恋のゆくえ

むう 自白

「プラトニックと言う言葉がありますでしょ?色欲を介さない恋愛という意味ですね、私が追い求めていたのは畢竟それではなかったかという気が致します。中高一貫の女子校を出て『いざ恋愛』と大学に入るとびっくりしました。男は髭なんかが生えていて、体もゴツゴツしていて、声も驚くほど低く、私の知らない六年間のうちに、異性はこんなふうになるのかと失望しました。大学生活でいくつか恋愛をしましたが、いずれも真に満足できるものではなく、漫然とした日々を送りました。私が四年間で得られたものは教職免許だけではないでしょうか?――――教師になった理由?まあ中高生の男子に対する憧憬が無いと言うと嘘になるとだけ申し上げておきます。私は共学の中学校に配属されました。彼のことを見つけたのはその時です。私のうけもった生徒の中の一人に彼がいたのです。私は彼を咲き誇った花のように、満ちた月のように思いました。そして、一目見た時から恋をしました。その時はまだ何か……こう……コンプレックスを持っていた時期ではなかったので、外野から見ていて『ああ綺麗だな、』と憧れるだけでおさめていました。やがて、バレンタインデーが訪れました。まあ幾人かの女子が彼にチョコを渡すわけです。彼は優しい子ですので一人一人に『やあ有難う』と言ってモテていることに奢らずにチョコを受け取っていました。私はその光景を見ながら並一通りの女としての嫉妬を持ちましたが、やがてあることに気がつきました。『何故私は彼にチョコを渡せないのに――――私にも生徒にチョコを渡さないぐらいの教養はあります――――、彼女らは渡せているのだろう?』簡単な話です。歳です、年齢でしょう。24歳のわたしには14歳の彼に恋を伝えることは出来ないというただそれだけです。するともう一つ疑問が生まれました。『なぜ私が一度も行使したことのない中高生に恋を渡す権利を彼女らは行使できるのだ』これも簡単な話です。私が女子校に通っていたからです。そして『すると私はもう一生こういう人たちとは恋愛することはおろか、対等の立場として話すことも何かすることも出来ないのか』というこの世の真理に気がついた時、気が遠くなる思いがして、彼が遠くに行ってしまうような感覚を覚えました。そして同時に、彼にチョコを渡した女達に強烈な妬心が生まれました。『未成年と遊んだ』とかで有名人が捕まることがあるでしょう?その時に私などは『おいそれはつまり未成年と遊ぶことは未成年の特権ということではないか』と思うのです。私が大学に入る時、成人年齢が18に引き下がったんですけれど、あの時感じた『未成年の恋愛が奪われた』という感覚は忘れられません。なんだか、政府とか国とかそういう公な所から『未成年の特権は法律に書かれているでしょう?あなたも成人までの二年間はそんな恋愛ができると思った?でも残念できません』と言われた気がして、あーあ、こんな金とか性とか気持ち悪いものを知る前にいくらか恋愛をしたいものだったと思います。修学旅行とかにも行ってさ、朝『寝癖ついているよ』とか夜『髪を拭きなよ、風邪ひくよ』とかそう言うことを言ってみたい、言われてみたい人生だったと思います。―――こう言うと『なんだかんだ共学にもそんなことはないのよ』なんて言ってくる人がいますが女子校の弊害は『こんな青春を送れるはずだったのに』とそう思う権利を得てしまったこと、でしょうね。そして、彼が三年生になった頃、終に禁忌を犯すものが現れました。私の学校では体育館裏にゴミ捨て場があるので、あたしはそこにゴミを運んでいたのです。その時、見てしまいました。吐き気のするほど美人な顔の女の子があの子に告白していました。その女の子の肌は化粧をしなくても春の雪のように白く美しく、私の化粧をしてやっと一人前のそれとは隔絶してらっしゃいます。風が吹く季節ですから、風が吹き、そのたびに若い奇麗な髪が揺れます。嗚呼、私にもこういう時期があったのですよ。中学高校の時は、私も同級生のレズの子に言い寄られたこともあるぐらいには可愛かったのです。同性からの恋心など私にとってはクソ同然ですから、その時に異性に恋する権利を行使できたら、どれほど良かったかと思います。 彼はその告白を受諾しました。たちまちその二人は噂の種になりました。やれ『美男美女カップル』だの『運命の二人』だとか人は口さがないものです。