第12話オオカミ獣人ショタコンメイド

 リリムちゃんからの断れないお願いをされ、ミーシアと魔法騎士学園に行くことになった俺は、一番馴染みのあるミーシア専属メイドのルナトリアに採寸から着脱衣まで全てやられた。

 外見がガキンチョだから内心での羞恥心が消えるわけではない。

 死ぬほど恥ずかしかったんだ。

 ときどき何見たか知らないけど、肩震わせて笑ってたし……。

 あの獣人の濃紺のショートヘアメイド……絶対忘れねえぞ!


 指定のカバンや制服、日用品などの準備を終え、学園のある王都の別荘に居を移した俺は、ミーシアと顔を突き合わせていた。


「おいあのメイドなんでいるんだよ」


「そりゃあ私の専属だもの」


 話題は俺の全部を見たあの獣人のメイド。

 普通の女性と比べて背が高いので、試着の時パンツを剥ぎ取られて俺の届かないギリギリのところでふりふりされた苦い思い出が蘇った。

 必死に取り返そうとして飛び跳ねる俺を見るあの黄金色の目が愉悦に歪むのは屈辱だった。


「なに? ルナトリアに何かされたの?」


「……いや、別に」


 そんなことミーシアに言えるわけがない。


「ふぅん。まあ仕事も正確だし強さも保証できるし、付き人としてはこの上ない人選よ。……あの部分を除いては」


 へぇ〜。あの人強いんだぁ。

 最後なんて言ったかわかんないけどそれはまあいい。

 俺は先日のミーシアの言葉を思い出してニッコリと微笑む。


「ん? じゃあ別に俺が護衛するみたいな理由付け要らなくない? 帰るわ」


 荷物全てを置き去りにして逃げようとする。

 するとミーシアが慌てて腰をホールドした。


「ちょちょちょちょ、待ちなさい!」


「いやだー!」


 しかし腰に回した手と手を繋ぎきれずにホールドが外れ、ミーシアとの距離が開く。


「うおおおお!」


 俺は帰ってリリムちゃんと遊んで暮らすんだ!

 玄関を勢いよく開き、外に飛び出す。


「ルナトリアッ!」


「はっ」


 背後でミーシアがあのメイドの名前を呼ぶ声がする。

 だが、もう少し行けば夜の暗い通りに出る!

 勝ったーーー!


 そう確信した時だった。


「の〜あ〜きゅ……様。おいたはいけませんよ」


「うおぁっ!?」


 いつのまにか背後にいたルナトリアが片手を腰に回し、片手で俺の両手首を捕まえる。

 てかこいつ『きゅん』って言おうとした?


「お嬢様がお待ちです。大人しく帰りましょう……♡」


「ちょ、そう言って服の中に手を入れるな! 体をまさぐるな……!」


 腕ごと片手で抱え込んだルナトリアは、ゆっくり帰路について俺の体のあちこちをまさぐるのだった。




「あら、おかえ……なんだか妙な卑猥さを感じるわね」


 俺たちを出迎えたミーシアは少し恥ずかしそうに告げる。

 散々体を触られ、必死に抵抗した俺は額に汗を浮かべ、服を着崩していた。

 一方ルナトリアは頬を少し染め、鼻息が荒くなっている。


「お嬢様、のあさま♡を捕まえてきました」


 なんか妙に俺の名前の部分だけ甘い口調じゃないか?


「ちょ、もう逃げないから離して!」


 いつのまにか俺を大きなぬいぐるみのように両手で抱き抱える体制になっているルナトリアに抗議の声を上げるが、彼女は首を捻るだけである。


「何言ってるかわからない、みたいな顔してんじゃねえ!」


「ルナトリア。その辺にしときなさい」


 鶴の一声が飛んだ。


「……かしこまりました」


 そう言ってルナトリアは素直に俺を下ろす。

 俺が離れて行くと、名残惜しそうに「あぁ」と声を漏らしている。

 ……このメイド、薄々感じていたがまさか。


「はぁ。あなたねぇ、小さい男の子が好きなのは分かったけど、ほどほどにしなさいっていつも言ってるでしょう!?」


 ショタコンだ!

 だからなんか捕食されそうな感じがして苦手だったんだなあ。


「うぅ……だってぇ」


 厳しい言葉にうわずった声を出し、オオカミのような耳をしょぼんと垂らすルナトリア。


「だってじゃありません!」


 過去になんかやらかしたんだろうなあ。

 思ったよりキツい言い方をするミーシアを見ているとそう感じる。

 すると、ルナトリアの耳と尻尾がぴこーん!と上を向く。


「ですがっ! のあさま♡はこれからずっとこの小さなお身体、高くかわいい声、幼くきゅーとな容姿だとぬす……お聞きしましたっ! まさに私への贈り物ではないですか!?」


 盗み聞きって言いかけたな。


「……わかりました」


「み、ミーシア!?」


「お嬢様っ!」


 おい裏切るのか!

 驚いた俺と対照的に、ルナトリアは手を顔の前で組んで目をキラキラさせている。


「私たちが何事もなく無事に学園生活を送り終えたならば、ノアを分けてあげるわ」


「何事もなく、無事で……」


 ミーシアの条件に、ルナトリアは神妙な顔をする。


「ふむふむ……余裕でございます☆」


 ルナトリアは思案した後、勝ち確かのように飛び跳ねた。

 まずい、このままじゃ俺は喰われる……!


「ちょ、勝手に決めないで!? 俺の意見は!?」


 慌てて意義を唱える俺を、獣のような縦長の瞳孔の目と深い青目が捉える。


「あなたは真面目に生活してないとその分ルナトリアに分ける時間増やすから、なるべく真っ当に生きることね」


 ん?

 俺は必死に考えた。

 問題が起きなかったらルナトリアに俺が分けられる。俺が問題を起こせばルナトリアに分ける時間が増える。

 つまり、必ず俺はルナトリアに時間を割かねばならないということである。


「なんで……」


 俺はガックリと膝を折り、地面に手をついた。


「なんでこうなったぁぁぁっ!」


 悲痛な叫びが夜空に消えていった。





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