第9話:マネキン
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仕立屋 魔法の鋏
募集職種:売り子
仕事内容:商品を着用しての接客
※どんな服でも着こなせる売り子を希望。
連絡先:服飾通りのトマス・カシミール
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突然訪れた私達に、店主のトマスさんは丁寧に対応をしてくれた。スライムの姿を見せたドロシーに最初は驚いていたようだけど、彼女が女の子の姿になってから、落ち着きを取り戻したようだ。
「申し訳ありません、準備が悪くて」
仕立て屋さんの作業所に通されて、私達は席に座らせてもらった。
トマスさんは机に載った型紙なんかをどけている。外から見えた女性たち――お針子さんだろうか?――のスペースとは別に、店主専用の作業場所がここにあるのだろう。
トマスさんは頭をかいて言った。
「募集を出しておいてなんですが、まさか誰か来られるとは思わなかったのです」
私はきょとんとなったと思う。
募集に、誰も来ないと思っていた?
トマスさんは目を細めて、私と、ザルド、そして真ん中に座るドロシーさんを見た。
「しかも……魔物、スライムのお嬢さんだ」
私は反射的に謝った。
「驚かせてしまいましたか……?」
人間の姿にもなれるドロシーさんなのだけど、初対面では、あえてスライムの姿のままだった。
これは、ザルドの助言から。
少女の姿で中に招き入れてもらった後、スライムだと明かす。この順番だと、『騙された』と怒り出す人もいるらしい。
姿を変えられる魔物であっても、第一印象できちんと正体を明かす方が礼儀にかなうとのことだ。
「いえいえ」
トマスさんは人のよさそうな方だった。
奥のドアに向かって声を張る。
「……まいったな。エレン、来ておくれ、君の勝ちだ!」
奥のドアが開いて、20歳くらいの女性が入ってきた。トマスさんと同じ赤毛で、目元がちょっと似ている。
親子だろうか。
トマスさんは、エレンさんを紹介した。
「娘です。この仕立屋で針子とデザインを兼ねています」
エレンさんが座るのを待ってから、トマスさんは話し出した。
「実は、売り子を置こうというのは、娘の提案でして」
ザルドが初めて口を開いた。
「……求人票を出していても、雇う気はないと?」
「いえ! そんなことはありません。ただ……」
エレンさんをちらりと見てから、言った。
「最初から話した方がよさそうですね。もともとここは仕立屋で、商会の主や貴族に対する、いわゆる単価が高い衣服を専門にしていました」
日本で言う、オーダーメイド専門店ってことだろうか?
昔の服は貴重品で、1人1人に合わせて作るから基本的に高かったって聞いたことがある。
「ただ、人間と魔物の戦争で、ずいぶん色々なことが変わりました。人手を戦いにとられるから、布や服をわずかな人員で織れる紡績も発展しました。それで……街が賑やかになった今は、多くの店が既製服の事業に手を出しています」
「キセイ……?」
いまいち意味が掴めない私に、ザルドが教えてくれた。
「既製服。1人1人に合わせて仕立てるんじゃなく、予めデザインを決めて、生産して店で売るのさ」
「へぇ……」
それなら、ほとんど日本と同じやり方だ。状況としては、多くのお店が自前ブランドの衣服を売り出してるってことだろう。
トマスさんが言い足した。
「すでに古着を売る仕組みはありますから。売れ残ったものはそちらに流れるわけですが――在庫を持つため、リスクのある商売です」
トマスさんは、隣に座る娘のエレンさんを見やる。
「娘は、そちらの既製服事業に乗り出そうとしていまして。商品を着用して売る売り子は、そのために必要でした」
服飾通りに、きれいな服を着ていた売り子が多かった。
あれは店で売っている服を着て、宣伝をしている、文字通りの売り子。日本でいえば、服の見本――
「マネキンってこと?」
呟く私。
ドロシーさんを見た。
もしどんな姿にでも変身できるなら、それは確かに、どんな服でも着こなせる『売り子』だ。
「私は従来の仕立てでもやっていけると思い、反対でした」
「服飾通りは」
娘のエレンさんが机に身を乗り出す。
「今、すっごい売り子が多くて。みんな自分のところで作った服を売ろうと乗り出してる」
ドロシーさんも身を乗り出す。
「わかりますわかります! 堅牢染めで薄衣のレースなんて、私、初めて見ました!」
トマスさんが頬を緩めた。
「……既製服の販売は、それを着てみせる売り子がいてこそです。ですが実は、あの求人では人が来ないと思っていたんです」
「どうして――」
問い返す私。
「『どんな服でも着こなせる』というのは、実のところ、かなり高い要求です。普通は女向け男向け、年齢層、そうした指定があるもの。これは、娘が色々な服飾に手を出すことにも原因があるのですが――」
ドロシーさんの目が、壁の絵を追った。
確かに、色々な服のデザインが並んでいる。
「……すごい」
ドロシーさんの目が輝いた。
娘さんが笑う。
「だって、思いついてしまうんだもの」
「しかし、まずは敬遠されるだろうと思いました。これでは商品が不明確と宣伝するようなもの。でも、もしこの条件でも売り子が来てくれたら、娘の既製服事業も腰を据えて応援してみよう、そういうつもりだったんです」
トマスさんが、ドロシーさんを見る。
「まさか魔物、スライムという答とは。確かに、どんな姿にもなれる。おまけに、服飾に興味があるスライムのお嬢さんとは……」
「わ、わかるんですか?」
「その袖のレースは、丁度、流行したばかりのものだね? スカートの色も髪と瞳にきちんとそろえてある。なんにでも変身できるあなたが、わざわざその服に変身をしている――服が好きだとすぐにわかった」
微笑んで、トマスさんは言う。
「明日から来れますか?」
「大丈夫です! 何なら、今日からでも!」
目をキラキラさせるドロシーさん。
ザルドが呆気にとられた目で、私を見ていた。
天職かはわからないけれど、この子とこのお店なら、きっと天職にできる気がした。
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