かくいう私も心の中では『若い運命の男女というものはこういうものなのか』と呆然として、私がいかなる努力をしてもこの壁は越えられないものなのか、そして私はこの分厚い壁の向こうにいたのに何もすることなくこちら側に来てしまったのか、と思うと『ああ左様か』と言って受け入れる、そんなことは出来ないような気持になりました。私はその女に嫉妬しました。別に貴女が美しいわけではないのよ、と。貴女の14歳という歳が彼と一致していたから付き合えたのであって皮一枚はがせば何も知らない阿呆ではないか、と。彼から連絡がきたのはその時です。彼は大学入学と共に東京のほうへ行ってしまったのですが、ふと隙ができて、こちらに帰ってくるそうです。少し遊ばないか、と彼は連絡してきました。私としても学校では例のカップルが絶えず目についてストレスが溜まっていた時期だったので即答しました。彼とは小学生までは仲良く遊んでいたのですが、中学生以降は私が女子校に進んだこともあって疎遠になっていたので、再来するのを楽しみにしていました。あと付け加えるのならば―――幼かったのですよ。彼が大学に行くときに見送ったのですけど、まだ中学生といっても通用するような顔立ちで、彼とならば例のカップルのような恋愛ができるのではないか、と期待した自分がいたのです。約束の日を決めて会ってみると彼は変わっていなかった。細目で見ると中学生と見間違える風なそんな容貌です。私は興奮しました。その後、二人で映画を見ました。そのあと軽くランチを食べて、博物館に行き、ディナーを食べて、そして犯されました。彼はしつこくホテルに行こうと言ってきて、『まだデートは一回目だから』という理由で断ると路地裏に連れていかれて…。私は彼にそのようなことをされながら、全く興奮しませんでした。確かに彼のことは好きで好きでたまらなかったのですけれど、彼に体のすべてを支配されながら、『こんなんじゃないわ』と片肘をつきながら思う自分がいるのです。すべてが終わった後、彼は『ごめん、でも、本当に好きなんだ』とかなんとか言って謝っていましたが、そんな言葉は私には届かず、私はそのまま家に帰りました。そこからあの日までの記憶というものはあまりありません。しかし『昨日はどこそこへ行ったらしい』『喧嘩したらしいけれど、すぐに仲直りしたらしい』みたいな例のカップルに関する噂を小耳にはさんだ時の、全身の毛がよだつような不快感と胃の中身が体の外へ出てくるような痛みだけは正確に覚えております。三年生なので、修学旅行にもいくわけですね。そこで例のカップルがまたいちゃつく訳です。二人の間柄は一般的な中学生のカップルのような表面的で単一的なそれではなく、体ではなく心同士が固く結ばれたような安定的で包括的なものになって、そんな二人が一緒に歯磨きなんかをしている訳です。彼らは肉体的に愛し合ったのか、気になりました。彼らの関係はそれほどまでに重厚だったのです。その日の夜に事件が起こりました、あ――もとい――事件を起こしてしまいました。私はまだ下っ端なので生徒がしっかり寝ているか見回って確認していました。ある部屋で、トイレを流す音が聞こえます。ふと見ると例の美少年でした。眠そうに目を細めていて、パジャマの隙間から白い首元が見えていて、暑かったのか少し汗をかいていて、髪は寝ぐせがついていて、、、、、、、、もう限界でした。何か二言ぐらい言って彼をトイレに連れ込んで……私が路地裏でされたことを彼にしました。彼は寝起きらしく力はいつも以上に弱くて、大声をだすのも友達を起こすのがはばかれるようで小声で私に必死に何かを訴えています。そんなこと私にとってはクソ同然ですから、無視して行為を続けました。彼はそれでも抵抗してくるので、男は胸が好きだろうと思って、無理やり彼に私の胸を揉ませましたが、さしたる効果もなく、平均程度の私の胸もその時は小さく感じられて、そしてそんな自分が嫌になりました。やがて、その行為が終わると私はふっと我に返って『ごめんなさい、でも‥‥』と言って何もなかったかのように自分の部屋に帰りました。平均程度の私の胸がいつも以上に大きく感じられてそんな自分が嫌になりました」

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