呪いを治すため

「とりあえず部屋で休ませてきます」

ルドが眠ってしまったサミュエルを再度背負い、部屋を出た。


「サミュエル様は、随分お疲れなのですね」

ミューズはサミュエルの様子が心配だ、自分のために無理矢理起こされたのだから、罪悪感を感じてしまう。


「サミュエル以外に呪いを扱える術師がいなくてな、いつも忙しいんだ…明日には動けるようになるといいのだがな」

ティタンも心配ではあるが、今は彼以外に頼れる者がいない。


「少し寝せておけば、回復すると思うのです。ミューズ様はあまりお気になさらずに」


話が落ち着いたのを見計らい、マオはミューズへと服を手渡した。

「人形用の服ですが、どうぞ。ずっと落ち着かなかったですよね」

少し生地は薄いものの、ないよりはマシだ。

ようやく服を着られる事にミューズはホッとする。



「助かります、何から何までごめんなさい」

ミューズは手に取り、早速着ようとした。

ティタンはすぐに視線を外し、後ろを向いて見ないようにしてくれている。


「察しが早いですね」

「見るわけにはいかないだろ」


マオはミューズを手伝い素早く着せていく。


「少し心許ないかもしれませんが、ハンカチよりはましですね」

マオは上着とハンカチを回収する。

ミューズは水色のワンピースを纏い、ようやくひと心地ついた。


「…似合ってるな」

ティタンは思わず言葉が出てしまう。


「ありがとうございます」

会ってからようやっと普通の格好を見せることが出来た。


「靴は流石にないのです、準備が出来ずすみませんが、移動する際は僕が力になりますので」

マオは申し訳無さそうに頭を下げる。


「とんでもない!ここまでして頂いて感謝しかありませんわ、ありがとうございます」

ミューズは丁寧にお礼を言う。

事実マオには助かりっぱなしだ。


「ミューズ様。ずっと気になっていたのですが、僕やルドに敬語はいらないですよ」


「でも…」


隣国の自分が、王族の従者や護衛騎士を呼び捨てにしていいのだろうか。

従者とはいえ、王族に使えるなら貴族のはずだから。

「大丈夫です、気にしなくていいのです」

マオはテーブルに置いておいた軽食に手を伸ばし、食べやすい大きさに切ったパンケーキや果物をミューズに渡す。

飲み物には細いストローをつけ、少しでも飲みやすいようにする。


ミューズが食事をしている間にティタンに視線を移す。


「ティタン様、明日エリック様がお話ししたいと言ってたのですが」

「わかった」

エリックとの話とは、どのような話になるか…ティタンは少しため息をついた。


「ミューズ様も一緒にです」

ミューズの今後の立ち居振る舞いについてや辻褄合わせなど、いろいろな話があるのだろう。

「わかりました」

ミューズは食事を飲み込み、畏まって返事をする。


「ミューズ様。先程も言いましたが、僕に敬語はいりません」

「…わかったわ」

敬語を窘められ、ミューズは言い直す。


マオはティタンにも紅茶を淹れる。


「呪いについての話、何か新たにわかったのか?」

淹れてもらった紅茶を口にしながらティタンが問う。

「…そうですね、そのことも含め色々な話があるそうです。詳しくは明日、なのです。僕から言えるのはここまでですから」


「?」


ティタンもミューズもマオの言い方が引っかかるが、それ以上マオは教えてくれなかった。





翌日。

ミューズはマオの部屋にて目が覚める。

「ミューズ様、おはようございます」

「おはよう」


マオの部屋は一人部屋でシンプルな作りだった。


物が少ないため、ミューズの休む場所として用意された、赤ちゃん用のゆりかごも置くことが出来た。

柔らかな毛布が中に敷かれており、暖かくゆっくりと休むことが出来た。


「今お湯を用意するです、湯浴みもしたほうがいいですね」


タオルと新たな服も用意し、桶にお湯を張った。

「熱くはないですか?」

「丁度いいわ、ありがとね」


ミューズはふふっと笑う。


「気づけば私、ずっとお礼ばっかり言ってるわね」

