第12話 デート終了

  ◆




「ひえー最悪、雨やばー。ま、あとは帰るだけだしいいけどー」


 最寄駅を出ると景色はグレーがかっていて、ロータリーに車が入る音がいつもの3倍増しな音量で聞こえてきた。

 音のない小雨が降り続いてる。


 だいたい駅から家までは、歩いて12分ほどかかる。走ればもっと早いし、750円も出してビニ傘を買うまでもない。


 よしっ。

 ウチは雨の中、一歩を踏み出した。


 雨ミストに打たれる帰り道はひとりぼっちで少し寂しいけど、さっきまでの思い出で胸がいっぱいだった。



 白銀しろがねくんは隣のクラスの男子で、ウチの狙ってる人気にピ

 サッカー部の部長で、カッコよくて、笑顔がかわいくて、ノリも最高!


 だけど接点がなかったし、ガチタイプだったからかなり慎重に話しかけるタイミングを見極めていたんだよね。


 そんな彼と初めて喋ったのに、思った通りめちゃ盛り上がった。

 だって4時間だよ、語ったの! 楽しすぎて、時間が一瞬で過ぎちゃった。


 もっとウチは喋れたんだけど、ドリンクバーで粘ってたら店員さんが圧かけてきたから、いたたまれずに解散って流れになって今ってわけ。


 でもでも、また学校でも話そうって言ってバイバイしたし。距離はすっごい近づいたって思う。明日からまた楽しみが増えちゃった!


「そういえばあいつ、さすがに帰ったよね?」


 前髪から垂れてきた雫をぬぐいながら、ショッピングモールに置いてきた君嶋を思い出す。


 最初に「はぐれたら解散で」って言っておいたし、あいつ男子だし。心配はないと思うけど。

 というかそもそもウチ、君嶋と連絡先交換してなかった。スマホ持ってないとか嘘つかなくてもよかったかな。


「たっだいまー」


 家の中に電気がついているのが見えたから、大きな声で玄関を開けた。

 玄関に入ってジャンプすれば、土間に雨のしずくがぴっぴっと飛んだ。

 思ったより濡れちゃってる。

 家の中が暖かくて、体がぶるっと震える。 

 ふと姿見に目を向ければ、メイクが落ちて目の周りが黒くにじんでる自分が映った。


 うわ、ブスすぎてやば。

 白銀くんといるときは大丈夫だったよね? なんかすっごい不安になってきた。


「おかえり、愛衣めいちゃん。ほら、体ふきなさい」

「ママ、ありがとー」


 パタパタとスリッパを鳴らして、タオルを持ったママが迎えに出てくれた。

 受け取って、頭からすっぽりとタオルをかぶった。あったかくてホッとしていると、ママはウチに変なことを聞いてきた。


愛衣めいちゃんって今日、スマホ持ってなかったの?」

「え? 持ってたよ?」

「そうよねえ」


 ママは不思議そうに首を傾げる。


「同級生っていう男の子が、何度か愛衣めいがいるかって訪ねて来たんだけど……。警察に通報した方がいいかしら?」


 髪を拭く手が止まる。

 え、嘘だよね?


「その男子、メガネかけてて、緑のストライプシャツとか着てた?」

「そうそう、その子」

「いつ来たの?」

「最後に来たのはそうね、40分くらい前かな?」

「ごめんママ、ウチちょっと見てくる!」


 スマホを見ていたママにタオルを押し付けると、傘をつかんで玄関を飛び出した。 

 パンッと、玄関先でビニ傘を開く。空を見上げるまでもなく、雨が強くなっているのがわかる。


 後ろからママが呼ぶ声が聞こえたけど、振り切って門を開けて道路に出た。とりあえず駅へと向かうことに。


 あーもう、な・ん・で、うちまで来たのー!!

 雨も降ってるのに! 傘、持ってる感じなかったじゃん!!


 あれ以上、君嶋に迷惑かけたくなかったから。だから先に「はぐれたら解散」って言っておいたのに。どうして勝手なことする〜!?


 パラパラと傘を弾く音に急かされて、早足だったのがいつの間にか走っていた。


 傘をさしているのに体はびしょ濡れ。かわいい服は台無しだし、メイクも溶けてボロボロだ。


 それでも、そんな自分なんかより、なにも知らずにウチを探してる君嶋を早く見つけたかった。


 できれば見つからないほうがいいんだけど。それで、家に帰っていてくれてないかなって、一心に願い続ける。


「って、いたーっ!!」


 願い叶わず、駅の方からとぼとぼと猫背で歩いてくるダッサいストライプのシャツが見えた。

 ウチの声で向こうも立ち止まり、目の前についたタイミングで頭の上に傘をさす。


 同じ傘の下。


 いつもより距離が近い君嶋が、濡れた前髪がかかった険しい目……はいつもなんだけど。

 それよりもっと怖い目でウチの顔をジロリと見た。


愛衣めいさん」


 思わず「怒られる!」と思って、ウチは目をつむる。


「――本当にごめん、はぐれてしまって。大丈夫? あの、怪我とか……変な人につかまったりとかしてないか?」


 え……? なにそれ。


 おそるおそる薄目になると、傘を持ってぼっ立ちするウチの周りを君嶋がぐるぐると回って、上から下まで注意深く観察していた。

 しかも微妙に距離があるんだけど。

 いちお触らないように気をつけてるの……かな?


