20話
部屋に戻りクローゼットを開けると、僕が普段着ないような洒落た服が飾られるようにぶら下がっている。
この服に袖を通すのが
手に取って、自分が着ているところを想像してみたが、絶望的に僕には似合わない。偶に「服が可哀想」という言葉を聞くが、こういう事をを言うのではないかと思う。仕方ないが、自分で言っておいて哀しくなってくる。これを着るのは酒木が来てからにしよう。ベッドに服を置いて、朝食を作るのに下に下りていく。
リビングに入ると、テーブルの上にはもう料理が並んでいた。側にメモが置いてある。
『朝ご飯作っておきました。冷めてたら温めてね。暫くは帰るのが難しいと思います。ご飯作らなくていいからね。母より』
その場で目を通し、メモはゴミ箱に捨てた。まだ2人が出て行ってそこまで経っていなかったからか、料理はそんなに冷めてはい。炊いてあるご飯をよそい、椅子に座る。
「いただきます」
広い家の中、僕の声だけが響く。やっぱり、こう1人になると少し落ち着く。
今日はのおかずは焼鮭だった。やっぱり自分で焼くのとは違う。僕が魚を焼くと、必ずと言っていい程焦げる。どうにかして、焦げない様にしたいが毎回上手くいかない。どうしてだろう。骨を取りながら、ふと浮かび上がった。
百瀬は、今何をしているだろう。
僕が朝食を食べてながらくだらないことを考えて、ふとした瞬間百瀬の事を想っている今、百瀬は何を考えているだろう。
百瀬も、今日の事を考えて僕と同じ様に思っているだろうか。
「ごちそうさまでした」
いつの間にか食べ終えた朝食の食器を洗うと同時に、僕のこんな気持ちも流れてしまえばと思う。そして、この洗った食器の様に僕の気持ちもまっさらになってしまえば、伝えるのも楽なのに。
洗ったばかりの食器を置いて、リビングをそのままにして出る。
ついでに洗面所に行き、歯を磨きながら鏡に映る自分を見るが、さっきと大して顔色は変わらない。
自室に戻り、今日の荷物を確認する。
取り敢えず、財布、携帯があればもう荷物は問題ない。が、酒木が来た時にまた色々言われ荷物が増えるんだろう。
家の中であれこれ考えていると、いつの間にか時刻は13時になった。約束の時間まで、約5時間しか猶予がない。何時もなら思うわけがないが、今だけは酒木に早く会いたかった。
ピンポン
軽い電子音が家の中で響いた。インターホンを見ると、酒木が映っている。玄関の鍵を開け招き入れる。
「え、月島? お前まだ着替えてないの!?」
開口一番がこれだと、さっきまで思っていたことが全て無に返された気がした。
「入ってきて早々煩いな」
半ば、無視しながら自室に向かう。ぶつぶつと、文句を言いながら付いてきているのが分かる。
ほとんど装飾の無い、相変わらずの部屋に入る。
「よし、月島! 着替えるぞ」
入ってきて直ぐ、まるで『この部屋の持ち主は俺だ』と言わんばかりに堂々としながら言う酒木には、何も言葉が出ない。
もう一度、ベッドに無造作に置いた服を眺める。
「……ほんとに、僕が着るのか?」
「いや、月島以外に誰が居るんだよ」
思わず飛び出した疑問に、酒木がすかさず突っ込んでくる。
腹を括るしかない。残された時間はほんの僅かしか無いのだから。
◆
蝉の声がよく聞こえる。一層強く光るオレンジと、くすんだ水色が混じり合う時間。僕は、とうとう百瀬の家の前に来た。
インターホンを押さなくてはいけない。そうしないと、百瀬に会えない。なのに、僕の手は震えている。手が汗ばんでいる。これは暑さのせいだけではない。
『情けない』
そんな感情が、僕を支配する。
頼りになる酒木は、もう帰ってしまった。
震える手を伸ばし、意を決してインターホンを押す。軽い電子音が、やけに響いた気がした。
向こうからの応答が来る前に、家の中からバタバタと音がしだす。何が起きているんだと不安になるほど。
ガチャッ
勢いよく開かれたドアと同時に、良く響く声が僕の耳に届いた。
「葵くん!」
久し振りに聞いた、僕の名前を呼ぶ声。僕を見て、明るく微笑む百瀬の顔。それを見た瞬間、頭の中渦巻いていた事が全て無くなった気がした。
「ごめんね、ちょっと着付けに手間取っちゃって……」
淡い桜色に、朝顔の柄の浴衣。いつも下ろしてる肩まである長い髪は、綺麗に纏めていた。
百瀬が僕に対して何か話してる。でも、今の僕にはそれが上手く耳に届かなかった。その姿から、目が離せなかった。
「葵君? 聞いてる?」
「え、嗚呼……聞いてる。行こうか」
神社までの道のりを歩く。百瀬の隣を歩く事なんて、別に学校内では普通だった。なのに、今日に限って知らない人の隣を歩いているようで、顔もまともに見れない。下駄を履いている百瀬は、カランカランと軽やかな音を立てながら歩いている。
本来なら、ここで何か話すべきなんだろう。酒木にも散々「自分から話題を振れ」と言われたし、何度か話す内容もシミュレーションしていた。普段なら、それで対処出来てたが、今はその全部が無意味だ。頭が上手く働かないし、舌がもつれて言葉が出ない。
「なんか、会うの久々だね」
この沈黙を先に破ったのは百瀬だった。目線だけを隣に移すが、少し俯いていて顔は見えなかった。
「……そうだな」
「連絡先交換したんだから、連絡してきて良かったのに……」
少し不満げな声で漏らしていた百瀬。
僕も何度か連絡しようかと迷ったことがある。けど、特に必要な連絡ではない限り迷惑だろうと携帯を伏せていた。
「連絡って、何を送れば良かったんだ?」
そう言って百瀬の方を見るた。
真面目に返答を考えているのか、黙り込んでいる。隣を歩いていても、まじまじと横顔を見たことがなかった。鼻筋がすっと通っていて、髪をまとめているから、その横顔の輪郭がよく分かる。
「んー……例えば、今日は何したよ。みたいな?」
「なんだそれ」
百瀬の真面目なトーンから想像してなかった、単純な返答に頬が緩んでしまう。
「あ、笑わないでよ!」
軽く謝りながら、百瀬と歩く。百瀬の表情がころころ変わるのを横目に、静かな住宅街を抜け、
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