三人が結託して呼び出したミューズ嬢に浴びせたのだ。
呪いで体が小さくなったミューズ嬢からはドレスすらも奪い、文字通り身一つで屋外に放置した。そんな非道な行ないをしたのだぞ」
「まさかそんな…」
父親たちは信じられないといった様子で、娘を見る。
「そ、そんなの嘘よ!」
「デタラメですわ、お父様!」
上擦った声で否定が始まった。
エリックは構わず続ける。
「『ユミル様に近づくな!』とはそのもの達がミューズ嬢に言った言葉だ。そもそもディエス殿もミューズ嬢も、ユミル殿からの婚約は拒んでいたはずだ」
「エリック様の言うとおりです。家に行けばユミル様からの打診の手紙も証拠としてある。断っても再度寄越され、本当に困っていたのだ」
可もなく不可もないユミルにディエスが応じる理由はなかった。
ミューズが好いていないなら尚更だ。
「嘘よ!だって、ユミル様は言い寄られて困ってるって言ってたわ!」
イーノが叫ぶ。
アニスはしくしくと泣き出した。
「お嫁さんにしてくれるって言ってたのよ、それが、こんなことになるなんて…」
ユミルに皆からの視線が集まる。
冷たい蔑む視線に、ユミルは汗が止まらなかった。
「ちが、違う。僕はそんな…」
ユミルが公爵令嬢の婚約者候補である、という噂は皆が知っている。
つまり、それだけ有能であるという裏付けの噂だった。
実際は打診し、振られ、未だに諦めきれていない未練たらしい男。
そのくせ、数多くの女性を侍らし、騙していた。
ユミルの未来は明るくないだろう。
「この者たちが縮んだのは、ミューズ嬢が受けた呪いをかけたものに返しただけだ。ミューズ嬢が恨んでるわけではない」
寧ろ彼女は最後まで呪いを返すのに反対していた。
心優しき女性だ。
「返した…?では、ミューズ様の呪いは解けているのですか?!お願いです、その呪いを解いた者を教えて下さい!」
ウェザー伯爵が土下座をする。
「それは無理だ」
エリックは冷たく突き放す。
サミュエルについて教える気もない。
「何故です、金なら十分に払います!このまま娘がこのような姿でいるなど、耐えられません」
「そのような事、俺にはどうでもいい」
エリックは意に介さないと、平坦な声で言い放つ。
「解呪が出来る術師は、我が国でも総力を上げて探し出す程だった。大枚をはたいて解呪をお願いしたが、そのような財力をただの伯爵ごときが払えると思うか?なによりも…いまだディエス殿にもミューズ嬢にも、謝罪すら言えんバカ共に、尽力する義理も時間もない」
この貴族達の口から出たのは、保身と自己の心配ばかりだ。
「そしてミューズ嬢はいまやティタンの婚約者だ。王族の婚約者に対する侮辱と、呪いを掛けた事に対しての賠償金を、お前達は払わねばならぬ。呪いを解けるほどの金が残るとは思えん」
侯爵達も、令嬢達も、ユミルでさえ青ざめた。
会場にいた貴族達も口を噤む。
自分達が噂で見下し、貶していた女性は王族の婚約者とまでなった。
「ミューズ嬢が黙っているから何を言ってもいいと?噂話だから責任はないと?考えが浅すぎて言葉も出ないな」
エリックは帰るぞ、とニコラに声を掛けた。
「ディエス殿はどうぞこのままあなたの国王のもとへ。大いに思いの丈をぶつけて来てください」
エリックが歩き出し、ディエスが慌てて追いかけてくる。
皆呆然とし、ただエリック達を見送ることしか出来なかった。
「こんなこと、陛下になんと言えば…」
どう話を整理するか、ディエスは頭を捻る。
「ご心配なく。全て耳に入っているはずです。俺の護衛騎士がリンドール王城にて待機しておりましたから」
ニコラが光る通信石を取り出す。
「聞こえたなオスカー、終いだ」
ニコラがそう言うと、
『OK!そっちに行くわ!またね』
と、明るい声で返事が聞こえた。
何もかも見越して、計画していたようだ。
「ではディエス殿。良い返事をお待ちしています」
それぞれの馬車に乗り、分かれる。
ディエスはあまりの事に体の力が抜け、馬車の中でぐったりとしていた。
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