第73話 商売敵
「旦那様、ドジャース商会のケビン様がいらっしゃっております」
「ああ、キャリア、ありがとう」
宰相の宣言をされてから王都の本邸に戻ってきたらキャリアが教えてくれた。
ロータスの娘のキャリアは実によく働く人間で、あのロータスも謙遜もせずにキャリアの有能さについては述べていた。身内の者であっても謙遜などしては真の力というものを見誤るからだろう、ロータスはそういうことははっきりと言う。
キャリアの夫はここの料理人である。ただ、何かの映画みたいに最強のコックであり、即席でいろんな武器を作れるとも聞いている。
最近では私が外出をする時には、キャリアの娘のシノンが私やクリスから一定の距離を取ったところから広い視野で護衛や監視をしている。この子はよく気の利く子だ。
「よし、じゃあ次は商会か」
応接室まで行くと、ケビンがすでに座っていた。ぐったりとしている。
「公爵様、王宮で何かあったんですか?」
「ん、ああ。ちょっと面倒くさいことになってしまってな」
本当にどうして私が宰相にならなければいけないのか。人事というのは本当にいつもいつも降って湧いてくる。
ケビンに自分が宰相になったことを打ち明けると、さすがにケビンも想定外で驚いたようだった。
「それだけの活躍はなさっていると思いますよ。今の公爵家の中から選ぶとしたら、やはりバカラ様じゃないですかね。まあ、ドジャース商会の
組織が大きくなればなるほど、そういうのもかっちりとしておかないといけない。が、締め付けすぎるのも良くない。
最低限守るべきことは徹底させて、あとは客とやりとりをする者たちに任せ、何かあったら責任者が出ていく、そういう組織の方がいいのかはまだ迷っているところであるが、ベストよりはベターである。
ケビンはどこか
このケビンはあのバハラ商会がほとんど潰れたも同然になってからは、どこか退屈そうな表情をすることがあった。
「ケビン、何か憂えることでもあるのか?」
「いえね、目の敵にまでしてきたあのバハラ商会が、あっという間に崩れちまったんで、なんというか拍子抜けをしたといいますかね。あと2、3年くらいと思ってたんですがね。」
あのバハラ商会が
やはり貴族たちと他国からの圧力が一番の理由だろう。だが、それはそれで大問題なわけで、庶民だけが被害者だったらここまでの動きになったかというと怪しいと思う。そういう社会は、私は嫌だ。
「公爵様、あ、宰相様には失礼な言い方でしたね」
「ああ、いや、それは気にしない」
その気持ちはわからないでもない。というよりケビンの気持ちがよくわかる。
一口に言えば、張り合いがなくなった。
設立から6年目のドジャース商会がこの国を席巻しようとしている今、どこか気が抜けた感がある。
特に昨年のポーション販売が最高潮だったように感じるが、こっちに来てからの3年間、いやカトリーナの生誕祭から半年、つまり2年半である程度の成果と見通しが立っていたという感じはある。
「まあ、他国にも大きな商会はありますから、そっちともやりあうってのも悪くはないんですが、近場に欲しいなとは思うんですよね。あ、これも失礼ですかね」
囲碁も将棋もチェスも相手がいるからこそ成り立つ。それと商売とが同じではないが、通じるところはあるのだろう。
「はっはっは、まあ、そういう気持ちがあるのは良いことさ。この国には他に商会があるんだろう?」
そう言うとケビンが答える。
「んー、しいていえば、やっぱりあのアリ商会ですかね。カーサイト公爵家のポーションを売ってた商会です。あそこも手広くやってて、食材も他国から結構取り寄せてますし、王都での出版物も手がけてます。大量の貴金属の加工や防具などの革製品、衣類、楽器類なんかは富裕層に人気がありますが庶民向けも作ってますね。うちとは重ならない商品が結構あります。以前からカーサイト公爵家以外にも出入りをしていますし、大きな工場も持ってますね。うちみたいな奇抜な商品を出そう出そうって躍起になってるって話なんですよ。あそこの最高責任者はまだ40くらいじゃないですかね、バハラ商会の件で会いましたけど、若い方なのに相当なやり手だと思います」
