49 カツ丼出されて事情聴取受けてるのと同じ心境
時輝さんと会話が出来る本をメティスに奪われてしまい、それを読んでいるメティスの前でだらだらと汗をかくしか出来ない私。
どうしよう……! 時輝さんにこの本は日本語が分かる人以外には見せちゃ駄目って言われてたのにっ、その約束を五分もかからずして破ってしまう事になるなんて誰が予想できようかっ! メティスを助ける為の方法を時輝さんに聞けなくなったらどうしよう! それにメティスに怪しい子だって嫌われたらどうしようーーっ! あれっもしかしてもう婚約破棄の危機?!
「あ、あのメティスそれはっ」
「ふむ……」
メティスの視線が本から私へと移り、私はびしっと姿勢を正した。
「これ、どこの国の文字?」
「へ……」
「見た事もない文字だね」
あ……そっか、そうだよね、メティスに日本語が読める訳ないか。
ちゃんと考えれば分かる事なのに、凄く焦ってしまった。見られてしまったけど、読めないならセーフ、かな?
「僕が読めない国の文面があるなんて」
「メティスって七歳だよね?!」
「どこの国の文字なのかな?」
「も、文字じゃないよぉ! お絵かきだよ! こんな字があったら面白いなぁみたいなね、意味もなくいっぱい書いてみたの!」
「君一人が?」
「う、うん! そうだよ! 私一人だよ!」
鼻息荒く頷くと、メティスは疑わしいというような目を向けてきた。
「筆跡が二人分あるように見えるんだけどね?」
「ひっっっせき?!」
「これは君の字に似てる、でもこっちの字は見た事が無い」
メティスはにっこりと微笑む。
「もう一人は誰かな?」
メティスを敵に回すと、とっても厄介ですね! 頭の回転が速すぎるっ!
もう体のいたる所から汗が噴き出してきた。メティスを誤魔化すには私の知識のストックが少なすぎるっ。
青ざめて唸ることしか出来ない私に、メティスは笑顔でずいっと顔を近づけてきた。
「怒っている訳じゃないんだよウィズ、これが誰なのか知りたいだけだから」
「うっうう~っ」
「僕と離れていた二年間の間に誰と仲良くなっていたのかな?」
「その期間じゃなくて、ついさっきお話出来た位なんだけど……」
「うん?」
「はっ?! なんでもないです!」
メティスから本を奪い取って、ふんわりと大きめのスカートの中にずぼっと押し入れてスカートごと本を抱きしめた。
「メティスには内緒です!」
「まさかスカートの中に隠すとは」
流石のメティスもスカートの中に手を入れてまで本を取るような事は出来ず、腕を組んで考えるポーズをしている。
「言葉を作ってまで会話をして知られたくない程の相手なんだ?」
「そういうんじゃなくてねっ、私は色々と頑張らなくちゃいけないから、凄く考えて頑張ってがんばろうとっ」
そうだよ、これからいっぱい考えなくちゃいけない。メティスを死なせない道を探す事を大前提に動かなくちゃいけないから、まずはラキシス王子とメティスとエランド兄様の仲を取り持って。そうだ、アイビーの事も今度時輝さんに聞いて考えなくちゃ。それと、誘拐された時に居た一番悪い人はメティスをまた狙うかもしれないから早く見つけておきたいし、トゥルーペ様にも気をつけて、それとそれとっ。
いっぱい考えなくちゃいけない事があって頭が痛くなりそう。それでも、私は前に進まないと。
(また、貴方を死なせてしまう訳にはいかない)
「ウィズ、何かあった?」
「え」
「もしかしてその本が、君を悩ませているの?」
メティスは私を見つめながら首を傾げた。メティスが私に話しかけてくる時は、まっすぐに目を見つめてくるから、なんだか心の中まで読まれてしまいそうな錯覚に陥る。
「相談してくれたら誰よりも力になるよ? 僕は世界が君を否定して拒絶したとしても、絶対的な君の味方でありたいんだ」
頬に手を添えられて優しく微笑まれる。
「僕を信じて欲しいから、君に頼って欲しい」
「メティス……」
メティスが言ってくれている言葉は嬉しい。でも、時輝さんに秘密だと約束してしまっているし、裏切る訳には。
