第10話 変態女装M男男子
午後一〇時、緊縛師
「さてさて皆さま、今宵二回目のステージはちょっと趣向を変えましてここに集うお嬢様から一人を選んで縛り上げてしまいましょう。さあ、生贄になるのはどの
店内の照明が落とされる。続いて黒服の煽り文句に合わせてスポットライトが縦横無尽に客席を照らし出す。バックの音楽はいつの間にかスネアドラムのロールに変わり、ついにはひとりの嬢を照らし出した。
「お――っと、これは予想外、なんとなんと、当店最年少のボクッ娘、ミエルに白羽の矢が立ったぁ――!」
ミエルはわざとらしく肩をすくめてキョロキョロしてみせる。すると待機していた嬢たちが彼女をエスコートする。ミエルはわざとらしくおどおどしながらステージへと上がった。
――*――
「ママ、書類の準備ができました」
「ありがとう。それじゃ早速それをお店に持って行って店長の捺印をもらって来て頂戴」
そう言ってママは時計を見上げた。
「もう夜の九時半かぁ。さすがにこの時間の歌舞伎町を女子高生に歩かせるわけにはいかないわねぇ。ショーコちゃん、タクシーを呼んであげるからそれで行きなさい。帰りは店長にタクシーを呼んでもらえばいいから」
「はい、ママ」
「それと奥にギャルソン用の衣装があるから服はそれに着替えなさい。髪をディップで整えれば立派な男装の出来上がりでしょ」
「了解です。それでは行ってきます」
事務所を出るとすぐにタクシーがやって来た。男装した晶子は書類の入った封筒を携えて車に乗り込むと運転手に店の名刺を見せてそこへ向かうように言う。店の名だけが書かれたそこには電話番号に住所、裏面には簡単なマップが印刷されていた。運転手は名刺を晶子に返すと賃走のボタンを押して車を発進させた。
午後一〇時の歌舞伎町、東西に横切るメインストリートである花道通りから一本入った裏手のあたりもまた客引きや酔客で賑わっていた。晶子はそこでタクシーを降りると店が入っている雑居ビルの前に立つ。エントランスに並ぶ煌びやかな看板の中に目的の店、パラダイスの名があった。
テナントの数にくらべて十分とは言えない小ぶりなエレベーターの前には数人の酔客が待っていた。みんなどこに向かうのだろう、せめて自分が目指す五階までには全員が降りてくれるであろうことを晶子は願うばかりだった。
「そう言えばミエルが働いてる夜のお店って確かここだったよね。ま、あたしには関係ないし。ハンコもらったらさっさと帰るし」
そんなことを考えているうちにエレベーターの客たちは次々と降りていった、下卑た酒臭さを残り香にして。扉が開く、五階に到着だ。晶子は店のエントランスを横目にバックヤードへと向かう。しかしそこには誰もいなかった。
「まいったし。できれば店には入りたくないし……」
そんなことを考えていたときだった、二回目のステージを盛り上げるマイクパフォーマンスを終えた黒服がハンカチ片手に額の汗を拭いながら戻って来た。彼は晶子を見るなり人懐っこい笑顔で出迎えた。
「おっ、君がお使いの係だね。こんな時間にご苦労様。とにかくあのママの人使いの荒さときたら日本一だよね、ほんとに」
黒服は慌ただしく事務机に座ると引き出しから印鑑一式を出して晶子が持って来た書類に署名して捺印した。
「よし、これでいいだろう。ところで君は、もしかして女の子かい?」
突然の振りに晶子は答えに窮してしまう。
「ははは、そんなに緊張しなくても大丈夫。この店にも女の子のフリした男子、いわゆる
そんな黒服の態度に晶子はただただ愛想笑いで応えるばかりだった。
「そうだ、お嬢さん、せっかくだからいいものを見せてあげよう。ちょっとついておいで」
そう言って黒服は席を立つと晶子を店へと案内した。
「今ちょうど始まったところだね。これもまあ、その、いわゆるひとつの社会勉強ってことで」
店内はピンク色の照明の下、妖艶なBGMが流れていた。スポットライトがフロア中央のステージを照らす。そこで繰り広げられていたのは妖しげなショー、今まさに赤い荒縄でがんじがらめにされんとしているのは体操着姿の女の子だった。
小柄な
「マジであいつ、何やってるし。てか変態女装男子が今度は縛られて喜ぶM男になってるなんて」
ステージでは今まさに縛り上げられたミエルが逆さ吊りにされようとしていた。片足を最上段のパイプに、もう一方の足も上段のフックに引っかける。そして余った縄を股間に通そうとしたそのときだった。
「どうよお嬢さん、こんなショーは初めてかい?」
黒服はニヤニヤして晶子に問いかける。しかし晶子はそれに答えるどころか呆れたため息をつくばかりだった。
やがて派手なバラ鞭の音が鳴り響く。もちろんミエルにとっては痛くもなんともなかった。それでも精一杯の演技で苦悶の表情を見せる。鞭が鳴るたび右へ左へと顔を背けながら声を上げるミエル。そんな演技が数回続いたときだった。ミエルの視界にギャルソン風の衣装で呆然と立つ晶子の姿が映った。
「マジか、超ピンチ!」
動揺して思わず声がうわずるミエル、しかし観客にはそれも艶めかしい演技と思われたことだろう。そして晶子は明らかに軽蔑の視線を彼に向けたままつぶやいた。
「この変態女装
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