第51話 決壊

「諒くんかな」


 信頼できる人はいるか。

 その問いに椿さんは少し驚きはしたが、すぐに涼しい顔で答えた。

 彼女は、目の前にいる人を喜ばせる方法を自然と選び取れるのだろう。


「あ、ありがとうございます。でも、無理しなくてもいいですよ」

「無理って、どうしてそんなこと言うの。ひどいよ」

「ああそうやって責任転嫁して罪悪感を植え付けようとしないでください。シンプルにモラハラのやり口ですよ、それ」


 椿さんはむっとして前を向くと、口をとがらせた。


「なによ。諒くんは愛衣めいのこと信頼できるって言うの? 愛衣はそうじゃないかもしれないのに?」

「それは……」

「愛衣は友だちが多いでしょ。あの子はあなたほど、特別に思っていないと思う」


 なにか根拠があるような、自信を持った言い方である。

 彼女の言い分も一理あるが、まどろっこしい謎解きはうんざりだ。

 黙っていると、業を煮やした椿さんからヒントを喋りはじめた。


「だってほら。スマホのキーチャームをあげたのって、諒くんよね?」


 勝ち誇ったように口角を上げる彼女を見て、ようやく言いたいことを理解する。


「あー、スマホから外してたな」

「そうよ、あの子は諒くんのことなんてそんなに大切じゃ」

「別にそうは思わないが」


 ん?という顔をする椿さん。僕はひとつため息をつく。


「あんなの所詮、モノだろう。あげたあとはどうしようが愛衣さんの勝手だ。つけたくない気分のときもあるだろう」

「で、でも、プレゼントって思いがこもっているし、そういうものじゃ」

「もしかして椿さん、それで僕が自信を無くすような情けない男だと思っていたんですか?」


 顔を引きつらせる椿さんに、僕はわざとらしく笑みを浮かべて見せる。

 美しい白い肌が仇となり、みるみる真っ赤に染まる様子は隠しようがなかった。


「確かに愛衣さん以外の人にされたら、落ち込んだかもしれないな。それに彼女の本音は椿さんの言う通りかもしれないし、まだ僕に嘘をつきまくっているのかもしれない。クク……そうだったらとんでもないな、あの女」

「え? え? な、なんなの?」


 真っ赤になったり困ったり、忙しそうな椿さんに僕は告げる。


「だが、僕は嘘をつかれていても最後には許すよ。彼女のことだ、嘘をつかなければならない理由があったのだろう」

「そんな! 嘘をついてよしとする関係なんて不健全よ! 諒くんのそれって、思考停止じゃないの?」

「そうですね、嘘自体は良くないことだ。でも許せると言ったのは、それだけ信頼関係を築く時間があったからです。彼女の選択ならそれでもいいと思えるくらいに、僕は彼女に恩を感じている」


 煮えた湯どころか鉄を飲まされまくってきたが、それでも彼女が笑ってくれればいいだなんて、そんなふうに思えたのは初めての経験だ。


 自己犠牲の精神というやつか?

 僕はどこかおかしくなったのだろうか。


 まあ人が少しだけおかしくなる理由については、思い当たらなくもない。


「そして椿さんは信頼できない。それだけです」

「っ! なによ、なんなのよそれ。どうしてっ」


 椿さんは顔を覆って下を向いてしまった。


「私が、あの子よりも劣っているなんてありえない!! 私はそれだけ努力してきたのっ。誰からも愛されて、みんなの期待を背負ってやってきたのっ。甘すぎるあの子とは違うのにっ!!」


 全てが完璧に見えていたけれど、それは彼女の努力とプライドで固めた幻影だ。

 無理をしていると、いつかは決壊する。

 もはや鎧が粉々になってしまった彼女を気の毒だとは思うが、僕には彼女の心を癒す力はない。


「……それなのにどうして……っ!」


 そう僕には。


 だから、僕は彼女を呼び出していた。


「君嶋! あ、あれ? お姉ちゃん!?」


 公園の入り口へと顔を向けると、愛衣めいさんが僕と椿さんを交互に見て目を丸くしていた。




 

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