第75話 迷いの森

 「迷いの森」とは比較的王都から近い場所にあり、1、2時間くらい馬車に乗れば辿り着く森であり、広い森なのだが、奥地には魔物が生息しており、昔から危険な場所だとされている。

 だから、王都からも兵が出されて監視している場所である。最近ではその人数も増やしているという。


 どうしてそんな危険な森のすぐ近くに王都があるのかが謎である。

 おそらく王国建国からあったのだろう、だったら離れた場所に建てるべきか、完全に森を支配するべきだと思うが、そういうもんじゃないのか。


 この「迷いの森」にはいろいろな資源があって稼ぐために森に入って様々なものを採取して市場に流して生活している者もいる。そこには珍しい鉱石や貴重な動植物が豊富に存在している。生態系がおそらく他とは異なるのだろう。

 森といっても全くの未開の地ではなく、ある程度の場所まではしっかりした道があるが、それ以上進むと「迷い」とあるように迷ってしまうし、魔物も出てくる。


 国が一応監視しているが、出入りが制限されていないのは、そういう貴重な資源を王都に流す狙いがあるようだ。私としては本当に国が必要とするものならそんな他人任せではなく、国家主体で開拓をすべきだと思う。



 この「迷いの森」へはかつてバカラが、そしてカーティスも行ったことがある。

 バラード学園の騎士コースと魔法使いコースの学生がチームを作って奥地に向かい、何らかの魔物を討伐したり素材を採取する、そういう恒例の行事がある。バカラが学生の時からあったので少なくともこの20年は毎年の行事である。


 この森は訓練をしていなかったり魔法が使えなかったりすると危険な目に遭うが、きちんとした対策と実力があって頭数さえ揃ってあれば、あまり問題はない。

 ただ、その場合でも学生だけではなく戦える騎士や講師たちも付き添いなので、全くの安全は保証できない。バカラとカーティスの時は何の問題も起きなかった。

 奥地にも段階があって、最奥までは行かなかった。そこに行くとなるとかなりの準備をしないとたどり着けない。


 だからというわけではないが、騎士コースだけが身体を鍛えるのではなく、バラード学園の魔法使いコースにも魔法以外の実技がある。一般コースの学生には荷が重いのだろう。

 他国では魔法使いは魔法だけということが多いが、魔法使いコースには時折、騎士コースの学生よりも剣術が上回っている学生も出てくる。もちろん、ただこなすだけとか、一応なんとかできる程度に留める学生の方が多い。


 女性の場合は手が豆だらけになるのが嫌だという声もあり、そういう子はたいていポーションで傷を癒すか、そもそも手を抜くかのいずれかである。毒薬ポーションしかなかった時代にはおそらく後者の子が多かっただろうが、これからはどうなるかわからない。


 バカラもそうだったが、カーティスもアリーシャも、クリスやカミラや他の人間たちと訓練をして小さい頃から剣術や体術を習っている。おそらくアリーシャと近しい子たちも似たり寄ったりだろう。優雅な貴族とは少し異なっている。アベル王子だって剣術の稽古はしている。

 したがって、魔法の使用も含めると騎士コースのベルハルトが一番強いと断定はできない。

 魔法が使えない時期があってもカーティスが嫌がらせに負けなかったのは、体術の強さがあったという事情もあった。


 ところで、ベルハルトは火の魔法を使えるし、バカラが学園に通っていた時にも火の魔法を使う学生がいたが、それはマッチ程度の火から、たき火程度の火、さらに大きな火というよりも炎を生み出すことができる。ちなみにベルハルトは魔法の操作が上手だと評判である。

 本人たちに「熱くないのか?」と訊くと、「熱くない」と言う。「やせ我慢か?」と訊くと、「そんなわけない」と言う。


 常識的に考えれば、火との距離は1m以内、もっといえば10㎝くらい近づくのだが、これでも熱さを感じていない。無駄に熱湯好きの爺さんよりもタフである。

 バカラは土の魔法だし、カーティスは水だから実感しづらいのだが、魔法を使っている最中には何やら一定のバリアや防壁のようなものが使用者に張られていて、熱さを感じない、影響を受けないようになっていると考えられる。


 魔法発動中は一時的に生身の肉体とは異なる肉体になっているか、そもそも耐性がすでにできているのか、バリアに包まれている、そういうこととして受け止めなければならない。ただし、火の精霊と契約した者が普通の火に触れて「熱い」という発言はバカラは聞いたことがあるので、おそらく恒常的に耐性があるのではないのだと思う。


 これを逆手にとって、火を吐く魔物がいたら、こちらも火の魔法を使っていれば火の攻撃を防げる可能性が高いはずだが、当然ながら試した者はいないようである。魔法とは本当にこちらの理解を超えた現象である。



 それにしても、安全が完全に保証されていない森に毎年学生を送り込むというのも不思議な話である。「迷いの森の奥地に行った」という事実が、なんというか一つの勲章というか、自信というか、箔のようなものになるのだと思う。


 妖精についてもポーションの客はもはやこちらに流れてくるしかないのだから、それ以外のポーションについては早急に対応して考えなくてもいいだろう、と思って積極的に手を付けようとは思わなかった。

 マナポーションのレシピはどこかにあるのだろうか。

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