元の姿
「ではティタン様、準備できました」
サミュエルが書いた魔法陣の中心にティタンはそっとミューズを降ろす。
邂逅してからミューズを運ぶのはティタンの役目となっている。
手は大きく、歩いても安定するティタンはミューズを上手に支えていた。
時には彼の胸ポケットにいて、会話を楽しんだりもしていた。
「サミュエル様、今日はよろしくお願いします。ところで呪い返しはしないんですよね?大丈夫ですよね?」
「…俺がするのはあなたを呪いから解放することです」
サミュエルなりに明言を避けた言葉であった。
マオはミューズに毛布を掛ける。
「呪いがかかった時と逆であれば、解けたら衣服の保証がないのです。どうぞ」
ミューズはその意味を知り、真っ赤になる。
「あ、ありがとう…」
「サミュエル。見たら殺すからな」
ティタンのドスの利いた声に、サミュエルはフードを目深に被り直す。
「俺だってそんな死に方はしたくないので、気をつけます。ではミューズ様、こちらの薬をお飲みください」
小さい小瓶には液体が並々と注がれていた。
「美味しくはないのですが、内側と外側から解呪します。皮膚から吸収された呪いの薬液に作用します」
匂いからして、美味しくなさそうだ。むしろ不味いと予想される。
「頑張ります」
両手で何とか持ち上げるとぐっと一気に飲み干すが、突き抜ける苦さに涙目になる。
「毒ではないだろうな?」
ミューズの様子に、ティタンはハラハラしていた。
「大丈夫ですが、やはり不味いですよね」
申し訳無さそうにサミュエルは頭を下げる。
「だ、大丈夫です」
口元を押さえ、浅い呼吸をする。
ともすれば、出てしまいそうだ。
「エリック様達もリンドール国のパーティ会場内へと入ったそうです」
通信石で得た情報を、マオはミューズに聞こえないようティタンに告げる。
呪い返しは、ミューズに知らせぬまま行なう予定だ。
事後であれば知られても構わない。
因果応報だったと伝えるだけだから。
呪いを解くサミュエルが呪い返しを強く希望したのだから、仮にティタン達が反対しても計画が覆る事はなかった。
「サミュエル、任せた」
ティタンの合図にサミュエルはミューズに手を翳す。
「今解きますからね。全く、呪いというものに軽々しく手を出して欲しくなかったな…」
安易に手を出した結果、呪いは使った令嬢方へと行く。
何もしなければ、何もなかった。
令嬢方が自ら行なったが為に、呪いは返っていくのだ。
「サミュエル様、よろしくお願いします」
ミューズは緊張に体を強張らせる。
「マオに言われませんでしたか?俺達に敬語はいらないですよ」
サミュエルの呪力が、ゆっくりとミューズの体に入り込む。
ミューズに絡みついた呪いを慎重に解き始めた。
「婚約を交わした時点で、いやティタン様があなたに好意を持った時点で、ミューズ様は俺達の主となります。あなたのためなら命だって惜しくない」
左手を翳したまま、右手でサミットも小瓶の液体を煽る。
サミュエルが調合した、呪力を高める薬だ。
「あの、それは言い過ぎではないでしょうか?」
さすがに婚姻もしていないのに、そのような忠誠の言葉を聞くとは、驚いてしまう。
段々とミューズの体が熱くなってきた。
順調に解呪が進んでいるのだ、とサミュエルが言う。
「ティタン様が選んだならば間違いありませんから。それにミューズ様は俺の体を気遣ってくれて、更に見下す事もしなかった。早く呪いを解け、などと怒る事もなかったとマオから聞いています」
ぽたりとサミュエルから汗が落ちる。
呼吸も早い。
人より弱いサミュエルの体は少しの事で、疲れが出やすい。
「俺を、人間扱いしてくれて、ありがとうございます」
感謝の言葉を述べた。
少しずつ、ゆっくりとミューズの体が大きくなる。
「すみません、ミューズ様への負担を抑えるため、時間をかけて呪いを解いています。上の淀みにはけして、触らないでください」
気づけば頭上には黒い靄のようなものがあった。
