第22話
「ありがとう、とりあえずここまでにしよう」
俺から散々褒められて満足したのか、それとも自分でも良いと思ったからなのかは分からないが、大量の服をレジへと持って行っていた。
レジの方から5という数字と後4つの数字が見えた気がするが、多分気のせいだ。
会計を済ませた志田先輩と共に店の外に出ると、夏目先輩は壁に体を預けたまま一冊の本を読んで待っていた。非常に様になっている。最高。
「遅かったわね。ほら、持ちなさい」
そして、夏目先輩は持っていた袋を俺に手渡してきた。俺は当然のように受け取る。その際、袋の中身がちらっと見えた。
「買ったんですか?」
「参考資料の為よ」
中に見えたのは一着のゴシックロリィタ。
「先輩が書いているのは小説ですよね?」
イラストレーターや漫画家だったら写真よりも便利だという理由で実物を買う事はよくある話だが、夏目先輩は小説家だ。試着した体験と写真さえあれば十分な気がするんだけど。
「そうよ。絵ではないわ。でも、普通の人生を歩んでいたら着る事も見ることも無い服だから、半月もしたら写真を撮ったことも、実際に着用した感想も忘れてしまうもの」
言いたいことは分かりました。でも、
「貴様は私に文句でもあるのか?」
火に油を注ぐ必要は無いじゃないか。折角ご機嫌で買い物を済ませてきたというのに。
「そう感じるのかしら?」
「すっとぼけるのならせめて遠回しに言う努力から始めろ。文芸部の部長だろうが」
「あら、伝わらないと思って丁寧に言ったのだけれど、それが仇となったみたいね」
「はいはい、次行きますよ」
後輩が居るんだからもう少し抑えて欲しいです。俺に対する信頼の証だと考えれば良い事かもしれないけれど、純粋に疲れるんですよ。
それから次に向かったのは古本屋。夏目先輩が志田先輩を無視して決めたのもあるが、どうやらあの店で予定した分の服を全て買ってしまったせいで行く予定が全て消えたので断らなかったとのこと。
「はい、これとこれとこれ」
古本屋に着いた夏目先輩は俺の持っている荷物の量を一切気にする様子も無く、淡々と本を買っていた。
姉が絶対の俺としては文句は無いのだけれど、何割かは志田先輩が持つことになるんだから遠慮をして欲しいです。
これ、弟じゃなきゃ常識外だからね?
そして朝の分を含めて回った古本屋が10を超えた頃、
「大丈夫ですか?無理しなくていいんですよ。俺が全部持てるので」
「いや、構わない。一人に任せておくのは同じ生徒会の一員として認められない」
「俺生徒会じゃないですけどね」
俺が生徒会という自明な間違いだけは否定するとして、本当に出来た先輩だ。これで仕事をぶん投げなければ神から絶対神に格が上がると思う。いや、真面目に。
「とにかく、私の事は気にするな」
そういう志田先輩ではあるが、ずっと腕をプルプルさせ、汗をにじませている志田先輩は流石に見ていられない。
「とりあえずこれだけ持ちますね」
俺は強引に志田先輩が持っていた本の8割を取った。
それでも3㎏位はあるが、全部を奪うのは手伝う意思を見せてくれた先輩の面目を潰すことになるからな。
「良いのか?」
「はい。この程度軽いですよ」
累計30㎏近くの本を持ち続けるのはどう考えても辛いが、心配させないように表情と汗をコントロールする。
「そうなのか?」
「はい。見てくださいよこの顔」
「確かにそうかもしれない……のか?」
若干の疑いは向けられていたが、俺の全力を知っているお陰なのか、ギリギリで納得はしてくれた。
「何をしているの?早く次に行くわよ」
「分かってますって」
そんな俺たちの様子は一切気にせず、楽しそうに古本屋巡りを敢行しているのは手ぶらの夏目先輩。
別に姉だから良いけど、1㎏くらいは持ってほしい。せっかく動きやすい格好なんですから。
「よし、時間も時間だから今回はここで終わりね」
「終わりですか……」
それから5店舗回ったタイミングで、18時を知らせる鐘が鳴り響た為、買い物は打ち切りとなった。
「後は私の家に運ぶだけね」
「ですよね……」
こんなに大量の買い物をしたのに現地解散なんてわけもなく。
「ならタクシーを呼ぶぞ。貴様の家は遠いだろう?」
「よくそんなこと知っているわね。まさか私のストーカー?」
「馬鹿か貴様は。単にこの量買い物を一度にする馬鹿が近所に住んでいるわけではないという単純な推察だ」
「それもそうね。あなたでも簡単に推察できる話だったわ」
「常識を知らない女に馬鹿にされる筋合いは無いな」
「喧嘩しないで、どうするか決めてください」
道中で喧嘩されるのは良いが、立ち止まっている状態で喧嘩をするのは辞めてください。もう割と限界なんですよ。今の荷物、大体40㎏近くあるんだよ!?
そんな弟じゃなければ我慢できなかった荷物を持たせたまま無為に時間を使わないで欲しい。
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