第2話 貧乏伯爵令嬢、特待生と間違えられる
一週間ほど前の話だ。シエナと一緒に王都に出てきた父の伯爵が言った。
「すまないけれど……お姉さまの時のような仕度をするわけにはいかないんだ。お金がなくて」
「あら。ジョージ様のおうちからたくさんいただいたっておっしゃってらしたではありませんか」
伯爵はため息をついた。
まだ、シエナには伝えていなかったが、姉のリリアスは、とある侯爵家の嫡子と婚約が決まっていたのに、その令息を振って、平民の男と駆け落ちしてしまったのだ。
このことはまだ表沙汰にはなっていない。
しかし、いずれ耳に入るだろうと伯爵はゆううつだった。せっかく決ったシエナの結婚も、これでダメになるかもしれなかった。
そして何よりも問題だったのは、結婚秒読みだったために、伯爵家には多額の賠償金が請求されたのだった。
ゴア男爵家は、伯爵家がそこまで窮乏しているとは考えていない。
だが、現在、リーズ家は売れるものなら娘の古着でも何でもお金に換えたいところだったのだ。シエナのために、王都までの旅費やら学費やらがすでに支払われている。今の状態ではドレス代まで捻出できなかった。
「私は、仕事で地方の赴任地に向かう。何とか自分でするように」
シエナは茫然とした。
あれからシエナは学校の中に、無事、入りはしたものの、どう見ても貧しすぎる変な格好で、平民の特待生に違いないと信じられていた。
「説明するわけにはいかないわ」
シエナは両手を握りしめた。
入学してすぐに、試験があった。いきなりテストを受ける羽目になって、シエナはビビったが、かなりの好成績を取ることができた。
しかも、成績は貼り出しまでされてしまったので、シエナ・リーズと言えば、誰もが平民の特待生なんだと認識した。それはそれで
「ちょっと、あなた」
学園で後ろから声をかけられてビックリしたが、声をかけてきたのは、同じ学年の、金持ちのご令嬢と噂のアマンダ嬢だった。
大仰に髪を巻いて、化粧も派手なら衣装も派手だった。なんだか怖い。
「はい。何かご用ですか?」
おずおずと尋ねるとアマンダ嬢は頼みごとを言い出した。
「ねえ、私の家庭教師をやらない?」
「え?」
「だって、あんた、平民の特待生だそうじゃないの。お金に困っているんでしょ?」
「あ……。はい」
事実だ。猛烈にお金に困っている。
「平民の特待生といえば、家庭教師をするって相場が決まってるのよ。あんた、確か、試験はすごくよかったじゃないの」
そうか。
シエナはハッとした。
平民の特待生のアルバイトは、家庭教師なのか。
「でも、私十位以内に入れなくて」
アマンダ嬢はケラケラと笑い出した。
「ああ、あれ。十位以内は全部高位の貴族の御曹司だから」
「え?」
どう言う意味かというと、高位貴族の御曹司が悪い成績を取ると、外聞が悪いので、十番位内は全部高位貴族の名前になるものなんだという。
「あんた、十一番だったじゃないの。すごいわよ」
「そうなのですか?」
「そうよ。実質一番よ。たいしたもんだわ。特待生なら、家に帰ったら家の仕事もしてるんでしょ? 勉強する時間もそうないだろうに大変よね」
は?
しまったああ。
シエナはまずいと思った。
家事の手伝いはしていなかった。
王都の屋敷にたった一人残っていた使用人のマーゴに任せていた。
「ええ。家事の手伝いで大変なんですけど、お金がもらえるなら、そちらの方が助かります。家庭教師でも何でもしますわ」
愛想よく、しかし早口でシエナは答えた。
帰ったら手伝うわ、ごめんなさい、マーゴ。
「じゃあ、まず、算数。これが宿題なんだけど、さっぱりわからなくて」
「えーと。どんな問題ですか……あ」
シエナは黙り込んだ。
アマンダ嬢はアホだった。
アマンダ嬢は二けたの繰上りでつまづいていた。
屋敷に帰って、シエナは晩御飯を作っているマーゴに話しかけた。
「ごめんなさい、マーゴ。私も手伝うわ」
「シエナ様。そんな手伝ってもらうことなんかありませんよ」
マーゴはびっくりしたらしかった。
「ううん。だって、家の仕事は全部マーゴにしてもらっていたのですもの。これからは私もするわ」
「ダメです。手が荒れます」
屋敷はシエナが田舎の領地に向けて出て行った五年前と全く変わっていた。
外から見ても変わりはないが、部屋は全部締め切られて、台所だけが使われていた。
そして使用人は旦那様の馬の世話をする下男一人と台所のマーゴだけになっていた。
「リリアス様があんなことさえなさらなければ……」
どんなことをやらかしたか、もうシエナも聞いて知っていた。アマンダ嬢が教えてくれたのである。
「あんたの髪の色と目の色を見たら思い出したわ。ついこないだだけど、リーズ伯爵家のリリアス嬢の話よ。すごいの。真実の愛だとか言いだしてね、婚約者の令息を捨てて駆け落ちしちゃったの」
「……まあ」
「同じ色の髪と目の色ね。リリアス様は、それはそれはきれいな人だった。侯爵家の令息に惚れ込まれたら断れなかったんだろうね」
そうか。そういうことか。
姉とはここ五年くらい会っていなかった。
「お貴族様も気の毒だよね。断れないもんね。私らは気楽なもんさ」
「あのー、アマンダ様は貴族ではないのですか?」
思い切って聞いてみた。貴族だと思うんだけどな。貴族以外は、好成績の平民の特待生しかいないはず。
でも、二桁の足し算で悩んでいる特待生なんかあり得ない。
「あー、準男爵って言うんだって。お父様が最近とったんだよ。お金で買えるんだ」
シエナは目をパチクリさせた。
そうか。お金で買えるのか。
「養子に入るんだよ。今の名前はシェフィールドだけど、前の名前はスミスさ。前の方がしっくりくるんだけどねえ」
アマンダは大声で笑った。
「アマンダ様は貴族学校に入りたかったのですか?」
アマンダ嬢は首を振った。
「入りたくなかったよ。だけど、母ちゃんが……じゃないお母様が行けって言うんだ。高貴な方々とお知り合いになって来いって。無理だよ」
シエナは我知らず、うっかりうなずいた。ゴアのおばさまと同じ発想だ。
「私らには、無理だよねえ。窮屈だったらないよ。今度はダンスパーティがあるんだってさ」
「ダ、ダンスパーティ?」
シエナは驚いた。
「うん。婚約者がいる人は、婚約者と踊る。いない人もそれなりの人と踊れって」
さすが貴族学校だ。なんの名目で開催するのか知らないが、学校のくせにダンスパーティ……
「ウチのとーちゃんとかーちゃん、事情がサッパリわかってないからなあ。この話したら、私に高貴のパートナーを見つけて来いって言うと思うんだよね。そんなもの、そう簡単に見つかるわけないだろ」
「そうですわね。めんどくさいですわよね」
思わず口から出てしまっためんどくさいは本音だ。
すーっかり忘れていたが、シエナには婚約者がいた。
ゴア男爵夫人から、ジョージにはシエナが入学したと連絡がいっているに違いない。
「絶対、見つかってないと思うけど」
なんかヤバい。
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