剣聖の卵を育てますわ。いえ、剣聖にしますわ!

 小鳥のさえずりとともに、わたしは目を覚ました。


 だがしかし、わたしの両腕には幸せが抱きついている。

 今起きてしまったら勿体無いですわ。


「ふわぁ、おはようございます」


 ……ミリーナ、もう少し寝ていても構いませんよ。二人が起きてしまいますわ。


 無言の祈りも虚しく、セシルもノエルも次々と起きてしまった。


「おはようございます。メリア様はまだ寝ていますのね」

「メリアは、お寝坊さんなのね」


 セシルたちは、わたしがまだ寝ていると思ってくすくすと笑い合っていた。


 ……うぅ、わたしの称号に「お寝坊さん」が付いてしまいましたわ。


 不自然にならなように、わたしはゆっくりと目を開けた。


「メリア、おはよう」

「メリア様、おはようございます」「しゅ」


 ……ノエル、朝から萌攻撃はやめてくださいませ。


「みなさん、おはようございます」


 全員が起きると、わたしはベルを鳴らして使用人を呼ぶ。

 使用人たちがわたしたちを学校の制服へ着替えさせてくれる。

 着替えが終わるとそのまま朝食になる。


 お父さまとお母さまはすでに食堂にきていた。


『おはようございます』


 みんな揃ってご挨拶をする。

 なんだろう、お父さまはものすごく感激している。


「おはよう、皆さん。昨日はよく眠れたかな?」

「皆様、メリアと仲良くしてくれてありがとう」

「メリアが、こんなにもたくさんの友人を連れてくるなんて……」


 お父さまのいつもの溺愛モードに入ってしまった。

 セシルたちはちょっと引いている。


「旦那様、皆様の前です。はしたないですよ」


 お母さまがなだめてくれたお陰で、お父さまは正常に戻った。


 朝食が済むと、学校へ行く支度を始める。

 学校へはセシルの馬車に同乗させてもらえることになった。


 セシル、わたし、ノエル、ミリーナの順でフィーリア騎士団長がエスコートして馬車に乗せてくれた。

 フィーリア騎士団長が乗り込むと、家族や使用人たちに見送られながら我が家を出発した。


「こんなに素晴らしい景色をメリアは毎日見て登校しているのね。羨ましいですわ」


 ノエルもミリーナも感動の眼差しで景色を眺めている。

 みんなで眺める景色も悪くないわね。


 学校へ到着すると、フィーリア騎士団長が馬車から降りる。

 行きとは逆の順番でエスコートされながらわたしたちも馬車から降りていく。 


 もちろん、他の学生たちからはもの凄く注目されている。

 近くの学生からは「ごきげんよう」と挨拶をかけられながら門をくぐって校舎へ歩いていく。

 途中でAクラスのミリーナとお別れして、わたしたちはSクラスの教室へ向かった。


 わたしたちが席に着くと、ふと赤茶色のポニーテールの女子学生が目に入った。確かあの時の……。


「ノエル、あそこにいる赤茶色の髪の毛を結んでいる方をご存知でしょうか?」


「ええ、エルガーディン伯爵家のアリス様でございます。代々『剣聖』の称号を受け継ぐ家系のご令嬢でございますわ」


「わたくしも存じておりますわ。たしか、お兄様方も騎士団に入団されておりますわ」


 騎士の名門のお嬢様なのか。剣の腕も悪くはなかった。

 でもいつも一人のような気がした。悩みも何かありそうだわ。

 今日の稽古の時間に声をかけようとわたしは思った。


 午後になると、剣の稽古が始まった。


「それでは皆さん、今日は二人一組で稽古をしていただきます。どのように稽古をするかは各自で話し合って決めてください。何か質問があれば私にしていただいても結構です」


 今日は、二人一組の自主練のようなものだ。

 わたしは規格外なので別枠だった。


 しかし、わたしが抜けると奇数になるので誰かが余る。

 セシルはノエルと組んで稽古をするようだ。

 残った人は……アリスだった。

 誰も近づこうせず、一人だけ浮いていた。


「パワード先生、あの方をわたくしがお相手してもよろしいでしょうか?」


「一人だけ余ってしまったので仕方がありませんね。くれぐれも怪我をさせないようにお気をつけください」


「承知いたしましたわ」


 わたしはアリスのところへ行き、声をかける。


「アリス様、わたくしとお稽古しましょう」


 急に声をかけられたので、びくっとしてアリスは振り向いた。


「メリア様、わたくしなんかと組んでもよろしいのでしょうか?」


「もちろん、アリス様のお力を拝見したいですわ。思いっきり打ち込んでくださいませ」


「はい、わかりました。ありがとうございます」


 アリスは両手剣士のようだ。剣道の構えとは違っていた。

 攻撃は最大の防御という考え方の流派なのかしら。


 アリスの攻撃を全てわたしは剣で受け止める。

 剣の筋は悪くはない。技量も速さも他の学生とはレベルが違う。

 けれど、何か迷いのようなものが伝わってくる。


「さすが、メリア様。わたくしの全力の攻撃を簡単に受け止めてしまわれるとは……」


「アリス様の技量は素晴らしいですわ。ですが、何か迷いのようなものを感じます」


 アリスは「なんでわかるの?」と驚いた表情を見せた。


「メリア様のおっしゃる通りです。最近は伸び悩んでおりまして、迷いというか焦りをいつも感じております」


 名門の家柄ということでプレッシャーを感じているようだ。


「アリス様は身体強化は使えるのでしょうか?」


「いいえ、魔法は苦手でございまして」


 わたしは何か、ピキーンとスイッチが入ったような気がした。


「では、わたくしが魔法に関しても訓練してさしあげましょう!」


「それは、とても申し訳なく……」


「いえいえ、わたくしはアリス様とお友達になりたいですもの。遠慮は不要でございますわ」


 ……貴重な人材は逃しませんわ。うふふ。


「では、お言葉に甘えさせていただきます」


「はい、では『アリス』と呼んでもいいかしら? わたくしにも『メリア』と呼んでいただきたいのですけど、強要はいたしませんわ」


「はい、『アリス』とお呼びください。わたくしからは『メリア様』でご容赦願います」


「はい、それで結構でございますわ」


 魔法の稽古の時間に魔力コントロールのコツを教えることを、わたしはアリスと約束をした。


 剣の稽古が終わるまでは、引き続きアリスの相手を続けた。

 なんだろう、少し剣から伝わってくる感じが変わった。

 気持ちが前向きになってくれたのなら嬉しいな。


 ……しかも、「剣聖の卵」という貴重な存在を逃しませんわ。


 こうして、また一人、ぎせい……いや、メリアのお友達が増えたのだった……。

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