第8話

「そうだね、ちょうどよかった」


「今度の金曜日、新入生歓迎会をやろうと思ってるんだけど、どうかな?」


「歓迎会ですか?どんな事やるんですか?」


「ケーキ、作ろうと思うんだ」


「ショートケーキを家庭科室でみんなで一緒に作ろうと思ってるの」


「本当ですか!」


理央は楽し気な表情を見せたが


「自分は大丈夫ですけど…」


理央は弓道部の活動がある直人の方をうかがう。


「ちょうどその日、休部なんで大丈夫ですよ」


「おー、それじゃあ決定だね!」


「明日の放課後、街の方に行っていろいろ調達する予定なんだけど」


直人が「すみません」と言い


「明日、部活なんで俺は外させてもらいます」


申し訳なさそうに買い出しを断った。


「わかった、じゃあ三人で買い出しに行こうか」


「久々ですねこういうの」


「最近だと二人だけでいろいろやってたからね、たまに岡部先生も参加してたけど」


「俺たちに作れますかね」


直人か珍しく苦笑いのような表情で問いかけた。


「家庭科部の新入部員を交えた第一回目の活動だよ!それにこういうのはみんなで作って食べたほうが楽しいよ。」


前のめりに徳子が語った。


ふふふと帆貴が笑ってみせた。






それと同時に帆貴が何かを思い出したかのようにハッとなり黒板の横にある扉へと駆け出し、開け入っていった。


そこは家庭科室の準備室ですぐさま戻ってきた。


「忘れてました」


帆貴はやや大きめのタッパーを持ってきて、机の上に置き、皆の前で開けて見せた。


そこにラップに覆われ、はいっていたのはやや小ぶりの大福だった。


「今朝、作ってきたの、よかったら食べて。朝、準備室の冷蔵庫に入れていたのを忘れていたの」


理央は目を見開いた。それぞれがホイルカップに入ったそれは和菓子屋で売られているような既製品の出来栄えをしておりおよそ高校生が作ったものには見えなかったからだ。


「すごい、帆貴先輩がつくったんですか」


「そうですよ、ちょっと大変だったけど」


「うまそう」


直人の口から自然と言葉が出る。


「それじゃあお言葉に甘えて」


徳子が遠慮なく、掛かったラップを外しカップホイルごとタッパーの中から大福を取りだしその口に頬張る。


「んー!おいしい!」


それにつられて理央と直人も取り出す。






「いただきます」


2人とも口に運び食べ始め、


固まった。


「…うまい」


「すごい…」


特段驚いていたのは理央だった。


『今朝』、作ったといっていたがその大福の皮は片栗粉がまぶされ出来立てのように柔らかく、つきたての餅のような触感であり、中の餡子は粒あんで絶妙な小豆独特の甘みが口いっぱいに広がった。単に甘いだけではなく、一口、口にした瞬間、次には貪欲に欲したくなるような妙味だ。無類と表現しうるほどだった。


三人とも一瞬にして食してしまった。






「どうやってこんな風に作ったんですか?」


理央は常日頃から様々な菓子を食べてきた。味に敏感がゆえに理解が追い付かないものを食し自然と疑問を口にした。


「うふふ、企業秘密です」


「驚いた、こんな大福食べたのは初めてだ」


直人も素直に驚いていた。


理央は驚きのあまり手に持っていたホイルカップを眺めていた。


「二人ともびっくりしすぎですよ」


「ありがとうございます」


帆貴はお礼を言い、頭を下げた。


「また何か作ってきますね」


徳子が紅茶をすする。


「持ってきたの忘れちゃってたので紅茶をいれちゃいました」


「緑茶にすればよかったですね」


「結構、結構」


「ごちそうさま」


理央はやっと正気にもどり


「家庭科部ってこんなお菓子をつくれるんですか?」


「いやー、今回は帆貴ちゃんが作ってきたものだし、それに・・・」


「あ!私も忘れるとこだった、入部届、2人とも書いて!今日中に先生に渡す約束だったんだ」


徳子が遮るように入部届を近くに置いていたカバンから取り出し二人に配った。


「それと連絡アプリで連絡先交換しよっか、何かあったときに便利だし」


4人は携帯電話を取り出し、連絡先を交換した。






帆貴は連絡先を交換し終わると早々に3人のホイルカップを取り、片付け始める。


理央と直人はシャープペンを取り出し必要事項を記入した。


徳子はそれを受け取り、


「ありがとう!これで部員が2人増えたよ!あと1人だね」


「私は岡部先生にこれを届けてくるね」


「それじゃあ、私は片付けちゃいますね」


「じゃあ今日は先に1年生諸君はこれで解散としますか」


徳子に言われるがまま、2人は帰宅の支度をすませた。


「泉君は明日の買い出し、忘れないでね」


「放課後、一旦、家庭科室に集合ってことでよろしくね」


「はい、また明日…」


「失礼します」


1年生2人は先輩方の好意に甘え早々と家庭科室を後にした。






理央と直人は下駄箱場まで行き、昇降口から校門を出た。


「どうした。まだ驚いてるのか。」


直人がやや心配そうにうつむいた理央に声をかける。


「…料理って単純においしいものはおいしいって感じるんだけど…」


「あの大福はその向こう側の何かがあるように感じる」


「なんだそれ」


「感じなかった?言葉で言い表せられないあの味」


「確かにうまかったけど、理央にそこまで言わせるのは相当だな」


「自分が特殊なのかな…」


「まぁ、理央の場合、特段味に敏感だからな」


「そうなんだろうけどさ…衝撃が強すぎて…」


「理解が追い付かないっていうか」


「あんまり考えすぎるなよ、また食べさせてもらえばいいだろ」


「んー…」






理央は数少ない体験をして動揺と驚愕が入り交じり、頭の中が交錯していた。


彼はもちろん甘味は好きだが大福といった和菓子に特段思い入れがあるわけではない。


しかし幼いころから様々なものを食してきた彼にとってこれ以上にないと表現するほどのものであった。大福の材料や作り方はなんとなく察しがつくが多くの物を食べ経験し味わうことで何をどのように調理をされたのかを概ね理解することができていた彼にとって理解ができない何かが含まれていた。


それほどの大福だったのだ。


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