第4話 空白




 現在へ。




 希薄になったモノ、存在が再び構成される⎯



 気が付くと俺は、別に雪が降っている訳でも無いのに、一面にしんしんと白が降り積もる、広大無辺な空間にその2本の足でしっかりと立っていた、光を出す物は無いのに何故かそこは凄く明るくて、思わず目を薄めてしまうほど。


 だんだんとその眩さに慣れてきたので、目の前の思わずモフりたくなる程のケモノ耳の少女にボヤけていたピントを合わせる。


「……そろそろ見えて来たかのう、誰もが妬み、羨む、この絶世の美女が」


「……ぁあ……見えます、見えてきましたよ! 顔と口調と服装がミスマッチなケモノがっ」


「なんじゃとお、ミスマッチとはなんじゃ、黄金比と言えこの愚か者!」


「いや! 赤ジャージの獣と、かのモナリザを一緒にするのは大変おこがましいと思います!」


「ええいっ、うるさいわい!」


 ぷんぷんと愛くるしく顔を赤く染めながら怒るその赤ジャージのケモノは、可愛くはあるんだが現実感の無さもあり、何というか、やはり少し形容し難い。


「そんなに嫌ならこれでどうじゃ……」


「「…………………」」



 ???



 不思議な間、二人して、こてんと首を傾げる。


「……どうしたんですか……?」


「ええい! 暫し後ろを向いておれ!」


「なるほど……わかりました」


「いったい、なにを理解したというのじゃ……」


 ボソボソと何かをボヤく白い狐少女の言葉を聞きながらとりあえず後ろを向いておく。


 衣擦れの音は……聞こえて来ない、残念。


「残念じゃったな、早着替えは得意なのじゃ、もう良いぞ」


「……ホントに早いですね」


 どんな特技だ、と思いながら再び前を向くとそこには⎯⎯⎯


  ――雪景色のように真っ白な色合い、ひらひらフリルのついたセーラー服と和服を足したデザインの服に短めの丈のスカート、胸には目を惹く華やかなピンクのスカーフを付けたまるで神が造形したかの様な絶世の美女、美少女? がそこにはいた。


 唖然、絶句、茫然自失。


 思わず言葉を失う。


 言葉ってなんだっけ。


 ゲシュタルト崩壊を引き起こす。


 俺とはなんだ?


 自我を喪う。


「ふっふっふっふ〜! あまりの美しさに言葉も出ないようじゃな! ……おーい、大丈夫かの? 生きておるかのう?」


 尻尾をゆらゆら、耳はぴょこぴょこ、コテンと首を傾げこちらを覗き込んでくる。


 や、ややややめろぉおっ! その触れたら壊れてしまいそうなこんこんと降り積もる雪の世界を擬人化したかのような儚げな姿で、その思わずそっと目を瞑り、耳を傾けたくなってしまうほどの透き通るような声色をだすなぁっ! その動きを辞めてくれぇっ! つられて動くそのモフモフと揺れ動く耳と尻尾! 何かに目覚めそうだ、や、やめろぉぉぉぉおお!!


「はぁっ、はぁ、はっぁあっ、だ、大丈夫だ、安心してくれ、手出しはしないと約束しよう……くぅっ」


「全然安心できんのじゃが」


 その人物? 獣? に似合う服装のマッチって凄いな……ここまで変わるのか……360度変わる所じゃない、360度ぐるぐる何周もした感じだ……ちょっと良く分からんか。


 まぁ要するに、一回ぐるっと見て回る程度じゃ理解出来ないレベルだということかな、ん?


 というか……さっきから下に転がってるウサギの頭がこっちを向いているからめちゃくちゃ怖い……あれ何、怖いよぉ、どうにかしてよぉ…………


 なので俺は、恐怖と煩悩を振り払うようにその不気味なウサギの頭をめいっぱい天高く「とうぉっりゃぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」蹴り飛ばした⎯⎯⎯⎯。


「とうぉっりゃぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」


「むっ……ええっ!? ちょっと待って!? 何してるのかな?! うわぁぁ!! ウサギさあぁぁぁん!!」


 キランッ、ウサギは星となった。


 ん、なんだココ、上に上限が無いのか? ……まあ良いか……そんな事よりも聞きたい事がそれこそ山のようにある。


「……なんか口調変わりました?」


「……はて? 何のことじゃ、儂は生まれてこの方200年、ずっとこの口調じゃが」


 いや、絶対にそれは無いでしょ。


 え、200年? やっぱり、もう普通の生命とは違うんだな。


「まぁ、そんな事よりも此処は一体何処なんですかね、あの世とか天国とか地獄とか言う奴ですか、俺は死んだのですか、この後は一体どうなるんですかね、行き着く先は、輪廻転生説は本当なのでしょうか、教えてください神様」


「い、いっぺんに来られても困るわい、あとさっきのウサギの件は無かったことになるのかのう……」


 ちらちらと此方に視線を送りながら何かを訴えかけてくるが、こちらも構わず訴えかけるように熱い視線を送り続けてみる。……どうだ、この焦げるような熱視線。

 ……まぁ目の下隈あるし目蓋は力なく死んでるだろうから迫力は無いが……というか……やっぱ可愛いな、動きがなんかもうこう良いっ、あれかな、やっぱ血統書付きかな、神さまだしな……良い血筋してんだろうか、これが死後の世界の天使だか神だか言うのなら、死んでみるのも悪くない。


「……まぁ、良いわい……」


 何かを諦めたのか目の前のケモノは咳払いを一つすると、此方の質問の答えを口にしだす。


「まず初めに儂は神様でも無く、此処はあの世とかいう不明瞭でぼんやりとした場所ではない、ここは儂が創り出した空間、結界、現実とはスッパリと切り離された場所じゃ、そうじゃな、言うなればあの世とこの世の境目、じゃと思ってくれたら良いのじゃ」


「すみません、よくわかりません」


「……? なんじゃ、急に声に抑揚が無くなったの」


「……ええと、何じゃったかな、どうなるのかじゃったな。どうなるんじゃ、儂」


「ん?! 知らないですけど!! …………はぁ、俺は此処に漫才をしに来たわけじゃないんですよモフ子さん、教えてください、俺はこの後安らかな眠りに着くことができるのか」


「そんな話だったかのう、って、モフ子さんて儂か?」


 コテンと首を傾げるモフ子さん。


「……ええと……あっ、そうじゃった、そうじゃった、お主のこの後の行く末を教えてやるのじゃ、よぉし、心して聞くがよい」


 ――しん、と静まり返り緊迫し出した空気に思わずゴクリと生唾を飲み込む。


「……なんと、お主はこの後、悪魔になる」


「えっ……地獄行きってことですかね、あなたは神様では無く閻魔様」


「違うわい、敢えて言うならばお稲荷様じゃ……って、そんな事はどうでも良くてじゃな……ええと、つまりじゃな、お主は今の記憶を引き継ぎ別の世界で別の存在となるのじゃ」


「輪廻転生説は本当ってことですか……? それに別の世界……別の存在? スライムとか骸骨とかですかね」


「その方が良いのならそうしても構わないのじゃが……」


「いやいや、絶対嫌です、せめて人間に近づけてくださいお願いします」


 流石に人外ではやっていける自信が無いので全力で頭を横に振る、もうこれでもかと、頭が飛んで行ってしまうのではと思う程に。


「そうじゃろう、そうじゃろう、よもやそんな稀有な連中ではない事はわかっておったからコチラで良い感じの落とし所を用意してやったわい、感謝しても良いぞ」


「ははっ、ありがとうございます、身に余る有難き幸せ」


 というか、多分そいつらも望んでなった訳じゃ無いだろうけどな。


 ……? ところでさっき悪魔って言っていたよな、随分と抽象的だ、しかも場合によっては結構人の道外れてない? 大丈夫だろうか、お先真っ暗である。


「転生先の世界観じゃが、例外はあるが、化学、機械文明の発達はしておらず、……あぁ、でも近頃は変わりつつあるのじゃったかな、まぁ良いわい、多種多様な種族が入り混じり、魔法があり、神もおる、そんな世界でお主は吸血鬼……泣く子も黙る悪魔グループの吸血鬼の一人としてその世界に生を授かるのじゃ」


「なるほど吸血鬼ですか、よく色んな物語で聞くから分かりやすいし、一瞬カッコイイ! と思いましけどよくよく考えると弱点多いですよね吸血鬼……太陽やら、十字架? ロザリオ? やらニンニクやら、鏡に映らないし、血を吸わないと生きて行けなかったり」


 なんなら人間より生きづらいんじゃないの……


 それとペペロンチーノのニンニク抜きは絶対嫌だぞっ。


「良く知っておるのう、その辺の事に関しては行ってから分かるわい」


「そうですか……」


「というかお主、多分吸血鬼じゃないとと思うぞ……?」


「……?」


 どういう事だろう?


