第49話 赤甲羅の一撃

 ゲームコーナーに置かれたひときわ目立つ筐体きょうたいに座らされて、僕は字の如く手に汗を握っていた。

 今まで感じたことのない動悸の数と汗の量だ。


 ゲームはあまり経験がない。

 時間の無駄だという理由から、ゲームもテレビのバラエティも動画も封印していたこともあり、周りと話が合わないことも度々だった。


 そんな僕が初デートで、ゲームをしなければならないとはどういうことだ。

 この展開、愛衣めいさんに聞いてないが?

 椿さんに情けない姿を見せたくはないところだが、こればかりは絶体絶命を悟っている。


「こ、こ、これは、この後、どうしたら……」

「大丈夫大丈夫、そこに説明書いてるから。諒くんならすぐに理解できるでしょ?」

「わ、わかりました」


 謎の信頼感が、自尊心をくすぐる。

 本当に人の扱いがうまいなと感心しつつ、周りをよく観察してみることにした。

 目の前にハンドルがあるなら……と足元を見ればアクセルペダルを確認。

 思っていたよりも操作はシンプルで、これならなんとか動けそうな気がしてきた。


「椿さんは余裕そうですね」

「そう? でもこれは数回しかやったことないから、得意ってわけでもないよ」

「それでも、やったことはあるのか……」

「ふふっ、そんなキャラじゃないよね。だから今までこっそりやってたんだけど、バレちゃったね♡」

「……キャラじゃない、とか。誰かのことを決めつけて話す人間が、幼稚なんですよ」


 ギャルに偏見を持ち、陽キャは学がないと遠ざけ、椿さんにひと目で恋に落ちた僕は、世の中を知らない井の中の蛙であり――幼稚だった。


「諒くんはそう言ってくれると思った」


 椿さんは隣のブースでハンドルを握ると、アクセルの上で確かめるように足を置いた。ショートパンツから伸びる華奢な脚に見とれていると、画面からカウントダウンの音が鳴る。


「諒くんといると、気づいたら自然体になりすぎちゃうんだよね……あ、スタート!」

「え? あれ、なぜ!?」

「ふふふっ、アクセルはカウント2で踏み込むんだよ。お先にー♡」

「くっ」


 スタートに遅れてしまったが、もう一度アクセルを踏めば動き出した。僕は見よう見まねで、前を走る車を追う。


「去年の美化委員のこと、覚えてますか? そのとき、椿さんに助けてもらって。ずっとお礼を言いたかったんです」

「そうだったの? でも私、そんな大したことしてないよ?」

「いえ、教師に理不尽に叱られたとき、かばってくれたのは椿さんだけでした」

「それはずっと見ていたから、諒くんが真面目だって知っていたもの。そんなキミが叱られるのは、私が嫌だったんだよ」

「っ、ぶつかるっ! ……あれ?」


 走行中、道の中央にあるボックスに当たらないように避け続けていたが、ついに激突する。

 だが、画面の様子がおかしい。


「アイテムボックス? ふふふっ、それ取らないと負けちゃうよ!」

「そ、そんなことはどこにも書いていないが!?」

「ハンドルの真ん中を押して使って〜!」

「使う? こ、これ使うとどうなるんですか!?」

「誰かの近くで使えばなにかが起きるよー!」


 画面上に表示されたアイテムにどのような効果があるのか、僕はまだ知らない。

 だから真っ直ぐに。前にいる椿さんを追いかけた。


「あの頃、僕がひとりで庭作業していたときに、隣に来て話しかけてくれたこと覚えてますか?」

「もちろん! ちょっとしか話せてないけど、覚えてるよ」

「……よし、『アイテムを使う』」

「え? きゃあっ!!」


 赤い甲羅を使うと、前にいた椿さんが弾け飛んで爽快だった。

 これ、あとでアマゾンで調べるか。ハードも中古で見てみよう。


 ああ、それから椿さん。

 僕がひとりのときに話しかけてくれたことなんてなかった・・・・ですよ。


「見ていた」なんていうのは嘘だ。

 いや、当時は本当に見てはいたのかもしれない。

 みんなの前で教師に意見したことは覚えていたようだ。だが、庇った相手がどういう人間だったかという記憶は、たった一年の間に手放してしまったらしい。


 僕にとって椿さんが助けてくれた経験は、琥珀に閉じ込めて未来永劫に語り継ぎたいくらい特別だった。


 でも、彼女にとって、相手は誰でもよかった。


 おそらく今も。デートの相手は僕でなくてもよかった・・・・・・はずだ。


「椿さんは優しいですね」

「もう! 車体を弾き飛ばしておいてそれ言う?」

「どうしてその優しさを、妹に向けてあげないんですか」

「えぇ? 急にどうしたの?」


 声は動揺しているようには感じられない。

 優しくて、知性にあふれ、みんなの憧れで、非の打ちどころがない。その体貌は強固で揺るがない。


「一緒に昼食を食べた日、愛衣めいさんと二人で話すって連れて行きましたけど。あのあと彼女、怪我をしてクラスに戻ってきたんですよ」

「えぇ、途中で転んだのかな。あの子そそっかしいから」


 椿さんは雑談のような軽い調子で続けるが、話を流させることはしない。


「あなたが関わっているんじゃないですか」


 それに返答はない。

 僕は先を走る。そのまま3位で最終ラップに入った。


 隣からは変わらずにはしゃぐ声が聞こえてくる。このまま逃げ切ろうと僕は必死だというのに。


「ねえ、諒くん。先輩からひとつだけアドバイス!」


 コンピュータのキャラクターに追突されて池に落ちた。引き上げられてコースに戻ったとき、なぜか目の前で立ち止まっている椿さんのマシンが目に入る。


「デートで、妹の話をするのは野暮じゃないかな、諒くん」


 火の玉を当てられて、また池に落ちる。


 ――結局、僕は11位でゴールテープを切った。

 やっぱりゲームなんてクソだな。


「もしかして、今日は私とデートするつもりはなかった感じ?」


 ゲームが終わり、隣から責める視線が突き刺さる。

 僕はシートから降りて、座ったままの彼女を静かに見下ろした。


「椿さんが白銀くんと付き合っていなければ、楽しみでしたよ」


 椿さんの顔が一瞬にして赤くなる。


「待って、それ勘違い。付き合ってないよ」

「でも、関係は持っていますよね?」

「どうしてそんなことを言うの!」

「白銀くんがうれしそうに喋ってましたよ」


 答えると、椿さんは顔を歪めて小さく舌打ちをした。

 不満の行き場は僕ではなく白銀くんに、だろう。


 もちろん白銀くんが大きな声で喋り倒していたわけではない。彼の身辺を探る中で聞こえてきた話だ。

 相変わらず近くにいる僕に気づきもせず、友人にペラペラと自慢していたからな。

 今回は十分に自分の特性を生かせてもらったよ。


「場所、変えない?」


 疲れたようにため息をつき、椿さんは立ち上がる。

 今、彼女はなにを考えているのだろうか。目の前の僕ではない、どこか遠くを見つめていた。

 





 

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