第13話(小木診療所)

 翌朝、駿平が小姓に起こされた時、隣に寝ているはずの燈夜の姿がなかった。

 広縁と部屋を仕切る障子戸を開けると、竹刀を構えた燈夜と相対する背の高い男が見えた。


「誰だ……アイツ?」


「私の伴侶です」


 いつの間にか、千雪が背後に立っていて、駿平は漫画ならビクンと擬態語が付きそうなほど体を跳ねさせた。


「お早うございます。驚かせてしまいましたか。申し訳ございませぬ」


「――伴侶って……結婚してんの? アイツは……」

 

「男ですよ」


 駿平が聞きたいことを先回りして千雪が答える。


「こっちでは普通なんだよな」


「短命という同じ運命さだめの人間同士、その辛さや虚しさを共感しあえるので、男同士で惹かれ合う者は多いでしょうね。

 年齢も近ければ、どちらかに先立たれたとしても、そう長くかからず後を追えるので別離に苦しむ時間も短い故、ある意味幸せですよ」


 視線の先にいる伴侶を見て、本当に幸せそうに千雪は微笑んだ。



◆◆◆◆



 今日は本物の物怪討伐者である少年の情報収集のため、城下の町医者の所に行くことになっていたが昼からの予定だったので、千雪が気を使って少し遅い朝食にしてくれた。


「お前、朝早くから何やってたの?」


「千雪さんの旦那さんに稽古つけてもらってた。剣道少しやってたんだ」


 小学生の頃、剣道の少年団で教えている磯崎さんに誘われて週に3日道場に通っていた。


「へえ、やるじゃん。じゃあガチで『守り抜く』んだな」


 また、昨日の紅沙にかけた言葉をあげてからかわれた。

 朝が苦手なのか一番遅く起きた紅沙もその言葉に反応して、箸が宙で止まる。

 そこへタイミングよく千雪が現れた。


「失礼いたします。」


「本日伺う診療所までの地図です。大通り沿いなので迷うことはないと思います」


「あんたが案内してくれんじゃねぇの?」


「いえ、公儀(幕府)方の者が行けばあらぬ疑いをかけられませんので」


「何の疑いって?」


「日ノ本は今、それぞれの国が地方分権のもと、国主が独自の政を行っております。

 それではいつまた戦国の世のように国取りの戦が起こっても仕方ないと危惧されていたのですが、各国が独自に発展させた妖術、薬事術を機密にすることが抑止力となって、かろうじて泰平の世が続いている状態なのです」


「ちょっとよくわかんねぇ。幻翠は女が出世欲ねぇからって言ってたけど」


「それも一つの要因ではありますね。

 それでもやはり、相手国がどんな強大な術を持ち得ているかが知り得ない限りは無謀な戦いを挑めない、というのが現状でしょう」


 現代でいう核の脅威による抑止のようなものか。


「事実、各国間で忍を差し向けて諜報活動が行われておりますが、国主も躍起になって機密を守るべく忍狩りに出るなど、国によっては物騒な事件も度々起きております」


「我々公儀(幕府)直下の遠国奉行の者などは、明らかに疑いの眼差しを向けられておりますので……」


「薬事を扱うお医者さんの所へ幕府の千雪さんが行くことは危険なんですね」



◆◆◆◆



 渡された地図を手に燈夜と駿平、紅沙は連れ立って目的地へと向かった。近場なので紅沙の白馬は預けたままだ。

 複雑ではない道のりで、千雪の言う通り迷うことなく診療所に着いた。はずだが、看板が出ていないので中に入るのを躊躇してしまう。

 隣の建屋の格子戸が開いていたので様子を窺おうと近付くと暖簾には種屋と書かれていた。


「あんたらも種売りに来たのかい?」


 中から中年の女性が出てきて燈夜たち3人に声をかける。


 種……。奉行所での幻翠の話を思い出す。この世界で種と言ったら植物のそれではなく、子種のことだと言っていた。


「あら、上玉じゃないか!」


 3人を代わる代わる見ながら、特に紅沙を凝視して中年女性は目を輝かせている。


 話が変な方に進んで駿平を刺激する前にと燈夜が口を開く。


「あの、小木先生に会いに来たのですが」


「なんだ、隣かい」


 あからさまにガッカリした顔で中年女性が診療所の引き戸を開け、中に声をかけた。


「先生、あんたに客だってよ~」


 女性に顎をしゃくられて、中に入ると衝立で仕切られた部屋の向こうから、小木と思われる髭をたくわえた高齢の人が顔を出して手招きをした。


 衝立の奥へ進むと食事中の小木が治療用の寝台のような所を箸で指し示して座れと促す。


「悪いなぁ。食いながらで。千雪から頼まれたの忘れとったわ。隣のバァさんに搾り取られなかったか? あんたらなら高値で売れただろう?」


 種は、やっぱりそっちの種のことか。駿平を見ると、下を向き何かを思い出し感情を堪えるように両の拳を震わせている。

 いつもなら駿平にまかせていれば話が進んでいくが、今は期待できそうにない。


「何で町中で、そんな商売をしているんですか?」


「何でって、赤児をこさえるために決まってるだろうが。女同士じゃできねぇだろ。あ〜、あんたら外国から来たんだったか」


 そう言って説明してくれたところによると、子どもの欲しい女性同士のカップルや世継ぎを残す必要のある超子が種の顧客だそうだ。

 種屋では種を売る男の容姿や体格、能力などによって価格を設定しており、容姿に恵まれた男や能力に秀でた男などは種を売って生活できる。

 売られた種を妊娠希望の女性に注入するのは医者の仕事なので、小木先生の診療所も繁盛しているらしい。

 

「今じゃ病人より、種付の方が多いくらいだからの」


 そろそろ本題に入りたいと、燈夜が切り出す。


「あの、こちらで洋装の少年を手当てしたことがあると聞いたのですが」


「ごんのことか?」


「ごん?」


「血まみれで運ばれてきてな~、ダメかと思ったが運良く急所はハズレておって、回復も早かったんだが、治りきらないうちにいなくなってしまっての」


「でもあれから、人知れず野菜だの果物だの玄関に届いてな。わしゃあ、ごんの恩返しだと思っとるよ」


 『ごんぎつね』のごんか。作者の新美南吉は10代のうちに『ごんぎつね』を発表していたから、こちらの世界でも知るところなのだろう。


「どんな人でしたか?」


「あんたら位の年の頃で、小綺麗な顔しとったわ。なんでか女看護人に触られるのを酷く嫌がってたのう」


「どこへ行ったか検討は」


「さぁて。意外と近くにいるような気はしておるんだがのう」


 ずっと沈黙していた駿平が平静を取り戻したようで、お決まりの疑問をぶつける。


「あんたは爺さん、婆さん、どっち? てか、偉い人っぽいから超子?」


 その質問に小木はふっと笑って答えた。


「超子てぇのは自らに異能を埋め込むために、性別を捨てた成れの果てだ。儂は爺でも婆でもない、ただの老いぼれじゃよ」

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