第6話 健康法は大岩を粉微塵にする

 パルと出会ってから、おおよそ二ヶ月が経った。

 ボクはますます健康になった。

 筋肉の見た目は変わっていないけど、魔力をコントロールすることで、身体能力が劇的に向上した。

 垂直に十メートルくらいジャンプできる。

 その高さになると、もの凄く遠くまで見えて気分がいい。


 ――これが健康な人の視線なのかぁ。


 ボクにとって一番見慣れた光景は、ベッドから見上げる天井。印象に残っているのは、疲れ果てて前のめりに倒れ、目の前に迫ってくる土。


 それらとは全然違う。

 開放感がある。

 健康って素晴らしい!


 ボクは空気を胸いっぱいに吸い込む。


 そして地面に降りてから、いつものように木の枝を拾って構える。


 いまや枝がなくても、光の剣を作れるようになった。

 けれど芯になるものがあったほうが簡単にできるし、光が強くなるのだ。

 パルいわく、木の枝じゃなく本物の剣ならもっと凄い威力になるらしい。

 けど、ここは無人島なので、剣は手に入らない。


 それにしても。

 ここに飛ばされたおかげでパルと出会えたけど、無人島からどうやって脱出しよう?

 パルは翼があるから飛んでいけばいいけど……さすがにボクは島から島へとジャンプできるほどの脚力がない。

 父上ならできるんだろうけど……。


 もしかして父上は、ボクがそのくらいのジャンプ力を身につけるのを期待しているのだろうか。

 だとすれば、狙って無人島に転送した?

 転送石はランダムだって言っていたけど、よく考えてみると、聡明な父上がそんなギャンブルをするはずがない。

 どこに飛ばされるか分からないというのはボクを精神的に追い込むための方便で、実際は、なんらかの方法で転送先を制御していたのだろう。


 やはり父上は偉大だ。

 努力を重ねて少しでも追いつかなきゃ!


 ボクは深呼吸してから、一ダースの小石を空に向かって投げる。

 集中し、小石の一つ一つを見極める。

 その全てに魔力を飛ばす。

 小石を起点に、光の剣を生み出す。

 形成された光の剣は、地面に落ちることなく、ボクの周りで静止した。


「よっしゃぁ! 空中で剣を作るのも、確実に成功するようになったな! もう、なんつーか……お前凄すぎるぜ!」


「ありがとう。パルが褒めてくれるおかげで、本当にその気になってくるよ」


「その気もなにも、実際にそうなんだけどな! ほれ、ぶっぱなせ!」


 パルの合図とともに、ボクは十二本の光の剣を一斉発射。

 標的はボクの倍はあろうかという大岩だ。

 光の剣はそれに吸い込まれるように突き刺さり、抉っていく。

 完全に見えなくなるまで埋まったところで、剣を一度止める。


 そして一呼吸ののち、風車のように回転させる。

 十二本の刃は大岩を内側から削っていく。

 また、衝撃が岩全体に広がっていき、表面にも無数の亀裂が走っていく。

 やがて岩は砕け、弾け飛ぶ。


 もはや大岩の姿はどこにもない。

 ただ無数の小石が散らばっているだけだ。


 これだけの破壊をもたらした光剣は、一本もかけることなく宙に浮かんでいる。


 それら十二本と、手に持っている一本。

 合計十三本が、今のボクが同時に作り出せる限界だ。


「すげぇ! 光の剣の持続力も、制御も完璧だぜ! 今のシリルを弱いって言える奴はどこにもいねーぞ!」


 パルは興奮した声を出す。

 ボクも少しだけ、そうじゃないかと思ってしまった。

 確実に成長していると感じる。

 父上の領域はまだまだでも、普通の人にはかなり近づけた気がする。


 全てはパルに出会えたおかげだ。


 そして、こうも思う。

 ボクが無人島に来たのが父上の思惑通りなら、パルとの出会いもまた、父上のシナリオなのではないか――と。


「ん? どうしたんだ、シリル。急に遠い目をしてよぉ」


「少しは成長できたつもりになってたけど……改めて父上の凄さを思い知ったよ。こんなんじゃ、きっと父上は認めてくれない。この程度の攻撃は、父上なら小指一本でできるはずだ」


