第22話 ギリギリ二十代

 ボクが冒険者船団の母船『ステラリス』に来てから一週間が経った。

 毎日、四大属性の練習を欠かさずに行っている。

 おかげで、雨を降らせようとして水の塊を落とす失敗はしなくなった。


 それだけじゃない。

 剣光砲にほかの属性を乗せて飛ばせるようになった。

 たとえば――。


「やっ!」


 ボクは掛け声とともに、一本の光剣を作り、頭上に浮かべた。

 続いて魔力を炎属性に変換し、光剣にまとわせる。

 燃える剣の完成だ。


「シリルくん、今日も調子いいね! じゃあ、これを狙ってみよっか!」


 フェリシアさんは土魔法で地面の形を変え、標的を作ってくれた。

 人間っぽいシルエット。身長四メートルほどの巨人だ。

 

「動いたほうがやる気が出るよね! 歩け! シリルくんを捕まえろ!」


 土の巨人はフェリシアさんの命令に従い、ボクに向かってきた。


 炎をまとう光剣が、それに向かって一直線に飛ぶ。

 まず芯になっている光剣が、巨人の真ん中を貫き、刃を深々と突き刺した。

 続いて刃から炎が広がる。

 巨人の傷口から溢れた炎がその表面を這い、胴体をあっという間に灼熱で包んだ。

 のみならず、巨人の体内でも炎は燃え続けている。

 外と内から同時に焼かれた土の巨人は、パリパリに乾き、まるで陶器のように硬くなった。


「おお! 完全に固まって動かない! いやぁ、凄い火力だねぇ。しかもベースが剣光砲だから貫通力もある!」


「剣光砲を普通に使うだけでも難しいのに、ほかの属性を重ねがけするとはなぁ。よくもまあ、打ち消し合わないように調整できるもんだ。シリルにはいつも驚かされるぜ」


「やっぱりパルくんから見ても、凄い技なんだ」


「おう。けどシリルはキョトンとした顔だから、本人はなんとなくやってるんだろうな」


「シリルくん、そういうとこあるよね。アイリンちゃんと同じ、感覚派だ」


「シリルは剣光砲を完全マスターできるだろうけど、シリルが誰かに教えるのは絶対に無理だなぁ」


 フェリシアさんとパルはボクを見て、なにやら語り合う。

 実際、ボクはどの魔法も『なんとなく』でやっている。フェリシアさんみたいに理論を分かりやすく説明するなんて無理だ。

 感覚派、か。

 アイリンお姉ちゃんとおそろいってのは、ちょっと嬉しいかも。


「いやぁ、しかし、内側から焼かれるとかエグすぎて、自分じゃ絶対に喰らいたくないよ……」


「人間相手にこんな攻撃しないよ」


「だよね! シリルくんが『ぐはは! 我が炎で苦しむ人間を見るのはなによりの愉悦だ!』とか言い出したら、ショックで眠れないもん!」


 子供向けの物語に出てくる悪役かな?