「40歳のやり手か」
やはりアリ商会か。
ケビンも話しながら元気が出てきた気がする。そのアリ商会の責任者のことを思い出したら、何か血が騒ぐことがあったのだろう。
なんだか引っ越し屋みたいな商会だが、うちのポーションで多少は被害を受けたはずだ。そして、この世界で地球の商品を超えるものを作るというのは、なかなか難しいだろう。
といっても、こちらもまだまだ作っていないものもあるし、今は少し新しいものは停滞しているところがある。
たとえば、クランクシャフトの応用はできていない。
クランクシャフトは、一口に言えば昔の自動車にはよくあったクルクルと回して窓を開閉するあれである。
一般には往復運動を円運動に、円運動を往復運動に変換するものであるが、ピストンの往復運動を円運動に変換したものがピストンエンジンと呼ばれ、自動車が動く原理の一つである。
他にも自転車のペダルや釣りのリールなどがあるが、この世界には自動車もないし自転車もないしリールもない。この考え方自体はすでにあるので、将来的にはこれらのものが生まれると思う。1年目に調査した研究者たちの中にはこの手の専門家がおらず、進めていない。自動車を作るとしたら電気自動車になるのかなと思っている。
それでも依然として自然科学分野の研究成果は蓄積されてきているが、開発というのは活発ではない。
いくつかの理由があるが、大きいのはこれだな。
実は15㎏太っていた。
最初の1、2年こそ肉体改造を目指していたり、領地内をあちこち移動したりしていたが、3年目あたりからだろうが、いろいろなことが乗りに乗ってしまい、しかもほぼ計画通り。いやそれ以上に進んでいったので、安堵したのだろう、おそらく幸せ太りだ。デスクワークも増えていた。
王都に移ってからもドジャース商会や研究者たちとの商品開発は軒並み順調で、売れば買われて人気になった。それが他国にも影響を与えているので、もはやドジャース商会の高品質と数多くの商品は何を売っても売れ、この商会が盤石なものとなり、ソーランド公爵領も同様に豊かになっていったし、領民の数も増えていった。
ある日のことだった。今からちょうどバハラ商会の肌荒れ問題が起きていた1年ほど前だったろうか。
「お父様、お話があるのですが……」
「なんだ、アリーシャ? 何かあったのか?」
これまでも何度か相談事をしてきたアリーシャがとても哀しそうな顔になっている。もしかして、何か深刻なことがあるのかもしれない。
「あの、非常に言いづらいのですが……」
「うん?」
何か奥歯に物が挟まったような言い方だ。アリーシャにしては珍しい。
ますます心配になった。
「お父様、少し
「逞しく? ………………ああ!」
小学生の娘が私に「恥ずかしい」と言った光景を瞬時に思い出した。
確かに最近は体重計に乗っていなかった、いや最後に体重計に乗った記憶が思い出せない。鏡は見ていてもそんなに身体の変化はないと思っていた、いや思い込んでいた。
これではぷくぷくとオーク公爵に逆戻りだ。
こちらの世界の服装はきっちりとするタイプではなくだぶだぶのものが多いので服がきついというのは少々のことでは感じない。だから、着替えをしていてもほとんど違和感がなかった。もしかしたら日に日に服が緩やかに伸びていったのかもしれない。
ああ、私が馬鹿だった、私はバカラだった!
「…………」
「あの、お父様?」
「ああ、すまない。そうだな。そういうことだな。わかった、アリーシャ。ありがとう」
それからまた1年かけて13㎏の肉を落とした。クリスと朝に稽古をする機会も増やした。定期的に体重は量らないと鏡ではあてにならんな。もう少し身体を絞らなければなるまい。
そういうこともあったので、カレーや
しかし、どうしてアリーシャも娘も私が痩せた時には何も言わないで、太った時に言うのだろうか。そして、カーティスはなぜ言ってくれないんだろう。
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