第28話 パンツマン登場



――それが約5分前のこと。


 そして僕は今、愛衣さんの前に満を持して登場している。


「え……。なんでそんな格好で……外、歩いてんの……?」


 愛衣さんは真っ青な顔でつぶやきながら、僕を上から下まで凝視する。


 そんな格好というが。

 上裸ではあるが、ニットを腰に巻いて下半身を隠した。これは、愛衣さんがいつもやっているカーディガンの腰巻きから着想を得たものだ。ついでに靴下と上靴を履き、肌色をできる限り少なくした。努力の結晶だと言っても過言ではない。

 いちばん大事な顔にはシャツを巻きつけている。目元だけ首元の穴から出し、前が見えつつも人相をわからないようにした完璧な変装。

 さすがに彼女は僕に気づいたようだが。


「ヤバすぎだろ」


 隣の白銀くんはつぶやいて一歩下がった。


 そんなに、か?


「……」

「えっ? で、なに? なにもないの?」


 ショックを受けて黙っていると、愛衣さんが慌てて聞いてきた。

 そうだ、このままだと僕がただの変な人だと思われてしまう!

 否定するため、慌てて首を振った。


「そ、その、違うんだ。コスプレも多いし、多少の露出は大丈夫かなと思ったが、意外と、め、目立ってしまって……」

「当たり前じゃん!」

「水着の女たちと肌面積を比べれば大差ないし、むしろ僕のが隠れてると思ったんだが」

「その格好は変質者しかせんのよ!!」


 へ、変質者!?


「なになに、こいつつっちーの知り合い?」


 僕たちの間に男前な声で割って入ってきたのは白銀くんだ。

 自然な所作で、愛衣さんを僕から遠ざける。


「あ、えっとクラスメイトで……」


 おい!? せっかく変装してるのにバラすやつがあるか!?


「ん? おまえどっかで見たような……」


 うっ、こんなところで優等生な僕だと特定されたくない。


「まあいいわ。で、おまえなんで裸なの。キショすぎだろ、教師呼ぶわ」

「い、いや、こっこれは、その、わ、わけがあって……」


 僕に興味がないだけでなく、蔑視べっしと正論で詰められて、心が折れそうだった。

 だが僕は、人生をかけるつもりでこの姿で出てきたのだ。

 使命をこなす前に、尻尾を巻いて逃げるなどできない。

 ぐっと拳を握りしめて言葉を探していると、ため息混じりの言葉をかけられた。


「あのさぁ、はっきり言うけど俺らの邪魔しないでくれない?」


 僕はそらしていた視線を白銀くんへと戻す。


「じゃ、邪魔? な、なんだ、二人はその……付き合う、のか?」

「は? お前に関係ないだろ。ああ、いや――」


 白銀くんは慣れた様子で愛衣さんの腰に手を回すと、自分の方へ引き寄せた。

 二人の身体が密着する。


「まあ、そうかもな? だからキショい変態は去ってくんない?」


 どう見てもお似合いのふたりを見て頭が冷えた。

 そしてギリギリだった心も折れた。

 ポキリと。


(……なんだよそれ。ぜんぶ僕の一人相撲だったのか)


 自分の思い違いで、両想いの二人にこんな格好で食ってかかって。

 道化師としては満点か。

 なぜ僕はこんなところにいるんだろう……。


「ちょっ、こんなのイヤ!」


 満身創痍でうなだれていたが、叫び声に顔を上げる。

 愛衣さんが白銀くんを突き飛ばしているのが視界に入った。


「え? つっちーって、俺のこと好きなんじゃ」

「そうだよ! 好きだったよ! でも、だからって、ウチに何してもいいとか思ってるわけ?」

「は? 意味わかんねーんだけど」


 信じられないという顔の白銀くんに愛衣さんが食ってかかり、なぜか二人で言い合いを始めてしまった。


 白銀くんからはプライドをへし折られたという怒りを感じるし、愛衣さんの手のひら返しはなんなんだという疑問がある。


 派手な二人の派手な言い争いに、人だかりは増える一方。

 そのそばで放置されている半裸な僕への、ついでのような視線も痛い。


 これ以上注目されるのは勘弁願いたい。

 正体がバレていないうちに一刻も早く、この騒ぎを収めてほしいのだが――。


「ねえ、あの裸の人って誰?」


 ついに、僕を特定しようとする声が聞こえてきた。

 ま、まずい。

 なんでもいいから、ここから立ち去らなければっ!


 すがるように二人にアイコンタクトを試みるが、僕のことなど一切視界に入っていない。


(こっち! こっちを見てくれ!!)


 最後の手段だ。

 僕は大きく息を吸い、腹に力を入れて、揉み合うふたりに渾身の叫びをぶつけた。


「――そんなことより、僕のパンツを返してくれ!!」


 一瞬で、場の空気が凍った。

 言い合いも止まった。


 白銀くんも愛衣さんも、同時に困惑した顔を向けてくる。


(……聞こえていなかったのか?)


 今度は小さく息を吸って言った。


「愛衣さん、僕のパンツを返してほしい」


 彼女の顔が一瞬にして、困惑からイラっとした表情に変わった。


 




 

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