「内側からじゃなくても、シリルくんの炎魔法を喰らったら誰だって無事じゃ済まないでしょうね」


 突然、背後からアイリンお姉ちゃんの声がした。

 ボクとパル、フェリシアさんは驚いて振り返る。


「びっくりした! アイリンちゃん、いつからそこにいたの!?」


 フェリシアさんがそう質問するのも当然だ。

 アイリンお姉ちゃんは、ボクが土の巨人を焼くのを見ていたらしい。けど、気配が全然しなかった。

 と言うより、こうして目に映っているのに、まだ気配を感じない。

 いるはずなのに、いないと頭が感じている。

 混乱してくる……。


「どうやら、上手くいったようですね。この技は使えそうです」


 アイリンお姉ちゃんは満足げに呟く、

 次の瞬間、気配が戻る。

 そこにいる、としっかり感じられるようになった。


「気配を消す技?」


 ボクが質問すると、アイリンお姉ちゃんは得意げな笑みを浮かべた。


「ええ、まあ、そんなところです。まだ詳しいことは秘密ですけど。それより、この土の巨人、どうするんですか? こんなの庭を置いたら師匠に怒られますよ」


「また土に戻せばいいのさ! シリルくん、やっちゃいな!」


「はい。それでは!」


 巨人が硬くなったのは、炎であぶられて乾燥したからだ。

 ならば水分を与えてやれば、また土になり、庭の一部に戻る。

 とはいえ、これだけカチコチになってしまえば、少しの水を表面にかけたくらいではどうにもならない。

 ならば少しではない量を、表面以外にも与えてやればいい。


 ボクは集中する。


 一週間前まで一度に作れる光剣は十三本だった。

 今でも剣と呼べる大きさだと、それが限界だ。

 しかし、もっと小さなものなら、数を増やせるようになった。


 ただ、数を増やせば増やすほど、それを作るのに集中力を使う。

 ボクは息を止めて魔力を制御し、裁縫の針のように細い光剣を巨人の真上に並べた。

 千本以上だ。


 その全ての表面を水でコーティングして発射。

 貫通力を持った雨となって降り注ぐ。


 すっかり乾燥していた陶器の体が内側からみずみずしさを取り戻し、艶やかな土になる。

 ボクはそこに水魔法の追い打ちをかける。剣光砲を介さない、ただの雨だ。

 すると巨人は更に水分を吸い、土を通り越して泥になってしまう。

 当然、巨体を支えきれず、自重で崩壊。

 ぐしゃりと地面に広がり、庭と完全に一体化した。


「お見事! 乾燥した肌に内側から直接潤いを与えるなんて、シリルくん、エステ開けるよ! 女性の味方だよ! とりあえず私とアイリンちゃんに潤いくださいな」


「私は別にいらないです」


「えー、なんでー? 私たち女の子なんだから、魔法の修行ばっかりしてないで、美容に気を遣おうよー。さあ、興味を持て!」


「興味がないわけではありません。ただ……私も姉さんも、十分に潤いがあると思っただけです」


「むむ? まあ、確かに」


 フェリシアさんは自分の頬と、妹の頬を同時にムニムニとつまむ。

 実際、二人とも綺麗でみずみずしい肌だ。


「でもー、でもー。エステとか憧れない? 私、やってみたいよー」


「はあ……なんにせよ、シリルくんにしてもらうのは駄目だと思いますよ。剣光砲で穴だらけにされちゃいます」


「あはは、それは確かに。美人になれても、死んじゃったら意味ないもんねぇ」


 どうやらフェリシアさんは最初から冗談で言っていたようだ。

 そりゃそうだ。

 剣光砲を美容に応用なんて危なすぎるよ。健康法ならともかく。


「あ! そうだ! 師匠にやってあげなよ! あの人、不健康な生活してるから肌がガサガサだもん。師匠なら剣光砲をいい感じに防御するから、丁度よく肌で止まって、水分を与えられるんじゃない? うん、うん、そうしなよ。だいたい師匠ってばもう結構な歳なのに自覚ないんだから――」


 フェリシアさんは最後まで語れなかった。

 いつの間にかベランダにエルスさんがいて、聞き耳を立てていたのだ。


「私はまだギリギリ二十代だ!」


 怒りの雷魔法を弟子に落とす。


「――あぎゃばばばばばばば!」


 フェリシアさんは悲鳴を上げながら奇妙な踊りをし、糸が切れたように倒れる。

 プスプスと煙が上がった。


「……エルスさんってそんなに自分の歳を気にしてるの?」


 ボクはアイリンお姉ちゃんにそっと質問する。


「はい……なので今の姉さんのようなことは絶対に言わないでくださいね」


 大人の女性に年齢の話をしてはいけないとなにかで読んだけど……まさか、これほどとは思わなかった。


「なあ。エルスにわざと歳の話を振れば、雷魔法を防ぐ練習ができるんじゃねーか?」


 パルがとんでもないことを言い出す。

 実はいいアイデアかも。

 いや、だめだ! エルスさんに失礼すぎる!

 人が嫌がると分かっていることを言うなんて……魔法の修行のためとはいえ許されない。許されないんだ!

 ボクはその誘惑を一生懸命否定した。


 けどエルスさんの雷魔法……喰らってみたい……。

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