「……まぁ、それは置いておくとしてじゃ、……これで最期になるがもうこっちの世界に思い残す事はないかのう……と言っても、もう後戻りはできんがの」


「はい……大丈夫です、こっちの世界にはいっそ綺麗なほど思い残す事はないですから、でも記憶残るんですね……それだけが心残りです」


「……そうじゃな、きっと辛く、痛く、苦しい事じゃろう、そしてそれはお主だけが知る痛みじゃ、じゃがな、あっちの世界には大小はあれ強い後悔をしながら死んでいった奴らが沢山転生しておる、そんな世界じゃ、きっと分かり合える奴もおる、そしてそんな世界で、お主は奪い去られた過去を取り戻せる事じゃろう」



「……だから……まだ辛く苦しいのが続くけど、あなたと皆んなの喪われた過去を取り戻すため……幸福へと至るために……頑張ってね」


 目の前の愛くるしく、今にも抱きしめたくなるようなそのケモノは、その可愛らしさを倍増させるように、それに上限などないかのように恥じらいを隠さず此方へはにかむように微笑んでくる。


 その微笑みには淡く、哀しみを感じさせる。


 奪い去られた過去……


「……もしかして……いや、もう……やめよう……」


 期待してしまった未来を振り払う様に、見てしまわぬようにぎゅっと目を瞑り、頭を振る。


「……大丈夫じゃ、お主が望んだ過去、未来はお主が望む限りそこで掴む事が出来ると改めて断言しておこう」


「本当ですか、そんな夢のような話があると言うのなら、俺は……」


「みなまで言わずとも良い、お主が此処にいるという事、それが答えなんじゃから」


 そう言葉を発すと⎯⎯⎯


 ⎯⎯⎯リン、と彼女の左耳についた銀の鈴の音が辺りに広がるように溶け込む。


 その始まりの音を鳴らし、俺の右手をそっと掴み、胸元の高さまで持ち上げると、彼女は言う。


「決意は固まってきたようじゃな、では逝くぞ、少し爽快感があるがしっかりと儂の手に捕まっておれば大丈夫じゃ、安心せい」


「ん……爽快感? なんか楽しい事でも起こるのですか……?」


「ふふっ、そうじゃな」


「えいっ!」



 ⎯⎯トンッ。


 と彼女がもう片方の空いた手で此方の胸部に触れると身体がぐらっと後ろに倒れ込む、と同時に床が、地に足を着くという感覚が、地という概念が失われた⎯⎯⎯


「エ……」


 空気に抱き込まれるような感覚。


 地面も空も無い真っ白な世界でふわりと舞う。


 足場の無い状況、ある地点から落ちて行くままに、空気抵抗を背中に感じたまま徐々にスピードを上げながら落下していく⎯⎯⎯


 理解の及ばない不意な展開、愕然とした思考の中俺は思う。


 ⎯⎯人は、一度重力に絡め取られてしまえば抗えない、為す術がない、無力である。

 それでもどうにかこうにか出来る事と言えば、手足をばたつかせるかこうして⎯⎯


「おあぁぁぁぁぁああああああっっ!!」


 全力で叫ぶ事だけ。


「じぬぅぅぅぅぅうううう!! ぜっだいじぬぅぅぅぅぅううううううっっ!!」


 涙ながらに、この空前絶後、この状況の犯人、上から一緒に落ちてくる彼女の雪のように淡く溶けて崩れてしまいそうな手を全力で握る。

 お前も一緒だと、地獄に道づれにせんばかりに、ちなみに握力は70前後だ。


「い、いい、いたいっ! 痛いっ、痛い痛い痛い痛いから! 手痛いから!! それとさっきから死んでるようなもんでしょぉぉぉ!!」


「すっごい! 皮肉ぅぅ!! あっあと、口調変わってるよ!!」


「なんの事じゃ」


 急に素に戻るなよ馬鹿ちん。


 ゴオオオオオオという耳が痛くなる程の風切り音を聞きながらも思う。


 ――も、もう無理無理無理無理ぃ!! いつまで続くのこれぇぇええーー!!


