第40話 お誘い
休み明けはボーッとするなどと言う人間は、やる気がないだけだと思っていた。
だが実際に自分がそうなってみて、これはそんな問題ではなかったのかと、少々申し訳ない気持ちになっている。
月曜日。
午前中の授業は上の空だった。
あの後、
愛衣さんからは説明のラインも来ていない。
何度も彼女の席へ視線をよこしたが目も合わない。
一刻も早く昼休みが来るようにと、今日は時計ばかり見ていた気がする。
昼休みを告げるチャイムが鳴って、僕は振り返った。
だが愛衣さんはこちらを気にする様子もなく、ひとりで教室を出ようとしているところだった。
(購買か? だったら外で声をかけてみるか)
僕も立ち上がり、追いかけるように教室を出る。
廊下に出て、購買方面へと向かった。自然と歩みが早くなる。
周りを見回しながら歩いていて、階段の手前で足が止まった。
心臓がドクンと大きく波打つ。
廊下の端に、談笑している愛衣さんの後ろ姿が見えた。
その相手は遠目でもすぐにわかった。長身のイケメン、白銀くんだ。
(もう未練はないと言っていたはずだが?)
距離はさほど離れていないのに、これが二人だけの世界というのか。
向こうは一切、僕に気づくそぶりもない。
(どうなっているんだ? なんの説明も受けてないが)
思考がごちゃごちゃするなか僕は歩くのを再開し、駆け足で階段を降りた。
ドクドクと音を立てる鼓動に嫌悪感を覚える。
「もう諦めた」と言っていた愛衣さんの嘘に嫌気がさしているのか。
目の前にいる僕に気づこうともしない白銀くんに苛立っているのか。
彼女に執着している自分がみじめだというのか。
絡んだ糸のような複雑な感情に、奥歯を噛み締めた。
◆
「――、諒くん?」
自分に声をかけられたと気づき、心神喪失状態から現実に引き戻された。
中庭の花壇で目立たないように座っていた僕は、声の主を見て二度驚く。
昼休みだというのに、土浦 椿さんは一人きりで、購買のパンとパックの烏龍茶を持って立っていた。
「どうしたの?」と彼女が首を傾げた方へ、漆黒の長い髪がさらりと落ちる。
心配気な彼女の頬にはほんのり赤みがさし、形のいい唇は赤みの強いピンク色に艶めいていた。
その唇の上下が、ぷるんっと離れる。
「あれ? 髪の毛切ったんだ。すごく似合ってる!」
容姿を褒められて、僕は一気に赤面した。
自分でも今朝、調子がいい気がしていたのだが、どうせ思い違いだろうと自分を
美容室では恥をかいたと思ったが。椿さんから褒めてもらえるなら、行った価値があったな。
「諒くんって顔立ちがきれいだから、おしゃれすると女の子が放っておかないと思うな?」
……それはない。
クラスでも特に何も言われなかったし、愛衣さんなんて今日は一度も目が合わなかった。
さっきのことを思い出して再び心が重くなる。
「ねえ、もし一人なら、私と一緒にお昼食べてくれないかな?」
慈愛に満ちた瞳が三日月に細まる。
ため息が出るほどに美しくてぼんやりとしかけたが、問いかけられたのは自分だったと気づき、慌てて答えを返す。
「え、えっ……ぼ、僕、ですか? どど、どうして。いや、あの、一人ですけど……」
「じゃあ! 嫌じゃなければご一緒させてほしいな?」
「い、嫌だなんて、そ、そんな!」
だが、いいのだろうか。
椿さんとは話したいが、うまく会話ができなくて失望されるのではないかという不安も大きい。
「で、でも僕、先輩を退屈させるかもしれません」
「えーそんなことないよー。諒くんにも趣味とか得意なものってあるでしょ?」
「べ、勉強くらいしか……」
ひたすらいい成績を取ることだけが趣味で快感を得ていた僕は、俗世のことをなにも知らない。
だから今までも教師としか話が合わなかった。
年が近い人との話題など持っていない。
……愛衣さんは、あれは彼女が特殊なだけだからノーカンだ。
「すみません、つまらない人間で」
「え、私もつまらないよ? 私、小さなころから宇宙に関する小説をたくさん読んでいてね、別の宇宙に別の地球があって……とかそういう話をすると、友だちに『椿の宇宙の話はうんざり』って言われちゃう」
「へえ。先輩って、ロマンチストなんですね」
「……そんなふうに言われたの、初めてかも」
大きな瞳をぱちぱちとまばたいてつぶやいたあと、椿さんは照れたように笑った。
「宇宙関係のお仕事も、ちょっとだけ興味があって。あっ、科学館も大好きで、年パスも持ってて――」
恥ずかしそうにニッチな趣味を語る彼女が意外で、僕は驚き半分うれしさ半分で話を聞いていた。
見た目からして、もっとふわふわした女性らしい女性だと思っていたのに。
一年も想っていたけれど、僕は椿さんのことをなにも知らなかったんだな。
「す、好きなことや夢があるのは、いいことです。ぼ、僕も……地球以外に知能を持つ生命体が存在すると思うので」
「!? ほんと!?」
キラキラした瞳がダイレクトに覗き込んできて、息が止まりかける。
「諒くんってすごい! こんなお話、誰にも言えなかったの!」
僕の手を、椿さんの手が自然に取る。
その瞬間、思い出すのは愛衣さんの冷えた手だった。
椿さんの手は柔らかくて温かかった。
僕の片手を両手でいっしょうけんめい包む小さな手は、どこか守ってあげたい儚さがある。
「ね、一緒にごはん食べていい? 諒くんともっと話したいな」
にこっと笑って見せる彼女に、僕は頷くので精一杯だった。
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