第33話 ピロートークと血濡れの輪
サイドテーブルに置かれた二つのグラス、中の氷もすっかり溶けてオン・ザ・ロックがぬるい水割りとなってしまっていることが二人の過ごした濃密な時間の長さを物語っていた。
筋肉質の背中に彫られた龍を
「おう、これはもうダメね。作り直すよ」
そう言ってベッドを下りようとする
汚れ仕事、勇次がそう呼ぶのは十中八九人を
勇次が
「俺も入れてみるかな、蘭の花ってのを」
既に勇次は
「それならウチも龍を入れることにするよ」
ベッドでぼんやりと天井を見つめる勇次をよそに
「おい、オモチャじゃないんだ、ケガをするからやめておけ」
気だるそうにそう言う勇次を尻目に
「
見えない相手に寸止めして見せるかのように構えていた腕を下ろすと
「この武器は
「特注で作らせたんだ。ガキの頃に漫画で見てな、これはいいと思って最初は輪投げの輪っかで練習してさ、そうしたら啓ちゃんが金を出してくれたんだ」
「こんなもの、中国でも滅多にお目にかからないよ。演舞で使うことはあるけどそれはお遊戯みたいなもの、実戦で使うヤツなんていないよ」
「なあ、蘭華、実は気になることがあるんだ」
ベッドを下りた勇次はゆったりとしたファブリックチェアに身を委ねながら話し始めた。それは今日の仕事、カジノに侵入したホスト崩れの二人を始末したときのことだった。遺体を処理するために呼んだ通称始末屋、その到着を待って
「俺たちがいない隙を見て誰かが入ったんだ。カギもドアも壊さずになんて、まるでプロの仕事だぜ」
「啓ちゃんに血生臭いものを見せちゃいけない、あの人はこれからもっと上を目指すんだ。汚れ役は全部俺が引き受ける、これまでもこれからも俺のその考えは変わらない。なのにコソコソ隠れて余計なことをやってる連中がいる。俺はあの縛り屋とバニーが怪しいと踏んでるんだ。なにしろ九階と一〇階をうろちょろできるのはあの二人くらいだしな。なあ蘭華、おまえ、何か心当たりはないか?」
その問いに
「
「なんだって? おまえ、知ってるのか、ヤツらのことを」
「
「クソッ、ならば俺がこの手で……」
「
「なぜだ」
勇次は手にしたグラスをテーブルに置いて
「あれがダイモンを嗅ぎまわってるのは知ってる。この前もラウンジで盗み聞きしてたね」
「なんだって、いつのことだ?」
「勇次が
「ってことは俺が
「そうではないね、あれは別のところの依頼」
すると勇次は
「おい、何をどこまで知ってるんだ。まさかお前も……」
すると
「ウチは勇次の味方、あの連中をうまく利用して勇次を護るね」
「言ってる意味がわかんねぇ……」
「勇次が殺ったのは連盟が送り込んだ連中ね。これが能面の
「能面の、って、まさか連盟の会頭、あの大男か。お、おい、蘭華……」
勇次の言葉を遮るように
「今夜に
「……」
「でも連盟に通じてたのはチビッ子ではない、縛り屋の方ね。あれが会頭に情報を流してる」
「なんてこった、それじゃ啓ちゃんは……」
「その啓ちゃん……大門会長は、勇次、あなたも切るつもりね」
「な、何を言ってるんだ、蘭華。俺は怒るぜ」
「それが連盟の思惑。だから勇次、あなたはウチと組むね。ウチはあなたを護る、そして二人で大門の後を継ぐね。カジノも顧客も
子どもの頃から一心同体だった
そう、いままで抑え込んでいた疑心暗鬼が彼の心の中を覆い尽くし始めていたのだった。
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