第8話 教会神判

「それで、どうやってここまで辿り着いたのだ。それも供に付けずに」


 城に着き、身ぎれいにした後、マリアは二晩ほど寝込んだ。

 ようやく起き上がれるようになったマリアの元にギルモアがやってきたのだ。


「陛下弑逆の報を受けて私達はすぐに後宮を脱出しました……」


 そう切り出し、マリアはまるで吟遊詩人が語る物語のような旅路を父に伝えた。

 ジュリエッタたちの名誉のために、彼女らは森へ入る前にマリアを庇って死んだことにした。

 

「そうか、ゴブリンに助けられて……そんなことが現実に起こるとは。だがゴブリンに攫われたとなると、マリア……名誉の死を賜ることになってしまう」

「大丈夫ですわ、お父様。私の身はいまだ清いままです。教会神判を受けても構いません」

「教会神判だと! あんな屈辱的なことをマリア、耐えられるのか?」

「ええ、2月以上も森を彷徨ったのですよ。たいていの事には耐えられます」

「そうか……ならば、教会神判の手配をしよう。皇帝の血筋は最早、おまえしか残っていない。叛逆者どもをアッカドから追い出せればいいが、兵力が心許ない。私としてはパルーサを新たなフラート帝国として、マリアを女王として対抗したい」

「私が女王ですか?」

「ああ、だが勿論、マリアに政治ができるとは思ってはいない。多分、教会と手を組んだ形での神政帝国とするしかないだろう。そのためにも、確かにお前が教会神判を受けるというのは、必要なことにはなる」


 教会神判。

 この場合は単純に処女性の確認である。

 後継者に卑しい血が混じらないよう、その身が汚れていないことを神職者が証すという神の名の下に行う貴族の女性だけが対象となる検査なのだが、通常は神判を受けるくらいなら死を選ぶということが多い。

 それほど、その検査は若い女性にとっては屈辱的なものなのだ。


 神判を行うのは神に身を捧げた聖職者。

 すなわち男である。

 建前上、聖職者は性欲などを超越した存在であるのだが、実態としては世俗にまみれた聖職者というのが上層部には多い。


「教皇にお願いしよう」

「ありがとうございます」


 だが、それでもトップに立つ人間というのは、その全てを神に捧げている者が多い。周囲の目が厳しい中、己を律し何十年と神に仕えるというのは、そういうことであった。


「勿論、私も立ち会う」

「お父様、それはさすがに……」

「み、みないぞ。だが、娘を一人にするなど」

「わかりました。近くにいてください」

「ああ……」


(赤毛さん、あなたもきっと近くにいてくれるのでしょうね)


 マリアは心の中でそう呟いた。

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