第6話 文化祭

「それでは、文化祭の出し物はロミオとジュリエットのパロディってことで、決定しまーす」


 文化祭実行委員が壇上で声をあげた。沸きあがる、拍手。


「続きまして、配役決めを行いますが、推薦ありますかー?」

 その声を聞き、待ってましたとばかりカースト上位女子グループの一人が、

「ロミオはもちろん大和君だと思いまーす!」

 と言った。

 ワーッと盛り上がる教室。

 男子ですら、『まぁ、しょうがないよな』という雰囲気である。


 タケルは嫌そうに眉をひそめたが、とても断れるような雰囲気ではない。

「はい、ではロミオは大和君で決定でーす! 続きましてジュリエットですが~」

 ザワ、と教室が揺れる。クラスの女子の半数以上がジュリエットを狙っている感じだ。


「私、やりたいでーす!」


 手を上げたのはタケルを推薦したカースト上位…というか、当クラストップと言っていいであろう牧野つばさ。タケルが転校してきた初日、いの一番に私を呼び出して文句をつけてきた人物でもある。


「牧野さんですね。他、います? いませんよね?」

 ああ、文化祭実行委員はグルだ。出来レースだ。有無を言わさず黒板に二人の名前を書き、花丸をつけた。

「では、残りの配役は、お手元の用紙にみんなの意見を書いてくださーい。多数決で決定しまーす」


 配られたプリントを見る。主役の二人以外の配役が書いてあり、その横にスペースがある。ここに名前を書けということか。


「放課後までに出してねー」

 ホームルームはあっという間に終了した。早速つばさがタケルの席に歩み寄り、

「大和君、よろしくねぇ」

 と猫なで声で擦り寄っていた。

「でも俺、部活とかあるし……」

 タケルが精一杯の抵抗を見せるも、

「大丈夫だよぉ。もし平日が駄目なんだったら、週末に集まったりすればいいし、ね?」

 なるほど、お近付き大作戦ということか。

「う……ん……、」

 タケルがチラッと私を見た、のが横目に映った。


「投票かー、どうする?」

 みずきがピラピラ、と用紙を振って言う。

「私は、役者は遠慮したいな。裏方ならなんでもいいけど」

 香苗が言った。

「私も役者は無理だなー、部活あるし。志穂は?」

「え? 私? 私だって役者なんか絶対無理だよー! 小道具とか音響とか、そんなんでいいかな」

「じゃあ、適当に書いて出そうか」

「うん、そうしよう!」


 クラスの中でも目立つ子達を適当に役に当て嵌め、書く。


 今回の劇はいわゆる『クラス対抗』である。文化祭の中でも割とメインに近い催しで、各クラス結構な熱の入れようだ。

 ロミジュリは毎年人気の演目で、主役二人はこれきっかけで付き合ったりするパターンも少なくないのだそう。他のクラスと被らないように演目は抽選なので、牧野つばさ的には、実行委員は良い仕事をした…のかもしれない。


「それにしても、あからさまよねぇ、このストーリー」

 香苗があらすじを読んで複雑な顔をする。

 本当のロミジュリは二人とも死んでしまう悲劇だが、これはパロディ。なんと二人は無事生き伸びて幸せに暮らしましたとさ、のハッピーエンドなのだ。


「噂ではキスシーンも書くんだってよ」

 みずきが声を潜めて、言った。

「いいの? 志穂」

 からかうように、香苗。

「はっ? なにがよっ?」

「だって……ねぇ?」

「ねぇ?」

 二人がニヤニヤしながら私を見る。

「やめてよっ、関係ないしっ」

「でもさ、大和君は気にしてたみたいだから、志穂のこと」

 チラ、とタケルを見てみずき。

「ほんと、やめてください」

 手を合わせ、お願いする。

「はいはい、わかったよ。あ、そういえば志穂さ、初日以外絡まれないの、なんでなのかって不思議がってたじゃない?」

「うん」


 そう、初日の呼び出しラッシュが嘘のように翌日からはまったく何も起こらない。なんでかなぁ? って話を、二人にはしていた。


「あれ、謎解けたよ」

「そうなのっ?」

 香苗も興味津々だ。

「大和君がね、言い寄ってくる女子たちにかなり強い口調で言ってるみたい。『有野さんに迷惑かけるようなことがあったら絶対許さないから』って。『自分のこと思ってくれるのは嬉しいけど、それだけは絶対許さない』って。だから女子たちからの嫌がらせはない。そして女子たちはそんな甘~い王子様気質の大和君に更に惚れ直し、志穂のことは眼中にない状態、ってわけ」

「ほぇぇ、すごいね」

 香苗が驚きの声を上げる。

「そ……そうデスカ……」

 私は何故かカタコトになる。

「なんか、すごいよね、大和君。顔だけじゃなくて心もイケメンって感じ!」


 うう……そう……なんだろうか、やっぱり。なんでそんな人に好かれてるんだろう。彼の姿(宇宙人)が見えるってことが、そんなに重要なんだろうか。


「ま、その話はいいとして、文化祭、楽しみだね!」

 私は適当に話を濁した。


 そして翌日、なんだかとんでもないことになるのである。


*****


「こ、これって……、」


 朝のホームルームで台本が配られた。それと一緒に配役も発表されたわけだが、


「悪徳令嬢って、なに!?」


 台本のキャスト欄に、私の名前があった。しかも役名は『悪徳令嬢』となっている。ロミジュリに悪徳令嬢なんか出てこないでしょうにっ!


 パラパラと台本をめくる。悪徳令嬢は、ロミオとジュリエットの仲を邪魔する役らしい。そして最後は処刑される。


「志穂……、」

 わなわなと震える私の肩にみずきがポンと手を置き、言った。

「これが本当の、公開処刑ってやつだね」


 うまい! 座布団一枚!


「って、ちょっと!」

 香苗もまた、同情の眼差しで私を見ている。

「がんばれー、志穂」

 心がこもってない!!


 こんな舞台、一体どうなるんだろう。


 私は文化祭が楽しみではなくなってきていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る