第4話 住処(すみか)
私の調べによると彼女の名前は前園裕子と言った。
ホームレスになってから街はずれの寂れた神社を根城にしていた。
無人になったその神社は手入れすら行き届いていない。
雑草が生い茂り長い間、人の往来が無い事を物語っている。
私は裕子に会うためにその神社を訪れていた。
折角めかしこんだ洋服が雑草で汚れていくのは嫌だったが何とか裕子に会いたかった。
長く伸びた雑草をかき分けながら奥へ向かう。相変わらずボロボロの格好をした裕子が奇妙な踊りを踊っていた。
「ハ~イ…何してるの…それ?」
裕子は私の存在を確認してもその踊りは辞めようとしない。
寧ろ、どうだ!と言わんばかりに見せつけている。
「またアンタか?これはヨガだよ!」
裕子はそんなこともわからないのかといった顔をしているが、それがヨガだとわかる人間がどれだけいるだろうか?
「それより…良くこんな汚いところに住んでいられるわね…」
私は裕子の反応を楽しむために少し大げさなリアクションをしてみせた。
凄く嫌そうな顔で辺りを見回した。
「大きなお世話だ!いずれ私はのし上がる‼」
「どうやって…?」
たぶん私の顔はきょとんとしていただろう。
ここからどうやってのし上がろうというのだろうか?
「一発逆転だ‼昨日なけなしの金でロト6を買った!」
なんと裕子は昨日の痛い目を全く学習できていなかった。
予測はついた事だがここまでくると面白くて笑ってしまう。
声には出していなかったが私の顔はエロいおじさんの様にゆるんでいた事だろう。
「もうすぐ私の元に大金が転がり込む!そうなってからでは後の祭りだぞ!私への態度を改めるのだ!」
「ハハハハハ…」
全く末恐ろしい。その根拠のない自信はどこから来るのだろうか?
私は笑わずにはいられなかった。
「ところで今日は貴女に良い話を持ってきたのよ」
私は気を取り直して話を切り出した。
裕子に会いたかった目的はここにあった。
「ど、どんな儲け話だ‼」
裕子は血相を変えて私に掴みかかった。
彼女にとっての良い話とは儲け話以外は無いのだろう。
「違うわよ…働き口の話を持ってきたの」
「働き口……………………断る!」
裕子のテンションが急激に下がった。私に襲い掛かるかのように肩を掴んでいた手も力を無くしそっと離れた。
「私は何もしたくない!ギャンブルをしながら面白おかしく暮らして生きたいんだ!」
裕子は迫力のある言い回しで熱弁モードに移行する。
「できればナメクジの様にウニョウニョしながら何も考えずに過ごしたい‼私が何かをするとすればそれはギャンブルだけだ‼」
「もし仮に玉の輿になれる様な話が来たとしても、努力はしたくないし、その生活を維持する為に頑張るのだって嫌だ‼」
「目標や夢に向かって進みたくないし、適当に生きて棚ボタ的なラッキーに恵まれて自堕落に暮らしたい‼」
私は裕子の迫力に圧倒されていた。そして彼女の事を見誤っていた。
彼女の根底にあるのは死ぬまで何もせずに生きたいという事。
一発逆転を狙うのも贅沢がしたいとかお洒落がしたいという訳では無かった。
ギャンブルで大穴にデカく張るのも、それが大当たりしたら後は勝負をしなくても良いからだろう。
その後は退屈しのぎにチマチマやっていれば良い。大金が転がり込めばお金の心配は無いのだから。
彼女をそばに置いて観察を企てていた私の目論見は見事に外れた。
「凄い…想像以上だわ…」
しかしこうなってくると今まで以上に今後の彼女を見てみたいという欲望が強くなる。
こんな刺激的な人間がいたら退屈など感じないだろう。
「わ、わかったわ…じゃあ、住む場所を提供するのはどう?」
「私は一銭も持って無いぞ…それにアンタに何のメリットがあるんだ?」
私は苦し紛れに住処を提供するという案を出した。
「実は知り合いのアパートの大家さんが困っててね…何年も空き部屋でずっと使われていない部屋があるそうなのよ」
「使って無いと劣化して痛むし、誰かに暮らして貰いたいみたい」
苦し紛れの嘘だったが何とか上手くいった。
「事故物件か⁈事故物件って奴か⁈」
何故だか彼女のテンションは上がっている。
「実は…そうなんだけど貴女はへっちゃらよね」
彼女の性格からして事故物件を面白がる事はあっても怖がりはしないと思った。
「ああ…まあそれなら納得か…」
「そう!それは良かったわ!今からいける?」
「ああ…別に構わんよ…」
私の作戦は何とか成功した。これで彼女を観察する事ができる。
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