第8話 氷使いの少女

 ボクとパルは現場に到着した。

 けど、すぐに飛び出しはしない。

 亀に追いかけられているのがどんな人か、まず見極めたほうがいいとパルが言ったからだ。

 もっともな話なので、ボクは木の上に登り、様子をうかがうことにした。


 巨大亀は六匹もいた。

 亀だから動きが遅いだろうと思っていたけど、想像よりずっと早く走り回っている。馬とほとんど同じだ。

 ボクが前に遭遇したときは、亀が走り出す前にパルが倒してしまったから分からなかった。

 ちょっとした家くらいあるモンスターがそんな速度で移動して、しかも炎を吐く……なかなか迫力ある光景だ。


「亀の群れに追いかけられてる嬢ちゃん、まだ無傷だぜ。なかなかやるなぁ」


「うん。以前のボクと違って、ちゃんと健康な人だ。やっぱり普通の健康な人って、あのくらいのモンスターをものともしないんだなぁ」


「……なあ。もしかして……お前の言う『ケンコウ』って、オレっちが思ってるのと字が違うんじゃねーのか?」


「なに言ってるの、パル。健康は健康だろ……あ、見て! あの女の人、魔法を使おうとしてる!」


「おおっ、かなりの魔力だぜ! これは氷属性か!?」


 女の人は逃げるのをやめ、足を止めて亀の群れに向き直る。

 そして練り上げた魔力を解き放った。

 魔力は氷の壁となり、女性と亀の間にそびえ立つ。

 離れた場所にいるボクでさえ温度が下がったのを感じる。氷はそれほどの冷気を秘めていた。

 亀たちの炎を受けても、ほとんど溶けない。

 それどころか亀の体当たりを防いでいる。凄い強度だ。


 戦闘は一時、膠着状態となった。

 ようやくボクは、女の人の姿をじっくり観察する。


「なんだ。あの嬢ちゃん、こうしてみると、まだ子供じゃねーか」


 パルの言葉通り、女性というより少女と表現すべき年齢だ。

 まあ、十歳のボクよりは年上だろうけど。

 おそらく十四か、十五か、そのくらい。


 肩にかかるくらい伸ばしたセミロングの髪は、銀色。

 まるでそれ自体が発光しているかのように輝いて見えた。

 凄く綺麗だ。

 そして彼女の顔立ちもまた、髪に劣らず、整っていた。


 ボクは、小さい頃に死んだ母上が世界一の美人だと思っていたけど、あの人はそれに匹敵しているかもしれない。


「お。そろそろ氷の壁が砕かれるぞ。助けに行ったほうがいいんじゃねーか?」


「いや。多分、大丈夫だよ」


 あの人の魔力にも表情にも、まだまだ余裕がある。


 とはいえ、氷の壁はパルが指摘した通り、砕けてしまった。

 ここからどうするのだろう?

 別の手段で防ぐのか。攻撃に転ずるのか。

 遠くから見ているだけでは、さすがに読めない――。


「氷の欠片が、落下しない?」


 砕けた氷の壁は地面に散らばらず、むしろ空に向かって高度を上げていく。自然現象とは思えない。明らかに、あの少女がコントロールしている。


 氷は砕けて細かくなったとはいえ、そのほとんどが人間の頭部よりも大きい。

 そんな大きな氷塊が、巨大亀の群れへ流星のように降り注いだ。

 衝撃で亀の甲羅はヘコんだり、割れたりしている。

 ついにいくつかの氷が甲羅を貫き、亀の内部へ侵入を果たした。


 すると、地中で種が発芽するように、亀の体内で氷が大きく成長した。

 無数の鋭い氷の刃が四方八方に伸びていく。

 その姿は亀というより、ハリネズミに見える。


 当然、巨大亀は六匹とも即死だ。

 血液さえ凍り付き、立ったままの姿勢でピクリとも動かない。


「すげーな。あの嬢ちゃん、本当に全部倒しちまった。相当な氷使いだぜ」


「うん。強かったし、格好いい戦い方だった。ボクもあんな風に戦えるようになりたいなぁ」


「なに言ってやがる。シリルの剣光砲だって格好いいんだぞ。まあ、自分が技を使ってるとこは自分じゃ見えねーから、分からねぇと思うけどよぉ」


「ありがとう。実はボクも、光の剣が飛んでいくのは格好いいと思ってたんだ」


 パルに会うまで、健康法というのは栄養管理とか運動を習慣づけるとか、そういうのだと思っていた。

 まさか魔力で光の剣を形成し、それを飛ばすなんて想像もしなかった。

 けど、それで実際にボクはこの上なく健康になった。

 世界は広い。知らないことが沢山ある。


 もっと色んな場所に行ったり、大勢の人に会ったりすれば、ボクの世界は広がっていくだろうか。


 たとえば、あの氷使いの少女と友達になれたら、ボクは父上が理想とする息子に近づけるだろうか――。


 なんて木の上で妄想していたら。


 突然、足下から振動が伝わってきた。

 ボクが登った木だけが揺れている、のではない。


 周りの木の葉っぱも揺れているし、少女も驚いた顔で足下を見ている。


 地面の下から、なにかの気配が迫ってきているのだ。


「おい、シリル。今度こそ加勢したほうがいいぞ!」


「うん。そうかもしれない」


 こっちはしょせん、健康法を会得しただけの人間だ。この二ヶ月間で、ようやく普通の人のレベルに達しただけ。

 一方、あの少女は、氷系魔法の達人だ。

 ボクなんかが出しゃばる必要はないのかもしれない。

 しかし足下から襲われたら、達人でも大変だろう。

 ボクはそれを少し離れた場所から見下ろしている。もしものときに手助けしやすい有利な位置だ。

 だから、割って入る心構えだけはしておく。

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