【黒輪 萌は繰り返す 02】

「び……っくり、した!」

「驚かせてすみません」

 照明の当たらない、壁際の暗がりにいたのは、江羽恋唯という女性社員だった。

 萌のいる製造工場ではなく、隣接する事務所の正社員だ。

 あまり話したことはないが、黒輪は社内の人間の情報に詳しいので、彼女が中途で採用されたこと、パソコン作業に強くて、彼女に資料作成を頼むととてもいい仕上がりになると営業マンたちが褒めているのを知っている。

 地味だが仕事が出来る女。しかし社員との交流が少ないので、プライベートのことを知っている者はほとんどいなかった。

「なに? 事務所の人が私に、何か用?」

「あの……今日、野宮さんのことで、工場長からお話がありましたよね?」

「野宮? ……は? 事務所にいるあんたが何の関係があんの」

 野宮とは、辞めていった新人のことだ。

 まさかこいつも私を責めるつもりかと、萌は反射的に身構えた。

「退職の処理をしているのは私なので……。先日野宮さんの退職手続きが回ってきたから、工場長に私が知っていることをお伝えしたんです。野宮さんは教育係の方との関係に悩んでいたようですと」

「は!? なんでそんなこと、あんたが知ってんのよ!」

 噛みつくように萌は怒鳴った。焦りと怒りが体の中を駆け巡る。

「工場側の休憩室に居づらかったのでしょうね。休憩時間になると、事務所の裏口近くでよく泣いていたんです。前に誰かが放置した割れた植木鉢を一緒に片付けたことがあって、それから缶コーヒーを一緒に飲んだりするようになりました」

「ああ、そう。なに、私の悪口でも言ってた?」

「悪口を言われるようなこと、野宮さんにした自覚はあるんですか?」

「……はあ?」

 仕事終わりで老いた萌の顔が、怒りでさらにしわくちゃになる。

「何を勘違いしてるか分かんないけど、私は野宮……さんに、特別きつくあたったわけじゃないから。新人全員に対して、同じ指導をしてるだけだから!」

「それで退職率高いんですね。包装ラインのパートさんって。製造ラインはそうでもないのに」

「あんたも、私のせいだって言いたいわけ!?」

 工場長の苦々しい表情を思い出して、萌は激高した。

 萌をパートリーダーから外すことを匂わせていたあの口ぶりは、この女に唆されたせいだったのか。

「あともう一つ、お聞きしたくて……。黒輪さんが女性の方たちのトイレに行く回数や時間を数えているのは、どうしてですか?」

「……ア?」

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