第28話

時間が飛んで金曜日。




放課後の家庭科室。そこには意外な二人が招かれていた。


帆貴と周である。両者は理央に今日の放課後にどうしても家庭科室に集まってほしいと懇願されたのでいざ来てみると両者ともそろった。






もちろん家庭科室の空気はひえっひえである。呼び出した張本人の理央が「ちょっと待っていて下さい」と言ったきりまだ戻ってきていない。かれこれ30分くらい待っていた。


二人は中央の前方の机に帆高が、中央の机に周が座っていた。


「ああ、さすがに遅い…そろそろ帰ろうかな」


周は机に寝そべってつぶやいた。


「あら、そう。では泉君に平さんは早々にあきれて帰りましたと伝えておきますからどうぞご自由に」


「…私にはあたりがきついですよね。先輩」


「あなただって私に対して物怖じせずコンベンションのとき、言いたいことをおっしゃってたじゃないですか」


「そんなの当たり前じゃない。料理人の料理に対して事実を伝えないほどひどい仕打ちはないわ」


「あの場は試作段階での料理だったんです。私が言わなくても他の方が評価を下すでしょう」

帆貴は言葉を続ける。


「私が気にしているのは『源組』に対して質が悪い云々の旨を言ったことについてです」


「そこまで言ってない。『源組』の評価会があってのコンベンションだったのでしょう。それだったらあの場に試作料理を出す前にもうちょっと考えるべきだったっていいました。私は」


「それが『源組』に対しての軽侮と言っているんです。多くの方々が認めてあの場を設けたんです」


「『源組』を軽く見ているわけじゃない。コンベンションを企画運営したのはホライゾングループの会社よ。お客様の提供したものについて蔑むようなことは言わないわ。考えすぎよ」


校内きっての美人二人の応酬が続く。


「どのみち私が理央にお菓子作りを教えるわ。ここでは高校生の趣味止まりよ」


「私のことを知っていておっしゃっているのですよね?」


「専門は日本食でしょ?お菓子作りは門外漢だってことを自己紹介したいの?」


「…あの」


「広く浅い人に何が極められるんですかね?」


「…知りもしないくせに!」


「二人ともやめて!やめて!」


「喧嘩させるためによんだんじゃないんだよ」


「あるものを食べてほしくて。」


いつの間にか理央が家庭科室に入り応酬を繰り広げている二人の戦場に割って入った。


二人の熱を帯びた目線は理央に向けられていた。


「これなんだけど…」


理央がお盆の上にのっけていたそれには紙ナプキンがかかっておりそれを外し二人に見せた。


「…これって…」


「…これがどうしたの?」


二人は差し出されたものはわかったが意図がわからずにいた。








『「先生、どうやったら先生みたくうまく作れますか?」』




『「私が思うに料理やこういったお菓子作りはもちろんおいしさ、自分らしさや個性も


大事だけど上手に作るコツは…」』








「努力・愛情・勇気、ですよね?二人とも?」


「どうしてそれを…」


「知ってるの?」


ぽかんとしている二人に加えて説明する。同じような感想を述べ、顔を合わせる二人。


「二人が幼いころに僕の母がよくある料理教室の特別講師として招かれました。たぶんその時に二人が出席していて、それを切っ掛けとして母とつながっていったのかと思いまして」


「その時提供されたものは家庭でも比較的手軽に作れて、様々なバリエーションを加えられる焼き菓子だし、自分らしさを表現できるお菓子でもある。加えて努力、愛情、勇気のことを教えたと聞きました」


「努力は文字通りおいしく作るため日々料理作りに努めること」


「愛情は人だけではなく食材や様々な過程を大切にすること」


「最後の勇気は新しいことに挑戦することやそれを人に食べてもらって評価してもらうことの心構え」


「安直ですが確かに上達のためには大切な事柄です。これを二人は幼いころに当時は一流ホテルで働いていたことを触れ込みにして招かれた元パティシエの母から教えられて憧れを持ち現在のように料理やそれに係ることに励んでいると考えました」


「そしてその料理教室の時に出されたのがこのシンプルなパウンドケーキだった…」


「一応、十年くらい前の母の記憶からひも解いて自分なりの解釈を入れた推察ですが…」


二人はパウンドケーキを見ながら驚いたように固まっている。


「とりあえず切り分けますね」


理央はそう言って皿の上に置かれたパウンドケーキに持ってきたパン切包丁で一口分ずつ切り分けてみせた。


手渡しで二人にパウンドケーキを配った。


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