 そうしているうちにしゃがみ込み、今度は視線が脚へと向かった。


「大丈夫大丈夫! なんもないなんもないからー!」


 そんな舐めるように脚なんて見ないでいいってばー!

 うちが後ろに飛び退くと、君嶋がまた雨にさらされてしまって気まずくなる。


「いいから立って立って! すたんだっぷ!」

「でも、そんなに濡れて」

「あんたが言うなしっ! なんで傘も買わずに歩いてるの?」

「ああ。買うって選択がすっぽり頭から抜けてたな」


 なんでだよーっ!


 左上に視線を送り、うーむと唸ってから君嶋は立ち上がった。

 あわててウチはその頭上に傘を持っていく。


 すっぽかされただけじゃなくて自分の方がびしょ濡れなのに、君嶋は怒らなかった。

 それどころかウチのことを心配してくれていて。

 後ろめたくて仕方ないじゃん。


「どうして帰らなかったの?」


 つい君嶋を責めてしまう。


「はぐれたらお互い帰ろうって言ってたじゃん。もう、なにしてんのぉ」


 ウチが悪いのに。

 どうしてこんな言い方しかできないんだろう。


「……今日はデートだろ」


 君嶋がつぶやいて、ウチはハッとする。


「予行だとしても、デートで女の子を放って、自分だけ帰れるわけがないだろう」

「う……」


 胸がずきずきと痛い。

 自分だけ楽しく遊んで、君嶋にはこんな思いさせて。

 本当に、自分のことしか考えてなかったウチはバカだ。


「ごめんなさいっ!」


 思いっきり頭を下げて目をつむる。

 ウチに君嶋の顔、正面から見る資格ない。


「め、愛衣めいさんがそこまで謝る必要はない。連絡先がわからなかったのはお互い様だ」

「違くて! ウチ、ひどいやつだ……。本当にごめんね」

「??」


 事情も言わずに謝るのも、卑怯で最低だ。


 でも本当のことを知ったらきっと幻滅されてしまう。このまま君嶋と話せなくなっちゃうと思ったら、どうしても言えない。


「とりあえずうちにおいでよ。乾燥機もあるし、お風呂も貸すっ!」

「い、いやいやいや。きみを見つけられたし、このまま帰るよ」

「でも、濡れたままだと風邪ひいちゃうから」

「うん、でも……椿さんにこんな姿を見せるのは、ちょっと、な」


 え、なんか微妙にキメ顔したし。


 てか君嶋は、ウチには変な格好見せても気にならないってこと?

 ウチはボロボロな姿見せるの恥ずかしいとか思っていたのに。なんかむかついてきた。


「ふん! ウチだって君嶋にすっぴん見られてもなんとも思わないし!」

「?? えっと、今の話? 朝と変わった?」

「はああああ? 朝はメイクばっちりしてたろがい!!」


 学校メイクは5分だけど、今日はたっぷり30分はかけたんですけど!?

 めっちゃかわいかったじゃん! ひどくない!?


 怒りにまかせて詰め寄ると、君嶋は手のひらを胸の前にかかげ、たじたじしながら後ろに下がっていく。


「た、確かに? 少し幼く見える気がするが、年相応だろう? 僕はかわいらしくてこっちの方が好きだけど」


 好き、という言葉に思わず顔が熱くなる。

 相手は君嶋だよ、なにちょっとだけときめいてんの! もぉー、イラッとする!!


「あっあんたの好みなんて聞いてないし! つかあんまわかってないくせちょーうざいっ! だるいー! もう、せめてもっとこっちに寄って濡れないようにして! 駅、送ってく!」

「は、はあ。どうも」


 ビニ傘の中、密接したとき一瞬だけ、君嶋と手が触れた。

 君嶋は知らん顔してずっと前を見ていたけど、その手は氷のように冷たかった。


(寒い思いして、ウチのこと4時間以上探してくれてたんだ……)


 苦しくて、申し訳ない気持ちでいっぱいになって。

 ウチはせめて今だけは濡れないように傘を差し出して、黙って君嶋を送り届けることしかできなかった。




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