第34話 姉さんは格好いい

「ずっと聞きたかったんですけど、仮面はなんのつもりだったんですか?」


 私は姉さんに率直な疑問をぶつける。

 すると姉さんは「え!」と間抜けな声を出す。


「もしかして正体バレてた!? ここぞというときに仮面を外してビックリさせたかったんだけど!」


「バレバレですよ。シリルくんは気づいてませんでしたが」


「そっかぁ……シリルくんには正体を隠せたか。本当、シリルくんは癒やし系だよ。ま、試合の相手としては、まるで癒やしてくれないと思うけど」


「ええ。次の試合がシリルくんかと思うと、震えが止まりません」


「おやおや。アイリンちゃんはもう私に勝ったつもりでいるんだ?」


「負けるつもりで試合に臨むのは相手に失礼では? 私はシリルくんにだって勝つつもりでいます」


「なーるほど。それもそうだね。じゃあ私も優勝目指して頑張るとしますか」


 姉さんは軽い口調で言う。

 しかし込められた覚悟が軽くないと私には分かる。

 ずっと一緒にいた姉妹だ。

 なんだって分かる……とまでは言えないけど、それくらいは分かるつもり。


「あのさ」


「なんですか?」


「前に私のこと、メチャクソにやっつけてくれて、ありがとね。あれで目が覚めた。諦めてる自分を大人だと思ってた。魔法を学び始めた頃の気持ちを忘れてた。アイリンちゃんのおかげで思い出したよ」


「そうですか」


「あと、格好悪いところ見せて、ごめんね。今日はお姉ちゃんらしく強いところ見せるから」


「……もう見せてもらってますよ。姉さん、強いです。強くなるだろうって思ってましたが、すでに想像以上です。この短期間で、本当に凄いです」


「そっか、そっか。にしし……嬉しいものだね、妹に褒められるのは。けど、まだまだこんなものじゃないよ。もっとお姉ちゃんらしいところ見せてあげる」


「それは楽しみです。私は昔から姉さんに憧れてました。姉さんが私を引っ張ってくれました」


 その姉さんがいつからか、自分の限界みたいなのを意識するようになった。

 最強を目指さなくなった。

 私はそれが嫌だった。

 またその姉さんの瞳がギラギラしてきた。

 嬉しい。


 けれど――。


「けれど、勝つのは私です!」


「いんや、勝つのは私だよ!」


 黒いオーラが姉さんを包んでいく。

 いつも姉さんが操っていた黒い剣士……姉さん自身がそれになっていた。

 大きさは姉さんと同じで、手に持つ剣も身長と同じくらいの長さ。いつもの巨体とは似ても似つかない。

 そのせいで逆に、魔力の密度が濃くなっている。

 しかも姉さんの皮膚から直接魔力を供給しているから減衰がない。


 強い。

 骨までビリビリくるようなプレッシャーを放っている。


 姉さんは前傾姿勢になり地を蹴った。反動でリングが抉れる。

 恐るべき急加速。

 単純に、その速度と質量を乗せた体当たりだけでも必殺技と呼ぶに値する。

 そこに姉さんの魔力で作られた鎧と剣が加われば、悪夢のような破壊力になるのは必然。


 無論、私は逃げない。避けない。防がない。

 攻撃をぶち込む。真っ向勝負だ。


 私がまず、、作ったのは、姉さんの剣と同じような刃渡りの氷剣。

 超低温で、高密度。

 シリルくんの光剣とだって鍔迫り合いできるという自負がある。

 なのに姉さんの黒剣と私の氷剣は、相打ちになって互いに砕けた。


「勝った! それだけの氷を出した直後なら、ほかの魔法は使えないでしょ!」


 姉さんの左拳が私に迫る。


「違いますよ、姉さん。これだけの氷を出した直後だから、できることがあるんです」


 私は姉さんの腹部に左手を添える。

 氷とは真逆の炎を解き放つ。

 急激な温度上昇が爆発を引き起こす。


 結果、姉さんは吹っ飛んだ。

 吹っ飛びながら、まとっている黒い魔力を失っていく。

 黒い剣士の姿から、金髪の少女へと戻っていく。


 場外に落ちる姉さんは、記憶にある姉さんより小さかった。

 当然だ。幼い頃と違って、今は身長差がほとんどない。

 それは先日、私が圧勝したときにも感じた。


 だけど今日の姉さんは、ちゃんと、姉さんだった。


 昔ほど大きくないけど。勝ったのは私だけど。

 恐ろしい相手だった。好敵手だ。もう一度戦ったら勝敗が覆るかもしれない。


 私は自分の頬に触れる。

 血が滲んでいた。

 姉さんは爆発で吹っ飛びながらも、私の頬に拳を当てていたのだ。


「私の勝ちですね、姉さん」


 絞り出すように宣言する。

 言うほど実力差はない。互角に近い。

 前に戦ったときは大きな差があったのに。互角に詰められた。

 もしこの試合が明日だったら……考えたくもない。


「アイリンちゃん……私、強かった? 苦戦した? 本気だった?」


 私はそれらの質問に一言で答える。


「メッチャ恰好よかったです」


 それを聞いた姉さんは大の字に寝そべったまま、勝ち誇るように拳を天に突き上げた。

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