「そうですね。ここまでお礼を言ってくれる令嬢も珍しいです」


優しくマオがミューズの髪を洗っていく。


「黒髪黒目は平民と言われるです。ティタン様の従者とはいえ、きつく当たられる事も多かったです」

マオは丁寧に髪の泡を落としていく。


ミューズはリンドール王城の中庭での出来事を思い出した。


「アドガルムの王族以外ではミューズ様くらいですよ、ありがとうなんて言う貴族は」

新たなお湯を用意し、そちらにミューズを移す。


「今日の話し合いは、ティタン様の婚約についてです」

「婚約…そんな大事な話の時に私はいていいの?」

場違いではないかと聞き返す。


「相手はミューズ様です」

体に衝撃が走る。

言葉が出ない。


「僕はミューズ様がティタン様の婚約者となってくれたら、嬉しいです」

「何で、私が?」

ようやくミューズは声が出た。

どうして選ばれたのかわからない。


ミューズがお湯で温まってる間、マオは湯浴みで使ったものを片付けていく。


「理由は後で説明されるのですが、ミューズ様が相応しいと認められたみたいです」


彼の婚約者となれるのは、嬉しい。


しかし、昨日のティタンの言葉を思い出すと、彼自身はまた違う事を考えているはずだ。


「でもティタン様は、私を好いてはいないわ…」

「まさか!あんなに分かりやすいのに」

マオはミューズの言葉に驚いていた。


ミューズは昨日の会話をマオに話す。


「私の呪いが解けたら、私が想い人と結ばれるよう手伝ってくれるって言われたの。これって私に興味がないということよね?」

不安そうなミューズの言葉に、マオが頭を抱える。

「それ、自分に自信がないだけですよ…全くあの王子は…」

頭が痛くなる、とマオは嘆いた。


のぼせる前にミューズを引き上げ、体を拭いてあげる。


「逆手に取ればいいですよ。手伝ってくれるって言われたなら手伝ってもらっていいのです。最後にティタン様に好き、と言えばそれで充分です」

「そんなの、言えるわけないわ!」


告白なんて恥ずかしい!


ミューズは顔どころか耳まで真っ赤にした。


「では、諦めてしまうですか?ユーリ王女との婚約話がないって事を聞いて、安心したのではないですか?」


ミューズのドレスを着せるのを手伝い、背中のリボンを結んでいった。


「それは、だって、婚約者がいるならば、私はここにいてはいけないって思って…」


呪いを解くためとはいえ、未婚の男性であるティタンのところに来てしまった。

呪いが治ったあと、ここから帰るところを誰かに見られれば、婚約者の女性から疑いの目で見られてしまう


ティタンを誑かしたのだと。




マオはそれは違う、と否定した。

「ミューズ様。ここにいていいって事は、つまりそういう事です。皆が認めているのです」

ミューズがいていいという理由…つまり、公認の仲であること。


「もしかして、本当に私がティタン様の婚約者になれるの?」


体が震える。


「サミュエルを無理矢理叩き起こしたのも、その為です。あなたが大事な人だからですよ」

貴重な術師をミューズのために動かしたというのは、大切にしてるが故にだ。


マオは風魔法でミューズの髪を乾かした。

今度は優しく髪を梳かし、リボンと共に編み込んでいく。


「…今日の話でそのような事を説明する予定でしたが、ミューズ様に言っておかないと、お互いに婚約を遠慮しそうだから、話したです」


マオは応援してくれてるのだろうか。


「私でいいのかしら…」

王女すら駄目だと言われたのに、自分なんかと婚約とは、ミューズは自信がない。


「僕はミューズ様がいいから言ってるのです。どうかティタン様をお願いするです」


支度を終え、ミューズは昨日よりも令嬢らしい姿となった。


マオも手早く身支度を整え、ミューズを手に乗せた。

マオの部屋でこれからを過ごすのは狭いので、移動すると言う。


「ティタン様の部屋へ行くです、そろそろ起きてるはずですから」











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