第26話 白銀くんと愛衣のデート




「ただいまー、洗って干してきたよー!」


 空き教室でひとり、愛衣めいさんの帰りを待っていた僕は、手持ち無沙汰に読んでいた小説から顔を上げた。


 教室の入口で足を止めた愛衣さんは、手で顔を覆って叫ぶ。


「うわっ、なんでパンイチでカッコつけて本読んでんの!?」

「一体、誰のせいだと」

「う。ジュースこぼした原因はウチだけど! でも上まで脱ぐ必要っ!」


 ちなみに僕はパンイチなのは、きちんと理由がある。

 手持ちのニットを脱ぎ、シャツ1枚だけ着て、下からパンツがチラ見えする自分の姿が気持ち悪かったからだ。靴下も脱いだ。


「で、僕のズボンは?」


 ズボンが染みにならないよう洗いに行ってくれたはずだが、なぜか戻ってきた彼女は手ぶらだ。

 理由を尋ねるが、彼女は僕の問いとは別のところにツボっていた。


「ぷっ、あははは! ねえ、ズボンて、パパみたい〜! 君嶋ぁ今は“パンツ”っていうんだよ? パ・ン・ツ!」

「パ!? し、下着の呼称と同じだぞ、正気か!?」


 こ、これはさすがの僕でも騙されないぞ!?

 しかし彼女は堂々とパンツを連呼しているため、自分の価値観に自信がなくなってくる。


「考えが古いよ、“パンツ”でいーのっ! 早く乾くように屋上に干してきたからねー!」

「おい待て、じゃあ僕は、それが乾くまで動けないのか!?」

「あね〜。でも別に用事ないしょ? クラスのシフトもみんなに言っとくし、多分君嶋が抜けても困んないと思う」


 愛衣さんは笑っているけど、僕にはその冗談、笑えないのだが。


「……愛衣さんもそろそろ白銀くんとのデートか」


 教室の時計を見上げると、そろそろ14時というところ。三部が始まる時間だ。


「うん。あのさ、一応なんだけど。ガチでこの教室から出ないようにしてよね?」

「出ないよ。誰かに見せたい願望はないしな」

「見せつけてっから、今まさに!!」


 そもそもこんな文化祭、参加などしたくなかった。

 引き篭もる大義名分ができればそれに越したことはない。


 何度も「大人しくしてろ」と言い残し、心配そうに出ていく愛衣さんを見送り、ひとりきりの空き教室で伸びをした。

 北校舎は文化祭では使われないため、誰も来ることはないだろう。僕はどっかりと椅子に腰掛け、窓に映る自分を眺めた。


 パンイチか……開放感があって、意外と悪くない。


「――」


「ん?」


 窓の外から声が聞こえた気がした。

 使われていない校舎の裏に、人がいるはずはないのだが。


 だが、こっそりと窓に近寄って見下ろすと、男子生徒が2人座っているのが見えた。

 かろうじて届く話し声に耳を傾ける。


「――は女と回るんだとよ」

「くっそー! 俺らも二人で行っちゃう?」

「やめろ気持ち悪い。吐くわ、げろろろろ」

「エロがんなって」


 彼らの顔には見覚えがあった。体育でよく見る、隣のクラスの陽キャ男子だ。

 二人は地面に座り込み、その周りに屋台の食べ物が散乱している。


「つうか、ミナトもだろ?」

「土浦妹とだっけ? あそこいくかーって感じだよなぁ」


 土浦妹……愛衣さんか?


 不意に彼女の話題が出て、僕は姿勢をさらに低くして耳をそば立てる。

 ミナトといえば白銀くんの下の名前だったな。

 噂話を聞く趣味はないが……愛衣さんの話となれば別だ。


「ミナトって今付き合ってる女いなかったっけ」

「YSPのクソ野郎に固定なんているわけねーだろ」

「爽やかな顔して、やってること俺らとは比になんねーくらいエグいよな」

「顔がいいと得だよなークソ」


 話を聞きながら、わからない単語をスマホで検索。

「YSP」は“ヤリ捨てポイの略”と出てきて頭の中が混乱する。


 白銀くんの話、だよな?

 サッカー部主将で、爽やかな彼がまさか。にわかに信じられない……。


 外では会話が続いている。


「土浦も頭緩そうでいいよなー」

「わかる、俺もギャルと付き合いてー」

「ポイした後なら、頼めばまわしてくれんじゃね?」

「アホか。さすがにきちーわ」


 雑談はもう、聞くに耐えなかった。


 窓際から離れ、座っていた椅子へと戻る。

 もう、小説の続きを読む気分ではなくなった。


 胸がざわつき、焼けつくような焦燥感にさいなまれる。


 好きな人とのデートだと、彼女は喜んで出て行った。

 それを見送ったばかりだというのに――。


 ひどい話を聞いてしまった今。

 彼女が傷つく恐れがあるのに、このまま放っておいていいのか。


 しかし……。

 視線を落としてため息をつく。

 どうしたって、パンイチである。


 洗ったズボンはどこかの屋上に干しているらしく、取りに行くこともできない。

 体操服も教室だし、友だちがいない僕には誰かに貸してもらうこともできない。

 この部屋にあるのは、脱いだニットとシャツ、そして靴下のみ。


「…………」


 さすがにこの姿で外に出るのは絶対に無理だ。


(すまない、愛衣さん。なんとか自分で気づいてくれ)


 僕にはそう祈ることしかできなかった。





  ◆





「にゃ、にゃーん! なんちゃって、えへへ……」

「つっちーって、かわいいよな」

「ええっ!?!?」


(やばい! 白銀くんにかわいいって言われた! で、でもこれ、恥ずかしすぎるってー!!)


 癒しの子猫&子犬カフェで、ふたたび子猫のコスプレをしているウチ。今度は黒のミニワンピにしてみたんだけど。

 どうしよう、隣にいる白銀くんの顔がまっすぐ見れない。


「でもやっぱ、ちょっと恥ずかしいね〜。ウチらそういう関係じゃないのに」

「ん? つっちーは嫌なのか?」


 首をかしげて、近距離で顔を覗き込まれる。

 どうしようビジュが良すぎて無理、無理無理無理〜っ!!


「嫌、とかじゃあない、んだけどっ!」

「なら楽しめばいーんじゃね?」


 カラカラと笑う白銀くんに対して、そんなことできるわけっ!て思ったんだけど、さっきウチも君嶋に同じようなこと言ったな!!

 なんとなく君嶋の気持ちがわかった気がした。ガチでごめん。


「ん? なーんだよ、なんか言えよー」


 微笑みながら、肩を引き寄せられた。

 距離がグッと近くなり、とうとう白銀くんの胸にすっぽりとおさまるかたちで、体が密着した。


 うわ、わ、わ!

 バックハグって、やりすぎじゃない!?


 肩にあった手が今度は腰を抱くように回される。

 ねえこれ、ガチなの!?!?


「ほんっと、かわいいよなー」


 白銀くんは面白そうに笑って、ウチの耳に口元を近づけてきた。


「二人きりになれるとこ、いかね?」

「んんっ!?」


 どういう意味で!?

 ささやかれる甘い声に、ウチは再び固まってしまった。




 

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