第50話帰ろう
先延ばしにしかならないのかもしれない。
だが、俺は人と触れ合って成長してきたし、考えも変わっている最中だ。
カレンがどれだけ俺のことを良く考えていてくれたかに気づき、整理する時間が必要だった。
そして、落ち着いて対話する時間も。
カレンは目を丸くして、頷いた。
「わかったわ。なるべく早く答えを聞かせてね」
「うん。だからさ、もう戦いはやめよう」
この二人が傷つけ合うのは辛すぎた。
「……いや、この女には言っておきたいことがある。ねえ、キミはノアがあの後どんな仕打ちを受けて、どれだけ深い傷を心に負って、どれだけ人を恨んだか、人生が歪められたか理解しているのか?」
リオラがカレンに歩み寄り、胸ぐらを掴む。
「……街の人に暴力を振るわれ、両親に奴隷に売られたと聞いたわ」
「そうだよ。まだ十歳にも満たない少年が、これまで住んでいて、顔見知りだった大人たちに謂れのない理由で暴行され、最後の拠り所だった両親に『自分たちの子どもじゃない』と言われて、最後はお金に換えられたんだよ。どれだけ辛い思いをして、絶望を味わったかしっかり理解してノアくんの前に現れて、好きだと言ってるの!? 自分の元にいろと言っているの!?」
リオラが感情を剥き出しにして問い詰める。
「……深く、考えていなかった、わ。だって、洗脳されていて記憶が曖昧だったし、詳しい話なんて聞いてなかったもの」
「洗脳? おい勇者。その洗脳って完全に自分のコントロール下におけるものなの?」
「ひっ……い、いや、最初の頃はそいつの心の中にある感情を引き出すとか、そのくらいしかできない……」
鋭すぎる眼光で睨まれ、勇者はあっさりと吐く。
「つまり、自分の意志はあるんだよね? だったらノアくんを選ぶよね、好きなら。愛してるなら。その程度の軽い愛で、軽率にノアくんの辛い過去に土足で踏み入らないでほしいな。辛い過去の中心にいるキミの顔を見させられるノアくんの気持ちにもなれよ」
「ぐっ……」
リオラがカレンの顔面を一発殴る。
「ノアくんは優しいからこれ以上はやらないけど、もうちょっと自分がノアくんにとってどんな存在なのか、考えるべきだよ」
「……」
「……もういいよ。戦いはもう満足でしょ!?」
沈痛な表情を浮かべるカレンを尻目に問いかけるリオラ。
観戦者と化していたエリシアとフレアはこくこくと頷く。
「じゃあノアくん! 一緒に行こっか〜」
「くくく、楽しそうだな、リオラ」
「当たり前だよ、もう会えないかもしれないと思っていたノアくんが、迎えに来てくれたんだから」
「初めて見たぞ、お前のそんな笑顔は」
「うん……だから、行くよ」
「ああ、好きにするといい」
リオラとアイラは俺の知らない関係があるのだろう、二人は無駄な言葉を交わさずとも通じ合っているように感じる。
「ノアくん、もう絶対離さないし、今度こそ守ってあげるからね」
そう言って握る手は懐かしさを感じ、そしてちょっと痛いくらいに強い力が入っていた。
帰ろうとメンバーを確認すると、何人かいない。
「そういえば、勇者は……?」
勇者と、仲間の騎士がいないのだ。
俺の問いに、呆れたような表情でフレアが口を開いた。
「あいつら、君たちが話している間に逃げて行ったわ。……ほんとに勇者なのか疑うよ」
「もしかしたら、ノアさんが魔族と繋がっていたという情報でなんとか勇者の地位の保守に走ったのかもしれません。それだけで変わるとは到底思えませんが……二度も負けてしまって、ノアさんを襲っている以上何か収穫を得ないと無理だと思ったんでしょうね」
聖女ですら一切の気遣いなく勇者を切り捨てる。
まあ、日頃の行いを見てて見放さないやつはそういないか。
「どんだけ勇者の座にしがみつくんだ……」
粘りに粘ろうとする勇者に呆れて文句も出てこない。
「あ、あの……」
勇者のしつこさというか往生際の悪さに変な空気になっていると、エリシアがおずおずと話し出す。
「アイラ……さん? にお聞きしたいんですが、庭の死体はあなたが?」
庭にあった大量の古そうな死体。
それがアイラによるものならば、エリシアたちに正義感があればいつか再び刃を交えることになるかもしれない。
「あぁ、あれは私たちじゃないぞ。昔ここを根城にしていたヴァンパイアが人を飼うのが趣味でな。元々ここにあったが、処理するのも面倒くさくて私も放置しているだけだ」
「そうですか……よかった」
エリシアは胸を撫で下ろす。
明らかな強者であり、思ったより話のわかり、人間味のある人に敵対するのは嫌だったのか。
「さ、帰った帰った。私も毎日魔法の練習に付き合わされてうんざりしてたんだ。早くそいつを連れて行ってくれ」
手を返すように振り、帰れとジェスチャーする。
「……うん、また遊びにくるよアイラ」
リオラは優しい目をして、そう告げる。
アイラはにっこりと微笑むだけ。
二人にはこれで充分らしい。
「よし、帰ろう!」
勇者という殺人鬼がいなくなってテンションが上がった俺の声は弾む。
こうして、勇者パーティのヴァンパイア討伐は失敗に終わった。
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