「メティスの事は頼りたいん……だけど、約束してるから」
「何を?」
「これ、読める人以外には話しちゃ駄目だよって」
「そんなの黙っていれば分からないのに」
「でも……」
「君は誠実な人だね」
するとメティスは机の上に置いてあった紙を見つけると、近づいてそれにペンで何か書き出した。
「メティス?」
「ウィズ、見て」
私に見せてきたその紙に書かれていた文字にぎょっとした。
「これで【人】って読むんじゃない?」
メティスが書いた紙の字は、まごう事なき日本語での人という字だった。
「す、すごい! もしかしてメティス日本語書けるの?!」
「へぇ、これニホンゴって言うんだね」
ギクリと肩が跳ねる。しかし、メティスは笑顔のままその紙を私に手渡した。
「少し前に君が教えてくれたじゃないか」
「わ、わたし?」
「うん」
メティスは人差し指どうしを付き合わせて【人】という字を作った。
「これで人って読むんだよって」
「あ……あああああ本当だーーっ!! 私言ってたね?!」
誘拐事件の時に! メティスに人を傷付けちゃ駄目だよって! 人と言う字はこういうのだよって教えてたね?!
「という訳だから、僕もニホンゴが読めたからそれを見ても大丈夫だよ」
「ででででででもっ」
「その本の相手が先に言った事だろう? ウィズは裏切ってないし、正当な理由があるから大丈夫だよ」
「そ、そうかな……」
「そうだよ、約束は違えてないよ? だって全ての文字が読める者とは言っていなかったんでしょ? 一文字でも読めたんだから大丈夫だよ」
あれ? 本当にいいのかな? 駄目なんじゃ……いやでもメティスが言うとなんだか本当に大丈夫なような気がしてきた……。
ごくっと息を呑み込み、身を乗り出した。
「私が何を話しても、信じてくれる?」
「うん、世界でただ一人、君の事だけは信じられる」
「みんな笑っちゃうような、嘘みたいなおかしな話でも?」
「ウィズは僕に嘘がつきたいの?」
「ち、ちがうよ! 本当の話なんだけど、絶対誰にも信じてもらえなさそうな話だから……」
「じゃあ信じるよ」
メティスは指先で私の頬を撫でながら、力強く頷いた。
「君が僕を欺す筈ないって分かってるから」
「メティス……」
正直な所、考える事とやらなくちゃいけない事が山ほどあって、誰にも相談出来ない状況で頭はパンク寸前だった。
メティスに話したら……信じてくれるかな? 一緒に考えてくれるかな?
もし、このまま一人で抱え込んで、上手く出来なくて、あのゲームの通りに世界が回ってしまうよりも、メティスにお話をして一緒に考えた方がメティスの破滅を回避出来るかな?
チラリとメティスの目を見ると、やっぱり私の事をまっすぐに見つめ返してくれていた。
メティスに訪れるかもしれない残酷な世界の全てを話す事は出来なくても、目の前の危機や私の事を話す事ならいいかも……しれない。
ううん、私の事はメティスにはちゃんと知っておいて欲しい、もし信じてもらえなくてもいいから話しておきたい!
「じゃあ、私の秘密をメティスだけに教えてあげるね」
けれど、私も忘れてはいない。メティスを魔王として覚醒させない為に手段は選んでいられないのだ。だから、条件をつける事にした。
「そのかわり、メティスは弟のラキシス王子と仲良くしてほしいの!」
「え」
メティスの顔があからさまに嫌そうに歪んだ。そんな分かりやすく拒絶しなくても。
「メティスの弟くんだよ! 仲良くしてほしいの」
「別に兄弟だからって必ず仲良くしなくちゃいけないという事もないでしょ?」
「なんでそんなに嫌そうなの?」
弟と仲良くするなんて難しい事でもないし、さらりと受け入れてくれるだろうと思っていたから驚いた。これは無理にでもここでお願いを通さないと、普通に頼み込んでも頷いてくれないかもしれない。
仲良くなってもらわなくちゃ困るんだよ、時輝さんもメティスとラキシス王子が仲良くするのが生存ルートの必須項目だって言ってたんだから!
