【次は誰かな 01】

「お腹空いた、お腹空いたよぉ……」

 木の扉の先は廊下になっており、少し歩くとすすり泣く女の子の声が聞こえてきた。

 左右には幾つもの扉があり、それぞれに柵のついた小さな小窓がついている。まるで罪人を閉じ込める牢屋のようだ。

 神官やあのイストという男の予定では、恋唯もこの部屋のどれかに閉じ込められる筈だったのだろう。

 恋唯は薄暗さの中で耳を澄まして、泣き声が響いてくる部屋を探した。

 小窓から覗くと、何かが毛布に包まっているのが見える。

「ええっ!?」

 迷いながらも扉をノックすると、中から大きな声が返ってきた。

 毛布に包まっていた誰かがこちらを振り向き、幽霊でも見たかのような声を出す。

「えっ、えっ……!?」

 怖がらせてしまったようだ。申し訳なく思いながら扉を開けようとするが、鍵が掛かっている。

 手首に下げた鍵の束から合うものを探して、ようやく扉を開いた。

「すみません、驚かせてしまいましたか」

「だっ、だれ……?」

 扉の中は粗末なベッドだけが置かれた、とても簡素な部屋だった。

 まともな換気も出来ない環境なのは明白で、悪臭が漂っている。

「貴方もハズレ異世界人認定された方でしょうか? 私はそうなんですが……」

「あ、はい、そうです、けど……?」

 様子を伺いながら近づいていくと、毛布にくるまっている女性の輪郭がようやく見えてきた。

 ボサボサの髪に怯えた表情。ビクビクと震えながら、恋唯のことを見つめている。

「あ、あ……っ」

「え?」

 怯えていた女性の顔が、恋唯が近づくに変わってくる。

 視線の先を追って合点がいった。彼女は恋唯が手にしているものが気になっているのだ。

「食べますか?」

「えっ、いいんですか……?」

「お腹が減っているのでは?」

「はっ、はい……!」

 恋唯が手にしていたのは、まだホカホカと湯気が立つような、出来たての食パン一斤だった。

 女性は大きな目をギラつかせて、まさに食い入るようにその食パンを見つめている。

「一口ちぎって食べてしまいましたが、気にならなければ」

「だ、大丈夫です。ありがとうございます!」

 食パンを手渡すと、ボサボサ髪の女性は、なりふり構わずかぶりついた。

「んぐっ! ふうっ!?」

「お水、持ってきましょうか。さっきの部屋にあったような……」

「だ、大丈夫です! うそ、この食パンすごい……すごく美味しい!」

「そうですか? 私はいまいちだったんですけど」

「ここに入れられてから、固くて冷たいパンしか食べられなかったのに……! こんなにフワフワで……! 焼き立てなんですか!? 美味しい、美味しいよお……!」

 直接食パンにかぶりついていた女性は、次第にちぎって食べるようになった。

 もうすぐ食べ尽くしてしまうのを惜しむように。

 もしくはようやく、自分が無我夢中で食べている姿が恋唯に見られていることを、気にする余裕が出来たのだろう。

「ほんのり甘くて……っ! ふわふわ……! 美味しい、こんなに美味しいの、本当に久しぶり……」

 女性がボロボロと泣き始めたのを、恋唯は懐かしむ眼差しで見守っていた。

 食べるのに夢中になっている女性の肩から、毛布が落ちる。彼女は毛布以外には何も身につけていないようだ。

 骨が浮き出た痩せた体。かさかさに荒れた皮膚。そこに残った痛々しい傷跡に顔をしかめ、恋唯はさりげなく毛布を直してやった。

「す、すみません。この食パン、貴方の食事だったんじゃあ」

「ああ、大丈夫です。私はここに来る前に、クロワッサンを食べましたから」

 あれもイマイチだったなと、恋唯は思い返す。

「大変な思いをされていたんですね。私は江羽恋唯(エハネ コイ)って言います。貴方は?」

「は、八村若子(ハチムラ ワコ)です。あ、あのイスト、さま、は……?」

 最後のひとかけらまで食べ終わると、八村若子は急に怯えた顔になって、開かれた扉に目をやった。

 恋唯は安心させるように微笑む。

「あの人なら、もういなくなりましたよ。今の内にここから出ませんか?」

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