「あっ次……」


「やっと! 終わるのかぁぁぁぁあ!?」


「水じゃ」


 ――ドボン。


 という、水に落ちる音が聞こえるとほぼ同時に視界が青く染まり、呼吸が出来なくなる。


 もう意味がわからない、なんで急に水中? あの勢いで叩きつけられてなんで死なないのう?


 ……ブクブクブク……沈んでいく、深い青と気泡の世界。

 ……ああ、いっそ気持ちがいい……肌に伝わる火照った体を冷ますこの冷たさ、水中のなか特有の羽が付いたかの様な浮遊感、水面のチカチカとした光、を背負ったあの憎たらしい程、満面の笑みの白いケモノ。


 そのケモノは、青く揺らめく水の中、ぼんやりと広がっていくような声を出す。


「お次は、天空じゃっ」


 ――ザパン。


 そのまま深海に沈んで行くかに思われた身体は再び空中へと投げ出される⎯⎯⎯。


 次に見た景色はモクモクとした雲の絨毯の上、一面の蒼空とキラキラと照らし出す太陽、恋い焦がれるような紅い夕焼け、闇夜のカーテンの中まんまるの月を中心に煌めく星々、朝昼夜が倍速で繰り返しやってくる世界だった。


 何もかもを置き去りにするかの様に移ろいゆく色――


 そんな無遠慮な情景にあてつけのようにビシッとひび割れる景色――


 ……ええぇ、何、この天変地異……


 俺は、失われた空気を再び肺にめいっぱいに取り込むと、今の状況を明確に、全力で口に出してみる。


「もうっ!! 意味わかんねぇぇぇぇぇええーーー!!」


「まだまだ繰り返すのじゃっ、潜るぞー! 水中へ!!」



 ――ドボン。



 ……ブクブクブク……



 ……もう、いやん……


 その二度と経験したくない体験を更に2、3度繰り返した頃に。

  ――蒼空に舞う、水でびしょ濡れになった白い少女はこの世のあらゆる災厄を、悲しみを吹き飛ばすかの様に、暖かな陽だまりの中に花が咲き誇るような満開の笑みで叫ぶ――


「あはははははっ!! 楽しぃねぇぇぇぇぇぇええええーー!!」


「たっ、楽しくねぇぇぇぇぇぇぇええ!!」


「ぇぇぇえええ!! そうなのぉぉおおお!?」


 ……ぁあ、でも、どうだろう……


 抗いようのない恐怖で、楽しむ余力なんて微塵も無いと思っていたけど、それでも、この晴れやかな蒼空の中、ちょっとだけ、ほんの少しだけ芽生え始めた感情をすぅっと息を吸い込んでから、声に出してみようか。


「⎯⎯⎯まぁっ! でもっ!! いっそ清々しくはあるから!! 少しは楽しいのかもなぁぁあああ!!」


「あはははははっ!!  そうだよねぇぇぇぇええええ!!」


 互いにぎゅっとつないでいた手を放し、天の広さを体で表現するようにめいっぱいに両手を広げて彼女は言う――


「……そう!! こんなにも!! 愉快で楽しい事があるのなら!! また人生、やってみてもいいよねっ!!」


「生きてみようっ!!」


「ここからまたっ!!」



「⎯⎯全てを喪った後だけど⎯⎯」



「だからこそ!! あの世界に未練はないのだから――」


「今を生きるため――剥奪された過去を取り戻すため――惨たらしくも醜くとも――未来へと紡ぐ――」


 俺の口から言葉はもう出ない。そして目の前の少女は、澄み渡った空のように広がる気持ちをそっと抱くかのように、ぎゅっと両手を胸に押し当ててから再びこちらに手を伸ばしてくる―――。



「故に器は造られ新たなる生に満たされる」



「目的は――明確に――」




 ――それに応えるようにその手を掴む。




「そう!! これは――この物語は――」




「悪魔<あくま>でリベンジだ」




 ――チャポン。




 と、水面に落ちる音、どこかで小石が二つ落ちたようだ。




























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