あなたの素敵な縁の糸 ~異世界転移して『ご縁』が見える力を持った私が、モンスター達の再就職を支援する話~
mafork(真安 一)
第1話:魔物達の再就職
馬車が止まって、私は窓の外を見た。
仕立て屋『魔法の鋏』という看板が、午後の乾いた風に揺れている。
同僚が尋ねてきた。
「エリ、ここかい?」
「はい」
『服飾通り』という名のとおり、ここは服屋さんがずらりと並んでいる。馬車の窓から外を覗けば、あちこちの軒先で色とりどりの服が糸に吊られ、風に泳いでいた。
私は震える声で言う。
「降りましょう」
胸がドキドキ鳴っていた。ステップを降りる足が震える。
記念すべき私の――いや、この世界での初仕事。
同乗していた残り2人、同僚と、依頼主も降りてきた。
大通りには、服屋さんの売り子の声が響いている。ただ、このお店の前は静かなものだ。立ち尽くす私を、店の窓からお針子さんが怪訝そうに見つめてくる。
「すぅ、はぁ――」
扉の前で深呼吸。どもらないか、笑顔は硬くないか。
この世界の服って、スカートもシャツも少しごわついて感じる。前の世界の、いわゆるビジネスカジュアルから着替えて以来、違和感がなかなか消えなかった。
心の準備をしていると、左から男性の声が来た。
「おい」
同僚の顔が近くて、私の肩は跳ね上がった。
「は、はい!?」
「入るんだろ?」
ギギギ、と目を逸らす。おっかない狼の顔がすぐ近くにあったから。
異世界怖い。灰色毛皮の狼人間なんてのが、本当にいるんだ。
まぁ、彼がいなければ怖くて街を歩けなかったから、190センチの身長も、私2人分の肩幅も我慢しようではないか。
「獣人かぁ……」
「正確には、人狼族な」
本当に異世界なんだよなぁ。
それにしても、周りから私達はどんな組み合わせに見えているだろう。
シャツとスカートという商会事務員風の娘に、元戦士らしき獣人青年。おまけに、私の右足元には『依頼主』だ。
――多様性。
以前の世界で、そんな言葉が若干の胡散臭さと共に語られるようになってしばらく経つ。
この異世界における多様性は、生き方や性格の多様性じゃなくて、ズバリ『生物多様性』の方だろう。
羽音がして、上を見る。
頭上を小さなドラゴンが飛んで行った。足にはカゴを器用に抱えている。手紙――つまり情報を素早く運ぶ魔物達は、経済発展に貢献したらしい。
後ろをパカパカかけていくのは、荷物を背負ったケンタウルス。ドラゴンが航空便なら、あの方たちはバイク便か。
「はは、ははは……」
乾いた笑い。
狼の顔に首を傾げられて、私は咳払いした。
「は……入ります」
仕立て屋さんの扉を開く。
私の足元で、依頼主の小さな体が『ぷるん!』と揺れるのがちょっと見えた。
扉についた鈴が鳴り、奥からおじいさんが出てくる。
「いらっしゃい。お客さんですか?」
獣人の青年は私に目くばせした。先輩として、この場を任せてくれるらしい。
「は、はい。きゅ、求人のビラを見て参りました」
おじいさんは目をぱちくり。
「では――売り子募集の件ですね? それは、それは」
優しく微笑む仕立て屋さん。
「なかなか応募がなくて。助かりました」
私は、右の目元にそっと触れる。
今は裸眼だが、前世では眼鏡をかけていた。だから丁度、メガネのフレームに触れるイメージが近い。
目をこらすと、おじいさんの体が薄く光っている。そして一本の、緑色の線が、ぴんとこちらの方へ伸びていた。
その糸は――私の足元にいる『依頼主』と繋がっている。
私は言った。
「はい。ただ、私が応募するのではありません」
「と、いいますと?」
腕の先を右足元へ向けた。
「この方を雇っていただくのはいかがでしょうか?」
その瞬間、服屋さんは初めて依頼主の存在に気付いたのだろう。目がみかんみたいにまん丸になる。
「お、お嬢さん。そこにいるのは――スライムではないでしょうか?」
そう。
私の足元でぷるぷる揺れているのは、青い半透明の、バケツ大の魔物。
スライムだ。
私は覚えたての知識をフル活用した。
「人魔共存のフィリス自治区では、魔物の就労も珍しくないとか」
ゴブリン、ドラゴン、獣人、スライム、そして人。
この極端な多様性の街で、彼らは就職先を探して私たちを頼るのだ。
「確かにスライムですが……求人票にありました、『どんな服も着こなせる売り子』というご要望には応えられていると思います」
にこりと笑う私。転移前はブラック企業だったから、愛想笑いは得意だぞ。
スライムが薄く光って、形を変えていく。みるみるうちに、服を着た女の子の姿になった。このお店の特徴に合わせて、丈が長くて、落ち着いた色のスカートをはいている。
おじいさんは私と獣人青年を見比べて、尋ねた。
「あなた方は一体?」
はい。よく聞いてくれました。
私はぺこりと一礼する。
「私は、グランツ商会のエリと申します」
私は続けた。
「モンスターの方々の、戦い以外の就職のお手伝いをしております!」
訝しげなおじいさん。
そんな顔をされると、私の頭にもふっと疑問が浮かび上がる。
どうして『魔物達の再就職』などという不思議な仕事をしているのか。
私は記憶は、半日前の出来事へ飛んで行った。
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