「あまりああいうタイプの人間は好きじゃないんだよ」
「メティスから見てラキシス王子ってどういう子なの?」
「単純明快で五月蠅いだけの頭からっぽの馬鹿かな」
自分の弟なのにドストレートに悪口が酷い……!
「感情で動きすぎるというか、とにかく帝王学の本すら読めないようじゃ駄目だよね」
「ラキシス王子はまだ五歳だよね?!」
「僕もエランド兄上もその歳には読めていたよ」
「二人が規格外に凄すぎるんだよ?!」
メティスが好意的な人といえば、エランド兄上と王様だよね? そんな超ハイスペックな方々と普通の人を比較しちゃ駄目だよ! メティスと仲良しになるにはそれぐらいずば抜けた頭の良さと落ち着きがなくちゃ駄目って事なの?!
「あの……私も帝王学の本は読めないよ? それどころが国の文字もまだ勉強を始めたばかりで」
「ウィズはいいんだよ、仮に一生文字が読めなくても僕が全て読んであげるからね」
「いえあの、でも私多分普通の御令嬢よりもおつむの方もまだ弱くて……」
「ウィズはちょっとお馬鹿でも可愛いよ」
「わ、私の方こそきっとラキシス王子より落ち着きがないしっ、ほら壁をよじ登っちゃう位だし、剣だって振り回してるし!」
「元気いっぱいで勇ましいウィズが大好きだよ」
私にだけは無条件で甘い! 何を言っても「ウィズだから」という理由で許されてしまう気がする! さっきラキシス王子のここが駄目だと言っていた所が私に当てはめると許されてしまっている。
「でも、なんでウィズの秘密を聞く為にラキシスと仲良くしなくちゃいけないの?」
「え、えっと、兄弟がいるのに接点が無いっていうのも辛いと思うし、仲良くしてくれたらラキシス王子も嬉しいんじゃないかなって……思って」
まだ時輝さんの事は言えないから、思い浮かんだそれらしい言い訳を口にしたものの、確かにそうだなと自分の言葉に納得した。
弟が近くにいるんだもん、後悔する前に仲良くしてほしいよ。沢山一緒に遊んで、沢山好きだよって伝えて、味方になってあげてほしい。私はしたかったけど出来なかったから。
しゅんと落ち込んでしまった私をじっと見つめて、メティスは仕方ないと溜息をついた。
「ウィズのお願いだからね、少し位は話してみるよ」
「ほ、ほんとう?!」
「けど、仲良くなれるかは分からないよ、兄弟でも性格の不一致だって普通にあるんだからね?」
「うん! ありがとうメティス!」
万歳と両手をあげるとメティスは困ったように笑った。
「僕の事なのにいつも君は自分の事のように喜んでくれるね」
「メティスが幸せの一歩を踏み出したら私も嬉しいよ!」
「なにそれ?」
コンコンと控えめに部屋にノックの音が飛び込んできた。
「はい?」
「俺ですお嬢様、フレッツです」
「フレッツ? どうぞ~」
フレッツはいつもの気だるげな無表情で部屋に入って来て、軽く頭を下げた。
「出発の時間になったそうっすよ、お嬢様と王子殿下も向かってください」
「わかったよ! アリネスはもう下で準備してるのかな?」
「いえ、今日は俺がお嬢様の護衛になったんすよ、アリネスは他に仕事が入ったんで」
「そうなんだ? じゃあ行こうかメティス」
「そうだね」
呼び出しがきたので、お話はひとまずここまでとなった。
その後もメティスにウィズの秘密は聞かせてくれないのかと言われたけど、ラキシス王子といっぱいお話出来たらね、と言ったら困ったような顔をしていた。
頑張ろうとしてはくれるけど、やっぱりラキシス王子の事は苦手みたいだねメティス。
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