第27話 中央大陸へ
家に帰るとエルスさんはボクたち三人の合格を祝福してくれた。
「おめでとう。正式な冒険者になったからか、三人とも顔つきが違うな。迷いが消えたという感じだ」
「ありがとうございます。まあ、私と姉さんの顔に迷いがあったとしたら、それは師匠がいつまでも受験する許可をくれなかったからですけどね」
「ねー」
アイリンお姉ちゃんとフェリシアさんは、師匠へジリジリと近づいていく。
エルスさんは緊張した顔で後ろに下がる。
「……冗談です。さすがにもう許しました」
「師匠のうっかりのお陰で、ほかの受験生に無双できたし。シリルくんと三人一緒に合格できたし。ま、結果オーライってことで」
「そうか……ふふ、実はすべて計算ずくだったのさ」
「師匠。調子に乗らないでください」
「同じようなのがまたあったら、耳がふやけるまでやるからね」
「ひっ!」
エルスさんは両耳を押さえて二階に逃げ込んでしまった。
その数秒後。
どこからともなく声が聞こえてくる。
『聞こえるか。私は今、魔法を使って、お前たちの頭に直接話しかけている』
「聞こえるけど、どうして同じ家にいるのに、わざわざ魔法を使って話しかけるの……?」
ボクは質問する。
『それは、顔を合わせるとアイリンとフェリシアになにをされるか分からないからだ』
「師匠って、超高度な魔法をくだらない理由で使うよねー」
「それだけ素晴らしい魔法師ということです。尊敬します。私たちのテストを忘れなければ、より一層尊敬できるのに……」
「いやぁ、これマジで難しい魔法だと思うぜ。こんな魔法を使える奴が弟子を怖がるなんて変な話だよなぁ」
『うるさいな。とにかく伝えることがある。この船ステラリスは、補給のため、中央大陸の魔法師協会本部に向かうらしい。いい機会だから、シリルは実家に行って、父親と決着をつけたらいいんじゃないか? 今のお前の実力を見てどんな反応をするか、確かめてこい。ちなみに到着予定日はこれだ。以上』
二階から紙がひらりと落ちてくる。
それきりエルスさんの声は聞こえなくなった。
「この船が中央大陸に……ボクは実家に帰れるのか……」
父上が認めるくらい強くならないと、ロンチフォードと名乗るのを許さないと言われた。
父上が求めている水準が分からない。
けれど、この船で一番強いエルスさんは認めてくれている。
黒帯たちが集うテストでも一番になれた。
今のボクは強い、と思う。
だから多分、父上も……。
「シリルくん。実家に帰っちゃうんですか……?」
アイリンお姉ちゃんが、悲しそうな声で話しかけてきた。
それでボクも気づく。
実家に帰って、ロンチフォード男爵家の長男と認めらる。それはつまり、この船を離れるのを意味する。
アイリンお姉ちゃんたちは船に乗って旅を続ける。
もう二度と、会えないかもしれない。
「ボクは……父上に認められるために生きてきた。それはアイリンお姉ちゃんと出会うずっと前から。だから……みんなとお別れするのは辛いけど……行かなきゃ!」
「……正直、シリルくんとお別れしたくありません。けれど、自分の家に帰るのを止める権利は誰にもありません……」
アイリンお姉ちゃんは泣きそうな顔だった。
そんなにボクと離れたくないと思ってくれるのは嬉しい。そして、だからこそボクも離れたくない。
全員が一緒にいられたらいいけど無理だ。
それぞれに譲れない目的があるんだから。
「あー、もう、辛気くさいな! 中央大陸に行くまで一ヶ月以上あるんだし、補給のために半月は停泊するし。まだまだ一緒にいられるんだから、その間に思い出を沢山作ろうよ! ね! 今は楽しいこと考えよ?」
二階から落ちてきた紙を見ながら、フェリシアさんは明るい声を出す。
「フェリシアはいいこと言うぜ。それに離ればなれになったからって一生会えないわけじゃねーし。補給はこれ一回きりじゃなく、定期的にあるんだろ? なら、そのタイミングで会えばいいじゃねーか。なんならシリルが空飛ぶ船を手に入れて、自分から会いに行くって手もあるし。ちなみにオレっちはなにがあってもシリルのそばにいるからな」
続いてパルも励ましてくれた。
それでボクとアイリンお姉ちゃんは、なんとか泣かずに済んだ。
「そうですね……今生の別れじゃありません。シリルくんを笑って送り出すために、今のうちに沢山遊びましょう!」
「うんうん。冒険者ギルドの仕事をしてる場合じゃないよ、これは。一ヶ月は長いようで短いし。さて、なにして遊ぶか、じっくり考えよう」
フェリシアさんは本気で考え込む仕草をする。
すると彼女が持っていた紙が床に落ちた。
ボクはそれを拾い上げ、日程を確認する。
そして、大切なことに気づいた。
「中央大陸に停泊する期間……王都の武闘大会と重なってる!」
父上は王都の武闘大会に毎年出場し、毎年優勝している。
ボクもその武闘大会に出て、父上と戦う……それこそが実力を見てもらう最善の方法なんじゃないか?
実力は、口で語るものじゃない。
なにも言わずに大会に出よう。
これまで培った全てを父上にぶつけるんだ!
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