「まとめて、返します。あちらの負担がでかかろうが、知ったことではない」
いくらかサミュエルの呪力も乗せた。
こちらに返ってきても、微々たる影響しかないくらい僅かに。
それでもよりひどい目に合うよう、乗せたかった。
ミューズはこれが呪いなのかと頭上を見た。
禍々しい靄はミューズから抜け出て、集まっていく。
大きくなる体に毛布を巻き付け、サミュエルを見る。
「返す事なんてしなくていいから、私はそんな事望まないわ!」
サミュエルにやめてほしくて大きい声を出す。
サミュエルは首を横に振った。
「この世は理不尽だ、弱いものほど搾取される」
ミューズが呪いをかけられたのは、ある種の弱さである、人の良さにつけ込まれたのだろう。
「たまには力を示すのも、ありですよ」
ミューズの呪いはすっかり解けた。
マオと同じくらいの小柄な身長ではあるが、成人した女性だ。
長い髪は背中の半分くらいまである。
毛布からはみ出した部分の肌はとても白い。
金と青のオッドアイがティタンを見つめる。
「綺麗だ…」
まだ魔法陣は光っているため、近づくことは出来ないが、すっかり元の大きさとなったミューズから目が離せない。
「もう少し」
サミュエルが回復薬を取り出し、一気に飲んだ。
黒い靄に両手を翳して念じる。
「なかなか強い呪いだったけど、さよならだ」
靄は窓の外へと出ていき、見えなくなる。
魔法陣の光が消え、サミュエルが崩れ落ちた。
「疲れました…」
サミュエルが荒い呼吸をしている。
「大丈夫?」
ミューズが裸足でサミュエルに駆け寄ろうとするが、ティタンとマオが止めた。
「さすがにその姿で男には寄らないでくれ」
「僕もそれに賛成です」
さすがにこの姿では失礼かと思い、ミューズも大人しく足を止めた。
少し離れた場所からサミュエルに声を掛けた。。
「ありがとう、サミュエル。あなたのおかげで助かったわ」
「どういたしまして…」
自分からはミューズの姿は見えないが、戻ったのだろう。
急激な眠気が襲ってくる。
「サミュエルは大丈夫なの?呪いを解いた反動なのかしら」
「凄く体力を使うそうです。サミュエルは元から体力が少なくて」
マオが代わりに受け答えする。
「そうなのね…ティタン様、少しだけサミュエルの側に行かせてください」
ティタンに許可を得てから、ミューズはそっと服の上からサミュエルに触れる。
淡い光が放たれた。
「これは?」
マオが驚きの声を上げる。
「そう言えばミューズは回復魔法が使えたな」
自分の頬に触れて思い出す。
体も起こせないほど疲れていたサミュエルが、急に体を起こした。
「体が軽い、これは一体どういう事だ…?」
もともとの体力が増えたわけではないが、疲労感は一気に消えた。
「ありがとうございます、ミューズ様。こんなに体が軽いのは久しぶりだ。それに貴重な回復魔法を俺に使ってくれるなんて…」
少しの切り傷や擦り傷を治すとかなら使える者は多いが、こんな短時間でこんなに作用する回復魔法が使えるものは少ない。
「私はただお礼がしたくて。ただ父には内緒にしてください、使ったのがバレると怒られてしまうので」
ティタンとマオにも口止めする。
「そうだな、この力を周囲に知られては大変な騒ぎになっていただろう。知られたら、婚約の打診も膨れ上がっていたぞ。高い魔力と高位の回復魔法…シェスタでもここまでの腕前を持つ治癒師は少ないだろう」
魔法を使ってもミューズは疲れひとつ見せなかった。
軽々しく使用したように見えたが、ミューズがかけたのは高位の魔法だ。
あんなに短時間で回復したのに、サミュエルは反動も受けず、完全に体力を取り戻している。
「まずは呪いが解けてよかった…俺とサミュエルは俺の部屋で少し話でもして待つから。後は頼んだぞ、マオ」
ひとまずミューズに服を着せて欲しいと頼み、ティタンとサミュエルは足早に部屋を出ていった。
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