第26話 白銀くんと愛衣のデート
◆
「ただいまー、洗って干してきたよー!」
空き教室でひとり、
教室の入口で足を止めた愛衣さんは、手で顔を覆って叫ぶ。
「うわっ、なんでパンイチでカッコつけて本読んでんの!?」
「一体、誰のせいだと」
「う。ジュースこぼした原因はウチだけど! でも上まで脱ぐ必要っ!」
ちなみに僕はパンイチなのは、きちんと理由がある。
手持ちのニットを脱ぎ、シャツ1枚だけ着て、下からパンツがチラ見えする自分の姿が気持ち悪かったからだ。靴下も脱いだ。
「で、僕のズボンは?」
ズボンが染みにならないよう洗いに行ってくれたはずだが、なぜか戻ってきた彼女は手ぶらだ。
理由を尋ねるが、彼女は僕の問いとは別のところにツボっていた。
「ぷっ、あははは! ねえ、ズボンて、パパみたい〜! 君嶋ぁ今は“パンツ”っていうんだよ? パ・ン・ツ!」
「パ!? し、下着の呼称と同じだぞ、正気か!?」
こ、これはさすがの僕でも騙されないぞ!?
しかし彼女は堂々とパンツを連呼しているため、自分の価値観に自信がなくなってくる。
「考えが古いよ、“パンツ”でいーのっ! 早く乾くように屋上に干してきたからねー!」
「おい待て、じゃあ僕は、それが乾くまで動けないのか!?」
「あね〜。でも別に用事ないしょ? クラスのシフトもみんなに言っとくし、多分君嶋が抜けても困んないと思う」
愛衣さんは笑っているけど、僕にはその冗談、笑えないのだが。
「……愛衣さんもそろそろ白銀くんとのデートか」
教室の時計を見上げると、そろそろ14時というところ。三部が始まる時間だ。
「うん。あのさ、一応なんだけど。ガチでこの教室から出ないようにしてよね?」
「出ないよ。誰かに見せたい願望はないしな」
「見せつけてっから、今まさに!!」
そもそもこんな文化祭、参加などしたくなかった。
引き篭もる大義名分ができればそれに越したことはない。
何度も「大人しくしてろ」と言い残し、心配そうに出ていく愛衣さんを見送り、ひとりきりの空き教室で伸びをした。
北校舎は文化祭では使われないため、誰も来ることはないだろう。僕はどっかりと椅子に腰掛け、窓に映る自分を眺めた。
パンイチか……開放感があって、意外と悪くない。
「――」
「ん?」
窓の外から声が聞こえた気がした。
使われていない校舎の裏に、人がいるはずはないのだが。
だが、こっそりと窓に近寄って見下ろすと、男子生徒が2人座っているのが見えた。
かろうじて届く話し声に耳を傾ける。
「――は女と回るんだとよ」
「くっそー! 俺らも二人で行っちゃう?」
「やめろ気持ち悪い。吐くわ、げろろろろ」
「エロがんなって」
彼らの顔には見覚えがあった。体育でよく見る、隣のクラスの陽キャ男子だ。
二人は地面に座り込み、その周りに屋台の食べ物が散乱している。
「つうか、ミナトもだろ?」
「土浦妹とだっけ? あそこいくかーって感じだよなぁ」
土浦妹……愛衣さんか?
不意に彼女の話題が出て、僕は姿勢をさらに低くして耳をそば立てる。
ミナトといえば白銀くんの下の名前だったな。
噂話を聞く趣味はないが……愛衣さんの話となれば別だ。
「ミナトって今付き合ってる女いなかったっけ」
「YSPのクソ野郎に固定なんているわけねーだろ」
「爽やかな顔して、やってること俺らとは比になんねーくらいエグいよな」
「顔がいいと得だよなークソ」
話を聞きながら、わからない単語をスマホで検索。
「YSP」は“ヤリ捨てポイの略”と出てきて頭の中が混乱する。
白銀くんの話、だよな?
サッカー部主将で、爽やかな彼がまさか。にわかに信じられない……。
外では会話が続いている。
「土浦も頭緩そうでいいよなー」
「わかる、俺もギャルと付き合いてー」
「ポイした後なら、頼めばまわしてくれんじゃね?」
「アホか。さすがにきちーわ」
雑談はもう、聞くに耐えなかった。
窓際から離れ、座っていた椅子へと戻る。
もう、小説の続きを読む気分ではなくなった。
胸がざわつき、焼けつくような焦燥感にさいなまれる。
好きな人とのデートだと、彼女は喜んで出て行った。
それを見送ったばかりだというのに――。
ひどい話を聞いてしまった今。
彼女が傷つく恐れがあるのに、このまま放っておいていいのか。
しかし……。
視線を落としてため息をつく。
どうしたって、パンイチである。
洗ったズボンはどこかの屋上に干しているらしく、取りに行くこともできない。
体操服も教室だし、友だちがいない僕には誰かに貸してもらうこともできない。
この部屋にあるのは、脱いだニットとシャツ、そして靴下のみ。
「…………」
さすがにこの姿で外に出るのは絶対に無理だ。
(すまない、愛衣さん。なんとか自分で気づいてくれ)
僕にはそう祈ることしかできなかった。
◆
「にゃ、にゃーん! なんちゃって、えへへ……」
「つっちーって、かわいいよな」
「ええっ!?!?」
(やばい! 白銀くんにかわいいって言われた! で、でもこれ、恥ずかしすぎるってー!!)
癒しの子猫&子犬カフェで、ふたたび子猫のコスプレをしているウチ。今度は黒のミニワンピにしてみたんだけど。
どうしよう、隣にいる白銀くんの顔がまっすぐ見れない。
「でもやっぱ、ちょっと恥ずかしいね〜。ウチらそういう関係じゃないのに」
「ん? つっちーは嫌なのか?」
首をかしげて、近距離で顔を覗き込まれる。
どうしようビジュが良すぎて無理、無理無理無理〜っ!!
「嫌、とかじゃあない、んだけどっ!」
「なら楽しめばいーんじゃね?」
カラカラと笑う白銀くんに対して、そんなことできるわけっ!て思ったんだけど、さっきウチも君嶋に同じようなこと言ったな!!
なんとなく君嶋の気持ちがわかった気がした。ガチでごめん。
「ん? なーんだよ、なんか言えよー」
微笑みながら、肩を引き寄せられた。
距離がグッと近くなり、とうとう白銀くんの胸にすっぽりとおさまるかたちで、体が密着した。
うわ、わ、わ!
バックハグって、やりすぎじゃない!?
肩にあった手が今度は腰を抱くように回される。
ねえこれ、ガチなの!?!?
「ほんっと、かわいいよなー」
白銀くんは面白そうに笑って、ウチの耳に口元を近づけてきた。
「二人きりになれるとこ、いかね?」
「んんっ!?」
どういう意味で!?
ささやかれる甘い声に、ウチは再び固まってしまった。
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