村防衛編2

新世界を求めて

「高等部の皆さん、おはようございます。忙しい春休みを過ごしていたと村の人たちが言ってたのですが…なにがあったんですか?是非ね新年度なので先生も情報整えておきたいので、よければ教えていただけませんか?じゃあ、香坂さん」

「うーん、特にすごいことなんて無かったと思いますよ~?」

 あくびのような、のほほんとした返事をする十希に茂は大きなため息をついて手を挙げた。

「先生、代わりに俺が説明します」

「あ、ありがとうございます。では深堀くんお願いします」

 茂が自ら挙手して指されたことに他の高等部生徒たちは安心しきった顔をする。

「まず、春休み前に会館にて浅葱地の役員と千寿村の役員や村民が集まって行われた、千寿村のこの先を決定する改革会議で、中等部3年の峯田陽介が意見し、3ヶ月以内に村を盛り上げるという条件が定されたことは記憶に新しいと思います……」

 茂の饒舌に他の生徒は暇そうにして、竹中先生は止めることができず、ただただ相槌をうって聞くしかなかった。

   

「…これが竹中先生が地元に戻っていた春休みに起こっていたことです」

「はい。非常にわかりやすい説明ありがとうございます。あ、もうホームルーム終わりますね。では今年度も頑張りましょう。あ、今年度の高等部担任は私、竹中敦彦たけなかあつひこがもたせていただきます。よろしくお願いします。ではこのあと始業式なので、体育館に移動を開始してください」

 竹中先生は足早に教室から出ていった。暇していた生徒たちはそれで茂の話とホームルームが終わったことに気付き動き出した。

 姫香は左を向き、隣の席の景に話しかけた。

「ようこそ高等部へ!って感じするね。こっちの教室の方が日当たりいい感じしない?私の気のせいかな?」

「いいえ!僕もなんか高等部の教師暖かいなぁって思ってました」

「そーだよね、よかった~仲間いて」

 姫香に対してアセアセと言葉を出している様子を文香、結斗、宇宙の3人は固まって見ていた。

「ねえ、景のやつ、今年こそ姫香さんに告白するって言ってたけど、実行すると思います?」

「うーん、どうだろうね…黒島、今もそうだけど姫香相手だとまともに口が回らないから…」

「わからないぞ、急に景が漢見せてくるかもしれんぞ」

「男気魅せる景か…面白いかも」

 本人のいない恋バナで盛り上がっている

廊下側の3人の間にスッと黒いジャージの男が入り込んできた。

「お前らは恋しないのか~?」

「わ!ビックリした。て、啓ちゃんか…驚かせないでよ」

 その正体は須東学校で最年少の教師である石井啓介いしいけいすけだった。幼い頃からずっとやっているサッカーの腕前はピカイチで、高校生の頃には全国大会で優秀な成績を残すほどだった。将来有望なサッカーの神童と呼ばれていたが、今は何故か須東学校で体育を教えている。生徒達と歳が近くて親しみやすい為、生徒のみんなからは「啓ちゃん」の愛称で親しまれている。

「啓ちゃんだー!教室にくるの珍しくない?なしたの」

 姫香がニコニコと啓介に向かって近づいていく。

「なしたの?じゃないよ。竹中先生に言われただろ、始業式があるから体育館に行けって。中等部はもう集まってるから早く行くぞ。あと俺が来たのは今年の高等部の副担が俺だからだよ」

「あ…忘れてた」

「おいおいしげー、頼むよ。どうせ今年も学級委員長、生徒会長みたいなポジになるんだからさぁ」

 茂は慌ててみんなに体育館に移動するように言い、初っ端から高等部が遅刻した始業式が始まった。

  

 始業式が終わってからは授業はなく、みんなそれぞれの放課後を過ごした。

 高等部教室では結斗が新しく高等部の一員となった景と文香に話を持ち出した。

「おーい文香、黒島。高校生になったお祝いに隣町にでも行こうか?ドリンク奢るぞ」

「隣町ってもしかして絡花恵?だったら行きたい!景はどうする?」

「僕も高校生になったから、放課後に子供だけで村の外に出てみたいです!」

「よーし決まり!絡花恵町に出発だ。駅へGO!」

 3人は軽いカバンを背負って教室から出て、軽い足取りで千寿村の玄関口にあるバス停へとむかった。

 千寿村には1時間に1、2回のペースでバスが停まる。しかし千寿村に来る者もいなければ、バスを使って村の外に行く村民もいない。唯一使うのは須東学校の生徒くらいだ。

 3人はルンルンとバスに乗る。車内には他に誰もいなく、貸切状態となっている。高校生デビューで気分の高揚している景と文香は早くつかないかとソワソワしている。

「結斗も去年放課後に結構出かけてたけど、もしかして絡花恵言ってたの?」

「そうだよ。コラボカフェとかある時とか、新作ゲームとかはこっち方面行かないとどうしても無理だからね」

「コラボカフェ!そっか、俺も今年から行けるんだ!グッズを店で買える!なんて凄い事…」

 文香は夢見ていた青春を、景はこれからの新しい経験を夢見て風船のような期待を膨らませていった。

 やがてバスが停まり3人はバスから降りた。そこは緑が映える所でも、つい2週間ほど前から行くことのある、高級感のある所でもない、広い街だった。一つ一つの建物はカラフルで大きく、道行く若者達は3人の知らないような服を着ている。「都会」だった。

「すごい…ママと何回か来たことあるけど、なんかその時よりもすごく感じる…」

「僕、こんなでっかい建物初めてだし、てかなんか場違い感がすごい感じる」

 呆気にとられている2人に気付いた結斗はすかさず助言を託した。

「気圧されたらダメだ。戻ってこれなくなるぞ。田舎育ちでも俺らはJD、JKだ。堂々と、この空間を歩くんだよ。陽キャになるんだ」

 と言い流行り物や専門店、カラフルな店々の前を2人を引き連れた結斗は自分のペースで歩き出した。それに残りの2人も一度顔を見合った後にそれを追いかけた。

「そういえば結斗さん、僕ら今どこ向かってるんですか?」

「日本で1番有名なデパート」

 簡潔にそう言って結斗は「もう少しだから」と若干足を速めて競歩のようになっている。間隔をあけて植えられている木の通り過ぎるペースが徐々に早くなっている。先ほどまでゆっくりと歩いて街並みを観察していた文香も、今ばかりは結斗の行こうとしている場所に早く着こうとただひたすら前にいる結斗を追いかけ続けた。

 それから少し歩いた先に大きな交差点がある。結斗は信号を渡ることなくスッと左折した。そして何の前触れもなく結斗の足はピタリと止まった。

「ほら、着いた」

 仁王立ちの結斗の目の前には周りの建物よりも二回りくらい大きい黒をベースにした建物だった。それを見上げた景が固唾を飲むほどインパクトがある。

「でっか…え、普通の学校くらいあるんじゃないですか?」

「いや、それ以上は確定であるよ。なんたってここが大手ジシルデパートの国内最高店舗の『BAEL《バール》』だよ」

「すごい…」

「ま、そんな固くなる必要ないって。だってデパートだぞただの。中にカフェあるから早く行こうぜ」

 結斗は口もとを緩めてからかったように笑い中に入っていった。結斗を感知して開いたドアは彼らを新世界へと歓迎しているようにも見れた。

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