「本当かよ!? お前の父親、本当に人間なのかっ!?」


「人間だよ。凄まじい才能を持ちながらも、その上に努力を重ね、人間としての限界を超えた強さを身につけた、偉大な戦士だ。父上に認めてもらうには、もっともっと強くならなきゃ……!」


「いまいち信じられねぇなぁ……」


 パルはやはり疑わしそうだ。

 無理もない。実際に父上に会ったことがないのだから。


 ボクは毎日、あの威圧感を身近で受けていたから知っている。

 そして、父上も自分で言っていた。

 ランドン・ロンチフォードこそが世界最強である、と。


 実のところ、ボクも父上が実際に戦っているところを見ていない。

 けれど、父上の口から語られた数々の武勇伝は嘘ではないはず。


 一万の大軍が父上を恐れて敗走した、とか。

 巨大な城を一人で破壊した、とか。

 ロンチフォード家は表向き男爵に過ぎないが、実は国王を裏で操っている、とか。


 全て真実に違いないのだ。


 そんな凄い父上に認めてもらうには、この程度では駄目なのだ。


        △


 ランドン・ロンチフォードは、長男シリルを追放した記念に、新しい剣を買うことにした。


 丁度いいタイミングで、昔から贔屓にしている商人が『岩をも切り裂く剣』というのを持って来た。

 その商人を連れて庭に出て、実際に岩へと振り下ろしてみた。


「おおっ! 本当に刃が岩にめり込んだぞ! なんという切れ味……これは紛れもない名剣だ! よし、言い値で買ってやろう!」


 ランドンはその剣を気に入り、商人が帰ったあと、自室でずっと眺め続けた。


「切れ味だけでなく、装飾も美しい……剣で岩を斬るなど不可能だと思っていたが、それを実現してしまう剣があったとはな……」


 そして、ふと、シリルに昔ついた嘘を思い出した。


ロンチフォード家の者なら、岩を斬れて当然だ、と言ってやったら簡単に信じてしまった。

 ほかにも、大軍を一人で敗走させたとか、国王を裏で操っているとか、色々とホラをついた気がする。


 シリルの気合いがあまりにも足りないので、やる気を出させるために嘘を並べたのだ。

 頑張ればいつかお前もそうなれるぞ、と。


 ランドン自身がどうかと思う嘘でもシリルはすぐ信じるので、面白くなって嘘に嘘を重ねていった。

 ほとんど寝たきりのシリルは、ランドンの言葉を検証しようがない。絶対にバレないから気が楽だった。


「それにしても、適当についた嘘だったのに、本当に岩を斬る剣を手に入れてしまった……くくく。ならばいつか、俺は国王を裏から操れるようになるかもな……」


 そしてランドンは妄想を存分に楽しんだ。


 この剣を使って、討伐困難とされているモンスターを次々と斬っていく。


 口から火を噴くという伝説の巨大亀も、妄想の世界でなら簡単に倒せる。


 実際に巨大亀がこの国に現われたら、それは最大規模の国難だし、もしランドンが一人で討伐できたら永久に語り継がれるだろう。

 そんなのは不可能だ、と自覚したうえで妄想を楽しんだ。


 やがて、世界中の美女を集めたハーレムが完成した。

 どんなに不可能と思えることも簡単にできた。


 ところが肥大化したランドンの妄想でも『追放した長男が光の剣を操り、大岩を木っ端微塵にしている』というのは出てこなかった。


「おお、そうだ。次の王都の武闘大会に、この剣で参加しよう。俺の最強伝説に新たな一ページを刻むのだ……くくくく」

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